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接近

 入院初日から健康そのものだったマキが退院し、俺たち第二班全員が戦線に復帰した。

 一方、カヤの回復も順調で、次回の作戦から出撃するとのことだ。

 能腆鬼どもが総攻撃までに襲来する回数は、PPレーダーによると六回。総攻撃までの分担として各班二回ずつの出撃予定が組まれた。

 もちろん、予定外の襲来がないという保証はない。そこで俺たちVMAP班は四勤三休の変則勤務制を採用しつつ、班長三人のうち必ず一人は本部で待機するのが暗黙のルールとなっていた。


 今日非番の俺は、昼メシには少々量の多いパスタを食べ終え、フォークを置いた。

「ごちそうさま。美味かったぜ」

 ここは俺の部屋だ。麺は市販品を茹でたものだが、ソースは手作り。カントリー風の辛味の利いた味を注文したところ、俺の脳内における満点の基準をはるかに超える味に仕上がり、食べ過ぎてしまったのだ。

「お粗末さまでした。お口に合ったのならなによりです」

 俺のために作ってもらえる。それだけでも最強の調味料だ。やっぱりいいものだな、こうして誰かと対面で食事できるというのは。

 食後のコーヒーを啜っていると、彼女が話を切り出した。

「リュージさん。軍との合同訓練の話、一切進みませんね。何か聞いていませんか」

「リナ。呼び捨てとタメ語で頼む。俺たちは対等な関係だ」

 俯き加減になった彼女の黒髪が揺れ、上目遣いになりつつ視線を合わせてくる。

「うんわかった。……リュージ」

 童顔にツーサイドアップは反則だぜ。なにこの可愛い生き物。今んとこ海に行く約束をしただけの同僚に過ぎないが……おっと、それは後回しだ。

「荷電粒子砲を撃つにも、慣性を無視した機動に耐えるにも、PPは不可欠だ。ところで、軍がPPを集めるためにPM狩りを行えば、国際社会が黙っていない」

「え、どうして」

「現在、世界各地の約四十か所に次元ホールの存在が確認されている。いずれも我が国と似たような頻度で能腆鬼どもが襲来するんだが、国によっては軍が対応しているのさ」

 ところで、国連は荷電粒子砲を核兵器や化学兵器に次ぐ大規模破壊兵器として指定した。対能腆鬼以外の用途で荷電粒子砲が使われることがないよう、PMの乱獲を含めて監視するとの発表があったのは、つい先日のことだ。

 つまり、必要以上にPMを狩る国は、国連から軍拡の恐れありと見做されるのだ。

「我が国における能腆鬼対応は俺たちCNSTの仕事だ。予め軍の内部に対応セクションを作っていた国と違い、独立組織が対応していた国の場合、兵器転用が容易な荷電粒子砲をみすみす手元に置けず仕舞いとなってしまう」

 数十年前の国際緊張を緩和する契機となったのは、皮肉にも能腆鬼の襲来だった。ある国が開発した反重力システムを全世界に公開し、能腆鬼対策に主導的な役割を果たしたのは国連だったのだ。以来、国連の発言力と強制力は格段に強固なものとなった。

「CNSTは能腆鬼事件が終熄しても直ちに解散することはないが、いつまでも独立組織として存続することもあり得ない。軍としては、たとえ国連の締め付けが強化されても、能腆鬼事件が終熄する前にVMAPと荷電粒子砲を軍の内部に取り込みたいと考えているはず。そう思って警戒していたんだがな」

「気分のいい話じゃないわね。あたしらが戦争の道具になるなんて」

 ところが、軍は例の二人を送り込んで以来、合同訓練にさえ応じない無関心ぶりだ。

 軍は、VMAPや荷電粒子砲よりも、サイボーグ計画を重要視しているのだろうか。

「とにかく、俺が何か行動を起こすにしても総攻撃の後だ。だが、相手がでかすぎる。俺も親父と同じ運命を辿るかもしれん。だから無理して付き合えとは——」

「リュージ。ニャルルは多分、そこまで承知で即答したのよ。あたしだって」

「ふん。あんな出来の悪いPMにそこまでの考えなんてあるものか。リナはよく考えて結論を出してくれ。だが、とにかくは」

 目の前に迫った総攻撃への対処が最優先だ。

 そう言おうとしたタイミングで、電話が鳴った。

『非番なのにすまんな、リュージ。かなり気になる観測結果をPPレーダーが弾き出したんだ。無理にとは言わんが、時間がとれるようなら本部に寄ってくれんか』

 目で問うと、リナは頷いて立ち上がった。


「悪かったなリュージ。リナとのデートを邪魔してしまったか」

 歯を剥き出して笑う隊長からは、あまり謝罪の意図が伝わってこない。

「この浮気者め。アキラという者がありなが——冗談じゃ、拳を開け。真面目な話、我というものがありながら——あう。無視されるとはせつないのう」

 やれやれ。クソガキが普段から隊長室に入り浸っているのは承知していたんだが。こいつがいると緊張感が欠片もなくなっちまうぜ。

「それで隊長。気になる観測結果というのは」

「うむ。このモニターを見てくれ」

 真っ黒な画面の中、移動する光点が表示されているだけの映像だ。光点の数は三つ。隊長がキーボードを操作すると、画面に同心円の線が追加された。等間隔に六本ほど表示されている。

「探知範囲はこの基地を中心に半径三十キロ。同心円はおよそ五キロ間隔だ」

「PPレーダーによる映像ですか。だとするとこいつら、前回やりあったヒッポグリフなみに速いですね」

 辛勝したものの、マキに怪我を負わせた相手だ。俺は奥歯を噛み締め、左の掌に右拳を叩きつけた。

「こいつらが次の俺たちの相手なんですか」

 隊長はそれには答えず、俺とリナを交互に見た。

「この動きを見て、何か感じることはないか」

「慣熟飛行……」

 リナの声が戦闘モードだ。言われてみるとこの動き、鳥や航空機とは全く違う。不規則機動と編隊飛行を織り交ぜた慣熟飛行訓練。直近の例で言えば、サツキとナオヤの動きと酷似している。あの二人の訓練は専ら訓練室のバーチャル機によるものだが。

「隊長。これ、VMAPですか。俺たちの次の相手、VMAPなんですね」

「断言はできん。だがその考えを念頭に置いて準備した方がよかろう」

 画面を睨み付ける俺の尻を、小さな手が叩く。

「いよいよ我の真価を発揮する機会が巡ってきたようじゃ。リュージよ、大いに頼りにするがよいぞ」

 不安しか感じない。それでさえ、もはやお馴染みの感覚だ。新武装の訓練を重点的にしておこう。

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