VMAP隊の増強
能腆鬼どもと意思の疎通を図る。そんな考えを持つ者など、それまでのCNSTには一人もいなかった。
いまだに解明できない部分が多いものの、能腆鬼は我々と次元を異にする世界の生物であり、こちらに危害を加える存在だ。排除すべき敵であることに何の疑いもない。
そのことは、人語を解する黒VMAPどもの出現によっても変わることはない。
そう思っていたのだが、俺たち実戦担当班とは違い、後衛スタッフの中にはもう少し柔軟な思想の持ち主が一定数存在するようだ。
確かに俺たちは、黒VMAPからの『贈り物』を受け取ることによって、能腆鬼撃退のための手段を一つ増やすことができた。
この事実は、黒VMAPどもが、これまでの冗談じみた外見かつ狂気を孕んだ能腆鬼とは別の勢力である可能性を窺わせる。仮に奴ら――黒VMAPどもの中身がこれまでの能腆鬼と同じだとしても、侵略者どもが一枚岩の組織だとは限らないという見方もできる。
俺の個人的な感情としては、親父の声を真似ている時点で黒い奴らは許しがたいものがある。しかし、あえてそれを抜きにして考えたとき、これまでに交わした会話を客観的に分析する限りにおいて、黒VMAPの連中から狂気を感じることはない。
とは言え、俺たちとしては黒VMAPと何ら具体的な交渉を行ったわけではない。相手は俺たちの技術であるVMAPをコピーし、次元の壁を越える能力をも追加した連中だ。武装解除して投降するのなら話は別だが、そうでない以上は排除対象であり続ける。
一方、そんな俺たち前衛に対し、味方の中には慎重論を訴える連中がいた。
予想外の温度差に戸惑いつつ話を聞いたところ、彼らは黒VMAPどもを共闘戦力として迎えるべく交渉の卓に着かせるべきだと主張したのだ。
しかし、前回眠らされた恨みのせいか、アキラたち第三班は強硬に反対する立場を崩さない。そして、俺自身の考えもアキラ寄りなのだ。そのことは、俺の個人的な感情を排除したところで変わることはない。
第一、単純に能力だけを比較すれば、黒い連中の方が優れているのだ。どんな交渉をしたところで、奴らを満足させられるような見返りを用意できるとは思えない。
これについては隊長による鶴の一声により、無駄に会議を重ねることなく現場判断が尊重される運びとなった。
さて、総攻撃前の能腆鬼どもによる単発の襲来が残り五回となった時点、つまり今回をもって、イシガミは俺たちの元に六人のVMAPライダーを寄越した。
それぞれ、軍の中では小隊長を務めるライダーたちである。彼らを二人ずつに分けて俺たちの班に組み入れることになった。軍の小隊は色の名前で呼ばれる。
第一班にはレッド小隊とパープル小隊、第二班にはオレンジ小隊とイエロー小隊、第三班にはブルー小隊とグリーン小隊が参加する。
総攻撃当日は、小隊長を通じて軍のVMAP隊を指揮することとなる。現場としては無意味なワンクッションが煩わしいのだが、軍としてそこは譲れない一線であるようだ。
その一方で、約束通り、軍が開発した空中浮遊機雷についての情報を提供してもらった。一度に多数の敵を相手することになる総攻撃において、有効な作戦を練る一助となりそうだ。
ちなみに今回の布陣は、リナたち第一班が怪物対応。アキラたち第三班が黒VMAP対応。
そして俺たち第二班は遊撃だ。
軍による戦力増強は、正直に言えば心強い。たとえVMAP戦そのものは経験不足であっても、戦闘の空気には慣れた者たちなのだ。そのことは、三班のシンジョウとカツラギの働きが証明している。
今回の戦闘内容次第では、残り五回とも同じ布陣で臨む可能性も出てきた。まあ、アキラたちは今回の出撃で黒VMAPを墜とすつもりでいるようだが。
『わかってるだろうな、リュージ。てめえらは第一班と仲良くしてろ。黒いのは俺らの獲物だ』
「知ったことか。俺たちは遊撃、独自の判断で動く。お前の指図は受けない」
『ふん。ならせめて邪魔だけはするな』
まずいな、野郎の悪い面が前面に出てやがる。反省ってもんがないからな、アキラには。
『第三班、出る!』
それ以上の会話を交わすことなく、奴らは出撃した。
直後、リナから通信が入る。
『リュージ、先に出るわよ』
「おう」
短く答え、余計な言葉はかけない。リナのことだ、前回の怪我を引きずって萎縮する心配はあるまい。ただ、挽回を考えて力んではいないか、それがやや気がかりではあるのだが。
『二度とあんなドジは踏まない。ニャルル、この間はありがとう。もう、あたしのことは気にしなくていいから、リュージのことをお願いね』
「ふふん。任せておくがよいぞ」
クソガキが偉そうに。
そんなことより、リナだ。声の調子を聞く限り、肩に力が入っていやがる。こういう面においては、あいつもやはりアキラの元部下なのだな、と感じてしまう。
「気負いすぎだ、リナ。お前には優秀な部下がいる。余計なことは考えるな」
『……そうね、リュージの言う通り。気をつける』
反省し、次に活かすこと。出撃における生存率を左右する最大の要素は、つまるところその地道な積み重ねなのだ。
来たるべき総攻撃に対し、全員で迎撃するために、俺たちは生き抜かなければならない。だから、アキラもリナも、今は個人的な感情を捨てて目の前の戦いに集中してほしい。
そして、俺自身も。黒い奴の雰囲気がどれほど親父そっくりであろうと、前回贈られた『塩』をちゃっかり受け取っていようと、二度とその言葉に耳を貸さない。
『塩』そのものは、まず本物だろう。だが、それはこちらの信用を得るための餌に違いない。つまりは罠だ。奴はイシガミが共通の敵であるかのような雰囲気を匂わせ、こちらに接近しようとしたのだ。
正直、今この瞬間でさえ多少は心乱される部分があることは認めざるを得ない。だが、このタイミングでうっかり黒い奴の話に乗ってしまえば、総攻撃の際に防衛戦力が分散されてしまう。
優先順位を見誤るわけにはいかない。イシガミはこちらの世界の人間である。奴と事を構えるにしても、それは後回しにすべきだ。まずは能腆鬼を排除しないことには話にならない。
『第一班、出ます!』
リナたちが出ると、隊長から通信が入った。
『予測より黒い奴の動きが早い。まもなくアキラたちと接触する。第二班、対応を早めてもらいたいが、行けるか?』
「準備完了、いつでも行けます」
意外とせっかちな野郎だ。今日は言葉を交わす前に墜としてやる。
……いかん、俺まで力んでどうする。
「マキ、ハジメ。予定より早いが、やることは同じだ。打ち合わせ通りに行くぜ」
『了解!』
「オレンジ、イエロー。説明したフォーメーションは覚えているか?」
『はい』
「実戦では突然変更することもあるからな。その都度対応してもらうぞ」
『了解』
頼りにしてるぜ、お前ら。
肩越しにタンデムを振り向く。
「ニャルル」
「おう、なんじゃリュージ。愛の告白か?」
黙れクソガキ。
「今日こそ予備タンクから使えよ。そうでなかったら――」
「わわわわかっておる。漫画データ撃ち抜くのは勘弁してくれろ!」
お前は少し緊張感ってものを持ちやがれ。
「第二班、出る!」
いつもより二台多いVMAPのエグゾーストノートが、格納庫に鳴り響くサイレンの音を上書きする。
俺たちは風と化し、戦場へと飛び出して行った。




