訓練の収穫
俺たちのマシンであるVMAPの訓練において、実機を使うことは滅多にない。貴重なPPを訓練で消費するわけにはいかないのだ。
PPを確保するには強力なPMを多く捕まえる他に方法がない。だからこそハンター班の存在意義がある。VMAPの運用にはPPが必要不可欠だ。あまつさえPPレーダーなる新装備運用のため、さらなるPPの供給が必要となってしまった。
しかしそれと同時に、能腆鬼の総攻撃が近いこともまた事実。俺たちCNSTとしてはVMAPライダーの増員が急務なのだ。上層部の連中は、軍の人材を受け入れることも検討しているという。ハルカ隊長が苦虫を噛み潰した顔でそう告げたのは一昨日のことだ。
ともあれVMAP第三班の設置は決定事項であり、まずは隊の内部から志願者を募って訓練が始まった。ところが、アキラ班と俺の班の合計である六人を除き、組織の中には実戦をこなせそうな即戦力がいない。
「だからって軍人を補充するってのはなあ」
そりゃ、CNSTはもともと民間軍事会社の性格が強い組織だ。だが、俺たちが銃口を向けるのはあくまでも能腆鬼のみ。それに対し、軍は命令とあれば国内外を問わず人間にだって銃口を向ける。
「総攻撃の時は嫌でも軍と連携することになるんだ。でも、だからこそ。それ以外のところでは可能な限り一線を引いておきたいんだがな。……お、さんきゅ」
俺の目の前にマグカップを置いてくれたのはハジメだ。淹れたてのコーヒーから漂う香りが鼻腔をくすぐる。
「俺の好みなんで、チーフのお口に合うかはわかりませんが」
金髪の青年は片手を挙げて言う。気障な仕草なのにいちいち様になってやがるのが気に入らねえ。
「ハジメにしちゃあ散々な成績だったな。致命ペナルティぎりじゃねえか」
「ええ、チーフの凄さが身に染みましたよ。ニャルルを肩車した状態で、被弾率十パーセント台だなんて」
優雅に手を広げるハジメだが、こうも真っ直ぐに称賛の眼差しを向けられると首の後ろがむず痒い。
「ハジメはクソガキに気を遣い過ぎなんだよ。あんなのでもPMの端くれ。実戦でだって多少被弾しても平気なんだぜ」
それに、仮想現実による被弾などノーダメージ。それでも守ろうとしてしまうので、普段の訓練では被弾率一桁を誇るハジメが三十パーセント近く被弾してしまったのだ。
「しかし、ハジメがその調子ではな。頼むぞ、マキ。致命ペナルティなんか食らうなよ」
『了解』
『リュ、リュージ。聞いておらぬぞ。三連続で訓練だなどと』
ここはVMAPシミュレーターのモニタールーム。バーチャルリアリティ技術を使い、訓練生たちは各々に割り当てられた個室の中、擬似的に再現された反重力機動の訓練を行う。同時に三人までの訓練が可能だ。
『お、おいリュージ』
訓練中、コンピュータが作り出す映像により多数の敵が出現する。これを、やはり擬似的に再現されたVMAPの兵装を使って撃破していくのだ。
『リュージ! ……ええと、チーフ?』
訓練生は撃破率と被弾率によって評価される。このとき、被弾率が一定レベルを超えてしまうと、そのライダーは以後の訓練において二回連続でレベル範囲内の被弾率を記録する義務が課せられる。これをクリアしない限り、実戦出撃してはならないという決まりがあるのだ。この規則のことを俺たちは致命ペナルティと呼んでいる。
『聞こえておらぬのか』
今日は俺たち第二班の訓練日なのだ。個室の一つにはマキが入っているが、他の二つには第三班のライダーを目指す候補生たちが入っている。彼ら候補生への指導を、ハルカ隊長は俺に押し付けやがった。
『我がジャミングしておらぬというのに、交信できぬとは』
PPレーダーが予想する能腆鬼来襲日は明日に迫っており、訓練生たちの指導まで押し付けられるのは正直言ってわずらわしい。だが、目先の対応に流されるような組織では、能腆鬼の総攻撃を退けることなどできないだろう。
『 三連続で反重力訓練だなんて、さすがの我も足腰立たなくなってしまう』
『ごめんねニャルル。今日はこれで最後だから、あと一回だけ我慢して』
『のう、マキ。ものは相談じゃが、我がジャミングをかけてモニタールームをフリーズさせるというのはどうだろう』
『ええっ。どうって、そんなの——』
『そういう不測の事態に対処する訓練も、リュージには必要だと思わぬか』
「やかましい! 全部聞こえてんだクソガキ。一番の目的はてめえの反重力慣れを高めることにある。ジャミングなんかかけやがったらてめえの端末を漫画データごと撃ち抜くからなっ」
『ヒィ! おとなしくしてるからそれだけは勘弁してたもれ』
モニタールームでは、個室における訓練生たちの操作をもとに、実際のVMAPの挙動にあてはめた3D映像を見ることができる。同時に、撃破率と被弾率も表示される仕組みだ。
部屋の中央付近に、三機のVMAPの立体映像が現れた。うち一機はご丁寧にもチャイルドシートを肩車しており、名前を確認するまでもなくマキの機体とわかる。他の二機にはサツキ、ナオヤの名がそれぞれの機体付近に表示されている。
「全員、準備いいな。——開始!」
勢い良くランダム機動を開始するマキ。他の二機に倍する早さで撃破率の数字を跳ね上げていく。
「サツキ、ナオヤ! 動き回れ。あっという間に致命ペナルティくらっちまうぞっ」
人材不足は深刻だ。志願者の中では期待株だった訓練生たちだが、見る間に被弾率が加算されていく。
『ぐぇ』
またか、あのクソガキ——。いい加減、反重力機動に慣れやがれ。
それまでほとんど被弾していなかったマキだったが、クソガキの呻き声を境に被弾率が上がり出した。
「マキ! ニャルルに気を取られるな——」
「まて」
たまらず口を出しかけたハジメを遮ると、俺はマイクに向けて怒鳴った。
「マキ! ニャルルを守り抜けっ」
目を見開いたハジメだったが、納得したのか首を縦に振った。そう、マキにはこう言ってやった方が効果的だ、きっと。
「おっ」
ハジメの口から短く声が漏れる。微かながら感心の響きを含む声だ。
三機のVMAPは重力と慣性を無視した本来の機動を見せ始める。彼らは、仮想現実の中では地続きの世界で共闘しているのだ。互いに背中を守り、先を読み、連携する。
被弾率の上昇は極端に緩やかになり、撃破率は右肩上がりとなる。
『ナオヤ、上っ!』
飛び上がった機体は射撃しながら移動すると、ごく自然にマキの死角をカバーする位置へと降り立った。
『サツキ、しゃがんで』
言われた通りにした機体の頭上スレスレを、マキの砲弾が通り抜けていく。それをただ見送ることはせず、しゃがんだ機体は地面を蹴って転がった。他の二機の死角をカバーする位置で立ち上がりながら、射撃を行う。
「チーフ。これはひょっとして」
「終了! それまでっ」
三機とも被弾率はちょうど三十パーセント。残念ながら致命ペナルティだ。
俺はマキに対し、今日中の二連続訓練を命じた。
「面目ありません、チーフ」
「いや、収穫はあった。サツキとナオヤは使える。その素質を引き出したのは、マキ。お前の功績だ」
「わ、私は何も」
慌てて首を振るマキに対し、ハジメが親指を立ててみせた。
そのとき俺が抱えていた物体がもぞもぞと身じろぎし、寝言をほざいた。
「むにゃ。リュージ。漫画データ撃ち抜くのはやめてくれぇ」
やれやれ。毎度こんな調子では、いざという時になってもこいつの異能、アテにできないぜ。なんて出来の悪いPMなんだ。
「俺たちとんだお荷物を押し付けられちまったな、くそっ」
「むにゃ。リュージ。パフェとやら、たいそう美味じゃったぞ。また連れ……」
こいつ。本当は起きてやがるんじゃねえだろうな。
視線を感じ、左右を見る。ハジメは爽やかに笑い、マキは羨ましそうな様子だ。
「おい、勘弁してくれ」
出来の悪いPMなんざ可愛くないっての。