毒を食らわば
「ばかやろう」
誰を罵ったのか、呟いた俺自身わかっていない。
視界の隅で、パイプベッドに横たわる人物が身を起こす様子をぼんやりと捉えた。
ここは病院ではない。CNSTの施設内にある医務室だ。個室ではなく相部屋だが、それぞれのベッドはカーテンで仕切られている。
「ご挨拶だな、リュージ。……役立たずを笑いに来たのか」
「笑ってる余裕なんかねえよ。てめえこそ、休んでるヒマなんかねえだろ」
ベッドに座るアキラは俺の言葉に眉尻を吊り上げたものの、苦笑を漏らして黙り込む。
俺は視線をカーテンへ移すと呼びかけた。
「なあ、そっちのお二人さんも聞いてくれよ」
カーテンが開き、シンジョウとカツラギが姿を現した。彼らは軍人らしく身なりを整え、背筋を伸ばして立っている。もっとも、着ている制服は俺たちCNSTのものだが。
「何をですか、リュージチーフ。まさかとは思いますが、あなたのお父上の軍門に降れとでも?」
やはり、こいつらも既に知っていたか。
「カツラギ」
意外にもシンジョウの口調は同僚を窘めるものだったが、俺に向ける視線は冷たい。
「同僚が失礼を。しかし、リュージチーフがお身内にほだされ、能腆鬼側につくならば——」
その視線が鋭く尖る。続く言葉は、俺の背後からかけられた。
「躊躇なく引き金を引きます」
俺は両手を頭の後ろで組んだ。背中に硬い感触のものを押しつけられたのだ。銃口である。
「なんのつもりだ、カヤ」
「そのお言葉、そのままお返しします。リナチーフが死にかけたのは、リュージチーフの御尊父のせいです」
リナは腹部に酷い大怪我を負った。救急車が到着するまでの間、彼女の名を呼ぶだけで手をこまねいていた俺たちを後目に、ニャルルが応急処置を施したのだ。そのお陰か、病院に着くころにはリナの意識が回復し、光線で抉られたはずの傷口もほとんど癒えていた。
応急処置の際に大量のPPを消費したらしく、ニャルルは今リナの病室で眠っている。
「黒VMAPのこと、アキラに教えたのはカヤなんだな」
「はい」
「銃を下ろせ、カヤ。俺は親父の遺体をこの目で見た。黒VMAPは……、あれは親父なんかじゃない」
アキラがベッドから降りた。俺の背後へと歩を進める。
「カヤ、もういい。リュージは嘘をついていない」
そう言って取り上げた拳銃の側面を、俺に示して見せた。安全装置がかかったままだ。
拳銃をカヤに返しながらアキラが言う。
「聞こうか、リュージ。てめえの話を」
PPサイボーグ計画。過去、すでに提唱されていたサイバネティクス・オーガニズムから派生した、新たな理論に基づく計画だ。
人体とほぼ変わらぬ軽量素材ながら格段に強化された人工臓器ならびに人工人体パーツを装着し、装着者の身体能力を高めようというものである。
国防省統合参謀本部の参謀であるイシガミ・シゲトシがプロジェクトリーダーとなって何年も前から推し進められている。
メリットはランニングコストの安さにある。研究報告によると、動力源としてごく微量のPPを供給するだけで、理論的には半永久的に稼働するというのだ。
しかしデメリットが大きく、現在のところ実用化の目処が立っていない。動物実験の結果、装着者の短命化を免れないことが判明したのである。
ところが、プロジェクトの凍結は見送られた。
能腆鬼の襲来が同プロジェクトの継続を後押しした格好なのである。
軍の作戦遂行中、あるいは能腆鬼の攻撃による事故や怪我によって身体欠損に至った兵士たちが、PPサイボーグの実験台となることを志願したのが決め手となったのだ。
「シンジョウ、カツラギ。君らもそうして志願したんだよな」
「はっ」
「仰る通りであります」
俺は短く唸ると、重い口を開いた。
「じゃあ、自分たちの人体パーツに反重力エネルギーが封入されていることも承知の上か。VMAPでコマ落ち機動を繰り返すたびに余命が加速度的に減っていくことも」
「はっ」
「仰る通りであります」
ばかやろうが。今度は声に出さず呟いた。
「おい、カヤ。どう思う」
「はい、命知らずの勇敢な戦士たちです」
「薄々気付いてはいたんだが。お前もたいがいズレてるな」
半目で睨むと、彼女は小首を傾げた。安全装置をかけたままだったとは言え、先ほど俺に銃を突きつけたのと同一人物だとは思えない。
「で、だ。アキラよ。このイシガミとやらが、サイボーグ化志願者を量産するため、大量の兵士を遂行困難作戦に従事させやがったんだよ。秘匿されてはいるが、こうしてサイボーグ化された、あるいはその予定にある軍人たちは結構な数に上るらしい。おそらくは能腆鬼総攻撃の際にサイボーグを大量投入し、実績を作って実戦配備するつもりだろう」
「関係ねえな」
「言うと思ったぜ。だがな、俺の親父はその証拠を突き止めて、奴に消されたんだよ」
「それで、リュージはイシガミ参謀を止めようと?」
アキラが低い声で呟くと、軍人たちの纏う空気が刃と化した。
「慌てんな。そのつもりならとっくにやってる。大体、味方で銃口を向けあってる場合じゃないだろうが」
項垂れるカヤの頭を撫でてやった。
「問題は、量産されたかもしれないPPサイボーグたちが、総攻撃の際の防衛戦力として——」
息を吸い込み、アキラを睨む。
「役に立たねえ、ってことだ。このままではな」
実際に眠らされてしまったのだ。サイボーグ戦士であるアキラたちにとっては屈辱だったことだろう。
奴は反射的に拳を握りしめたが、ふと虚空を睨むと聞き返してきた。
「このままでは? なにか手があるってのか」
今度はこちらの番だ。俺は視線に力を込め、アキラたち第三班の連中を順に睨めつけた。
「ただでは教えられん。イシガミとやらにいつまでも黒幕面して踏ん反り返ってもらっては困る。対能腆鬼戦は俺たちのテリトリーなんだからな。こっちの土俵におりてきてもらわんと」
獰猛に笑ってみせた、つもりだ。残念ながら上手くいったという自信はない。
なにせ、これから伝える秘策は黒VMAPからの贈り物が軸となっている。罠ではないと考えるほうがどうかしているのだ。
サイボーグとの共闘、それ自体が毒だと言うのなら。皿まで食らう以外に選択肢はないのだ。




