被弾率テスト
タイトな出撃スケジュールの合間を縫って、俺はCNST内のVMAPライダー全員に対し、あるテストを受けるよう呼びかけた。
その内容はニャルルを同乗させた上での被弾率の測定。このテスト、俺たち第二班は一度やっているのだが、今回は致命ペナルティ不問とする。
案の定、アキラの奴はテストに関心を示さず、第三班は不参加。コマ落ち機動を封印した状態での戦闘訓練が最優先なので、つきあっていられないとの事だ。
二日間にわたり、第一班と第二班の七名がテストに参加することとなった。
訓練室でVMAPシミュレーターの調整を行っていると、聞き慣れた高い声が耳に届いた。
「まさかとは思うが。一応、聞いておくぞよ」
手を止めて振り向くと、モニタールームのコンソールのそばに立つ幼女と目が合う。何かを抱えていると思って目を凝らしたら、彼女は小さな手で盆を支え、二つのマグカップを置いているところだった。
「お、コーヒー淹れたのか。珍しく気が利くな」
「ふふん。我は役に立つからの」
あー、はいはい。すぐ調子に乗りやがる。
「のう、リュージ。被弾率によっては、我とコンビを組む相手が変わるのかのう。我のシートはリュージの背中と決まっておるのじゃがのう」
コンソールへと歩み寄っていく俺から目を離さず、幼女は次第に見上げる格好となっていく。返事をせずにいると、続けて話しかけてきた。
「それとも、我自身に対するテストなのかのう。それなら要らぬ心配じゃぞ。我の実力は実戦でこそ発揮されること、リュージが一番よく知っておるじゃろ」
溜息が漏れる。ごく僅かながら身体のサイズが縮んでしまった幼女が胸を張って言い募ったところで、説得力はない。
そう、クソガキが推測した通り、このテストの対象はニャルル本人なのだ。二日間で七度の被弾率調査。随所に紛れ込ませた調査内容の結果によっては、俺たちはクソガキ抜きで総攻撃に臨む。そういう選択肢も視野に入れているのだ。
硬い表情を隠そうともしないこちらの態度を意に介さず、ニャルルはその顔面にクソガキ然とした笑みを貼り付けた。
「ほんに心配性じゃのう、リュージは。尤も、悪い気はせんが」
「……心配だと。おまえは何を勘違いしていやがる」
クソガキの頭上で拳を握ったものの、すぐにその手を広げた。そのままくしゃりと髪を撫でる。
奴は二、三度瞼を瞬き、大きく目を見開いた。次いで、目を細めると同時に気持ち良さげに微笑む。
くそ。何やってんだか、俺は。
そんなことよりも。
「…………」
確かめておきたいと思ったものの、言葉が出てこない。
一言聞けば、答えが得られるかも知れない。
おまえはリナを助けるために大量のPPを使ったとのことだが、その際、越えてはならない一線を越えてしまったのではないか、と。身体が縮んでしまったのは、その副作用ではないのか、と。
俺はまだ、こいつの性格を把握していない。だがなんとなく、こういった質問には正直に答えないような気がするのだ。
このクソガキ、なぜこうも俺たちに協力的なのだろうか。俺たちと行動を共にすることで、ニャルルにはどんな見返りがあるのだろうか。もし何かあるとして、そこにどんな打算があるにせよ、これまでの働きは献身的と言うべきものだ。客観的に見て、それだけは認めざるを得ない。
「いつにも増して難しい顔をしておるのう、リュージは。そういう時こそ、何も考えずに我をハグすればよいのじゃ。ほれほれ……、ひにゃっ!?」
「調子に乗んじゃねーよ、出来の悪いPMがっ」
拳骨を落とされるとでも思ったか、クソガキは奇声を上げた。予測できているのなら余計なことを言わなければいいのだが、これもお約束というやつか。
だが、今回は奴の予測を裏切ってやった。ふたたび髪を撫でまくってやる。
「ふにゃぁ。嬉しいのじゃが、妙に気味が悪いぞよ」
ふん。顔を赤らめながら言うんじゃねえよ。
「……考えておることは大体わかるつもりじゃがな」
わずかな沈黙を挟み、幼女は落ち着いた声で告げた。
俺ははっとした表情を取り繕う余裕もなく、奴の頭から手を離してまっすぐに見下ろす。こいつは見た目通りの年齢ではない。そのことは片時も忘れたことがないつもりだ。それでも、こうして稀に見せる精神年齢相応の態度に触れると、落ち着かない気分にさせられる。
「言ったはずじゃ。たとえお主の行き先が地獄でも、我はつきあうと。忘れたとは言わせぬぞ。テストは受けてやる。じゃが、我を置いていこうなどとは考えるな」
俺はもう一度、先程とは違う意味合いの溜息を吐いた。
「いいだろう。それだけ格好つけやがったからには、テストの結果に期待しているぞ」
「ふぐっ」
「覚悟しておけよ」
歯を剥いて笑いかけてやる。
クソガキも笑顔を作ったものの、頬を引き攣らせて額から大量の汗を流すのだった。
* * * * *
二日間にわたるテストの結果が出た。
第一班チーフ、リナの被弾率は二三パーセント。
同じく第一班のカヤは二七パーセント。サツキとナオヤに至っては三〇パーセント台後半だ。
我が第二班においては、ハジメが二九パーセント。前回よりは健闘したマキが二五パーセントという結果だった。
そしてこの俺は。
「七パーセント……」
コンソールにかじりつくようにして、一班のナオヤが声を絞り出した。
「リュージチーフ、いったいどうすればこんなに……」
「ふふん。リュージというより、我の実力じゃ。やればできるPMなのじゃ。我を崇めよ、ナオヤ」
幼女がびしっと人差し指を伸ばし、突き刺すように指し示す。その先に立っていたのは。
「すごいね、ニャルル。でも、僕はハジメだよ。ナオヤはあっち」
渦巻き状の目をしながら胸を張っていやがった。
そして日付が変わる。
能腆鬼どもによる総攻撃を間近に控え、俺たちは再び黒VMAPどもとまみえることとなるのだ。
サイレンが鳴り響く格納庫の中、背にクソガキを乗せ、俺はスロットルを握りしめた。




