その名は頭上のお荷物
反重力エンジンを切ると超小型反応弾を右手に握りしめ、脚部装甲横の突起を左手で握った。
突起を引き抜く。近接戦闘用の武装、薄刃を振動させて対象を切り裂くヴァイブロブレードだ。
「起きろ、幼女。残りの反重力エネルギーは奴の斥力場を突破するのに使う。自分の身は自分で守りやがれ」
肩の上で幼女が身動ぎした。
「んあ。刺激が足りんぞ隊長。もっと過激なBL漫画を要求する」
「クソガキ」
「じゅる」
げ。こいつ、頭部装甲によだれ垂らしやがったな。
「はっ。ね、寝てないぞ」
「やかましいクソガキ」
「なんと、幼女からクソガキに格下げか——」
『チーフ! 荷電粒子砲をロストした状態で能腆鬼に近付くのは危険です。俺と交替してください』
『合流しましょう! 三機で同時に近接戦闘を』
部下たちの気持ちはありがたいが、俺はあえて一喝した。
「だめだ。同時近接攻撃は全滅のリスクを孕む。自分らの近接戦闘訓練の成績を考えてから言え」
彼らが不承不承返事するのを聞いてから指示を出す。
「俺が奴の斥力場を突破する。荷電粒子砲で援護しろ。反応弾を使う予定だが、接近戦を始めたら、こちらからは合図できん。お前らの判断でタイミングを合わせろ」
努めて穏やかに付け加える。
「……信じてるぞ」
『はいっ!』
近接戦闘はセンスの問題もあるが、あいつらなら少し経験を積めば大きく伸びるだろう。だが、最初の実戦で近接戦闘を任せるには不安要素が多過ぎる。訓練の成績だけを見れば——。
「かっこよく指示してるところ悪いのじゃが……。近接戦闘訓練の成績だけを見れば、リュージが一番低いのではな——」
「黙れクソガキ。訓練ではあいつらに悪い例を見せただけだ」
能腆鬼が咆哮を轟かせた。先刻と同様、幾重にも重なって聞こえる不気味な音だ。ゆっくりと首を巡らせ、こちらを見据える。
能腆鬼を人間界の基準で理解することは難しいだろう。だが、見れば見るほど、奴の目にある種の感情が宿っている気がしてならない。
「敵意、憎悪。……いや、違うな」
「嫉妬」
クソガキの声に、意識を向けた。
「何か知ってるのか」
「話は後じゃ。来るぞ」
「後で聞く。今度は気絶すんなよ、クソガキ」
間近に着弾する能腆鬼の光線を、最小限の機動で躱しつつ進む。
視界を遮る爆光と黒煙を潜り抜けると、異形の巨体が目の前に立ちはだかっている。
見えない壁に沿うかのように流れる黒煙の様子から、斥力場の存在が目視で確認できた。
「ニャルル、一つ教えろ。こいつはどうして斥力場の内側から攻撃できるんだ」
「ふにゃー、め、目が回って……」
「あーもう、クソガキっ」
なんて出来の悪いPMなんだ。せっかく名前で呼んでやったのに。
「————っ!」
俺と能腆鬼の中間にある黒煙が、こちらに向かって吹き付けてくる。
斥力場に穴が開いた? 内側の気圧が高く、こちらに空気が漏れた——。
ほぼ反射的に、黒煙が吹き付ける位置めがけて反応弾を投げつける。同時に大きく左へと回避。
「くそっ」
俺の移動先と敵の口を結ぶ線上にある黒煙が、斥力場の外側へと流れた。奴の意図は明白だ。
通常機動ではブレーキも回避も間に合わない。
咄嗟に反重力エンジンを起動し、鋭角に斜め右上へと跳躍。
移動する予定だった地面が破裂するのと同じタイミングで、ビームバルカンの光弾が反応弾を撃ち抜いた。
ハジメとマキによる精確な援護射撃だ。
強烈な爆光が斥力場の内側を充たした。
『やったかっ』
『油断しないで。次は荷電粒子砲よ、チーフから目を離さないで』
射撃の精確さにおいて、ハジメは頼りになる。そして状況判断の冷静さにおいて、マキは頼りになる。
「ふにゃー。隊長、そこをなんとか。プリン三つ食べたいん……」
頭上の役立たずはまるで頼りにならない。
敵の状態を確認したい。しかし、奴の頭上へ移動するのを堪え、あえて地面に着地する。
光条が迸る。真上を中心に、いくらかの角度をつけて連射する光線が上空の空気を灼く。
やはり敵は健在だったか。危ないところだ。あのまま上空に留まっていたら逃げ場がなかった。
短く断続的な雄叫び。能腆鬼も我々と同様に苛立ちを覚えるのだろうか。
「うおっ!」
急上昇とランダム機動で光線を避ける。いや、光線ではない。細かい光弾を連続で撃ってきたのだ。
野郎、こっちのビームバルカンを真似しやがった。
反重力エネルギー、残り三分。
まずい、次に奴が斥力場に穴を開けた時、無事に攻撃を避けられる自信がない。
ラストチャンスだ。
装甲の足裏部分に反重力エネルギーを集め、歯を食いしばる。
「起きてろ、ニャルル。PMだからって、寝てたら無事で済まねえだろ」
「ふぇ?」
左手に反応弾、右手にヴァイブロブレードを構えた。
狙うは斥力場の突破、後は成り行きだ。ハジメ、マキ、頼んだぞ。
行けえぇ!
伸ばした両足が斥力場の抵抗を受ける。しかし、火花を撒き散らすとそのまま内側へと侵入していく。
感じる。不自然な力場が消えていくのを。
反応弾を投擲した。奴の頭上、口の真上だ。
しめた。先程の爆発は、ノーダメージではなかったようだ。
奴は太い光条を噴き上げ、頭上の斥力場の外側へと爆弾を弾き飛ばした。
お陰で、俺が開けた穴の修復が後回しになったようだ。
「喰らえ」
こちらを睨む奴の目に、ヴァイブロブレードを突き刺した。
続く動作で奴の身体を蹴って離脱。
咆哮を轟かせる能腆鬼に、二条の荷電粒子が突き刺さった。
膨れ上がる爆光。
吹き飛ばされながら、なんとか左手を伸ばしてニャルルを庇った。最後までお荷物だったな、こいつは。
やがて視界は真っ白に染まっていき——。