悪魔の戦闘力
新人ライダーのサツキとナオヤの訓練はリナとカヤに任せっきりだった。リナたちにとっては手づから鍛え上げた仲間であるだけに、戦闘の呼吸もぴったりだ。
彼女ら第一班の出撃に際し、襲来した能腆鬼は上下逆さまのカタツムリが二体。この敵は、第一班のオリジナルメンバーに怪我を負わせた弾幕野郎と同じタイプの奴である。
「心配か、リュージ」
尻のあたりを叩き、クソガキが見上げてきた。
「してねえよ。あいつらは強い」
それだけじゃない。第三班の連中は休暇をとらず、全ての戦闘において出撃待機をしている。連中をあてにするのは悔しいのだが。
実際、サイボーグ戦士たちは無敵と評して余りある戦果をあげている。一昨日の戦闘が第三班の『当番』だったのだが、相手はヒッポグリフが二体。
シンジョウとカツラギがそれぞれの敵に対してコマ落ち機動で接近。拙速としか思えない無造作な先制攻撃だ。その様子を戦闘レコーダーで確認したときは思わず息を飲んだ。
その後、反応弾をちりばめたPPウェブを敵に巻きつけるや戦闘空域を離脱。入れ替わりにコマ落ち機動で接近したアキラがそれぞれの敵を荷電粒子砲で狙撃した。
敵に何もさせない戦闘内容は圧巻だ。
なお、あいつらの車庫もCNST本部内にあるが、俺たちとは反対側の出入口で待機しているためここからでは姿が見えない。
「味方としては心強い戦力だ。そいつは認めるしかない」
「にゅふふ。顔を合わすといがみ合ってばかりだったというのに、素直になったものじゃな」
うるせえよ。
しかしこいつ、俺がわざと主語を省略したのに、アキラたちのことを指した発言だってことに気付きやがった。
「ま、こうして我らもスタンバっていることだしの」
「ふん」
戦闘経過の詳細を知るには作戦司令室の方が便利だが、緊急出撃の可能性を考えたらこうして車庫で待機し、隊長の命令を待つしかない。
「もどかしいか」
クソガキの生意気な言葉に、頭を軽く小突いてやった。
「しかし、腑におちん」
「いたた……。ん、なにがじゃ、リュージ」
「内臓まで強化しているアキラはともかく、腕だけ、あるいは足だけ交換したシンジョウとカツラギがコマ落ち機動に耐えられるのはなぜだ」
それは日々の戦闘訓練と総攻撃対策に追われ、いつしか頭の片隅に追いやっていた疑問だ。蛇が鎌首をもたげるように、胸中に湧き上がった。
「あやつらはな。総攻撃の後まで生き残ることなど、はなから想定しておらん」
「何か知ってるのか」
「うむ。我には見えておるからな」
忘れていた。クソガキはPM。単に目がいいだけでなく、こいつには俺たち人間が見えないものも見えているのだ。
「人体パーツの中にはPPと反重力エネルギーが結構な量、詰め込まれておるのじゃ」
開いた口を閉じるのも忘れ、俺はクソガキを凝視した。
「あやつらは三人とも、VMAPがVMAPを着ているようなもの。リミッターなど必要ない。じゃが、コマ落ち機動をする度に生命力は大きく削られてゆく。いかにPPで身を守っておるとは言え、体内に反重力エネルギーが直接駆け巡っておるのじゃから」
淡々と話すクソガキの言葉を聞きながら、俺は知らぬ間に歯を食いしばっていた。
「二回や三回の出撃は難なくこなすじゃろう。じゃが、七回、八回ともなると多分——」
「……バカ野郎どもが」
自分のVMAPに歩み寄りつつ、歯の隙間から絞り出した声は、言葉というよりは唸り声でしかない。拳を握ったものの振り下ろす気にもなれず、力なくハンドルを叩いた。
放っておいても一年もつかどうかの命。それをさらに、自らの意志で大幅に削っている。
生命と引き換えに得た、刹那の超戦闘力。
それを戦場に投入するイシガミ・シゲトシ参謀は悪魔だ。人間の皮をかぶった能腆鬼だ。
では俺は。そんなサイボーグ戦士と共闘し、あまつさえ頼りにしている俺はなんなのだ。
マシンの横に立ったままハンドルを握る。その手に不自然なほど力を込めていた。
手の甲に柔らかい感触を感じる。
「考えすぎるでない。物事には優先順位がある。ハルカもそう言っていたではないか」
一つ深呼吸した。
「たまにいいこと言うんだな。クソガキのくせに」
「リュージは一言多いんじゃ」
そう言って口を尖らすポーズをしたクソガキ。視線を合わすと、互いに相好を崩した。
「まもなくリナたちが戦闘に入る。余所事に気を取られておる場合ではないぞ」
「……ああ、そうだな」
その時、マキとハジメが車庫に駆け込んできた。
俺は二人に軽く頷きかける仕草を見せてからヘルメットを被る。
「リュージ、これは雪辱戦よ。進化したあたしらの実力で、秒殺してやるわ」
「いい気合いだが、少し肩に力が入ってるぜ。冷静に——。まあ、VMAP戦の経験はリナの方が長い。釈迦に説法だとは思うがな」
出撃前、俺たちはそのように声を掛け合って拳を合わせた。
PPレーダーの機能は日々進歩している。次元ホールを抜ける直前の能腆鬼について、データ照合可能な既知のタイプであれば特定できるようになったのだ。
相手があのカタツムリと知って、リナとカヤは必要以上に気合いを入れているのではないだろうか。そう思った俺は、なるべく彼女らをクールダウンさせようとしていた。
「ふふっ。リュージがここにいてくれるから。背中は安心して預けたわよ」
ヘルメットを被るとき、リナの髪型はいつものツーサイドアップではない。首の後ろ、肩の高さで一つに括り、制服の中に入れている。
屈託ない笑顔に眩しさを感じつつ、俺は一班の他のメンバーへと振り向いた。
「お前らも普段通りにな。訓練通りにやれば楽勝だぜ」
「リュージチーフ、照れた」
ぐぬ、カヤめ。
「意外とかわいいです」
サツキは許す。
「あはは」
ナオヤはあとで特訓な。
まあ、この様子なら心配するまでもなかろう。
車庫内に警報が響く。ほぼ同時、通信機からリナたちの声が届いた。
『敵二体、視認。火気管制システム、オン。CNモード!』
『ラジャー』
ここ最近の戦闘において、反重力システムを出し惜しみするような戦法は選択していない。総攻撃対策にも関係してくるのだが、個別に襲来する能腆鬼どもは接触から十分以内に殲滅するという方針に切り替えたのだ。
今回の現場までは五分。
リナたちが反重力システムを起動して五分経過したら、バックアップのために出撃する。
マキとハジメに目配せすると、俺はVMAPに跨った。




