採用試験
曲がりなりにも作戦は成功したのだ。俺はハジメとマキ、それにニャルルを従えてCNST(対能腆鬼特殊部隊)本部へと戻った。
だが、大手を振って本部に戻った俺たちに対し、他班の反応は冷ややかだった。
「ようリュージ。PM狩りに行って、幼女をナンパしてきたのか」
ガムを噛みつつ、頬に縫合痕を持つ男が声をかけてきた。無遠慮にニャルルを眺め、にやにやと笑っていやがる。
「うるせえアキラ。俺を冷やかしたければ作戦の成功率を上げることだな」
「は! 幼女PMを追いかけ回すC級作戦なんざ、どうしたら失敗できるのか教えてほしいもんだぜ」
鬱陶しい野郎だな。
「憎まれ口を叩く暇があるならVMAPの腕前を磨いたらどうだ」
アキラは眉間に皺を寄せ、笑うのをやめて押し黙った。俺は畳み掛けるように言ってやる。
「聞いたぜ。先週、VMAP大破させて始末書書いたってな。PMの異能を供給しなければVMAPは動かねえ。てめえらVMAP班の活動を支えてるのは俺らハンター班だってこと、忘れんじゃねえ」
アキラは歯を剥き、口端を吊り上げた。本当に負けず嫌いな奴だ。まだ何か言い返すつもりか。うんざりしていると、癇に障る穏やかさでこう告げた。
「知ってるか。ハンター班は補充されるんだ。よかったな、リュージ。お前らも晴れてVMAP班に昇格だ」
なんだと。いや、それよりも。
「アホか、何が昇格だ。班に序列はねえ」
アキラの野郎、まるで俺の反論が聞こえていないかのように無視しやがった。マジでムカつく。
「見せてもらおうじゃねえか、リュージ。てめえらがVMAPを駆って、作戦の成功率を維持できるのかどうかをな」
そう言って鼻で笑うと、振り返ることなく立ち去ってしまう。
アキラの態度にはムカつくが、それよりも気になることができたため、黙って見送ってしまった。
「仲間割れか。なんとも狭量なものじゃな、人間。まあ、我が来たからには大船に乗ったつもりでおればよい」
尻のやや上あたりをぱんぱんと叩かれた。絵的には幼女に慰められるの図だ。なんだ、この惨めな気分は。
「さ、行きましょうチーフ。アキラさんがあんな感じなのは今に始まったことじゃないですし」
さして表情を変えず、ハジメが促す。
「私たちだってVMAPの訓練は受けてます。大丈夫、チーフの足を引っ張ったりはしませんから」
落ち着いた声でマキも言う。
ありがたいものだな。冷静で頼りになる部下たちというものは。
「ああ。アキラの野郎はああ言ったが、俺たちがVMAP班に異動すると決まった訳じゃないし。まずは隊長室へ行こう」
隊長室で待っていたのは妙齢の女性
だ。髪色はマキと同じ明るいブラウンだが、ベリーショートにしている。メイクは非常に薄い。世間では中年と呼ばれる年齢に達しているはずだが、マキの姉と言われても納得できるほど若々しい外見だ。ちなみに、マキは十八歳である。
隊長は執務卓を背に立っていた。豊満なバストを見せつけるかのように腕組みをしている。まずい、アキラと口論してたせいで待たせてしまったか。
「遅くなりました、ハルカ隊長。捕獲したPMです」
ニャルルの両肩に手を置き、俺の正面に立たせる。凶暴なPMなら相応の拘束と共に堅牢な独房にぶち込むところだが、今回は特別だ。隊長の命令に従い、直接連れてきたのだ。
「ふむ」
彼女は腕組みを解くと、ニャルルの正面でしゃがみ込む。
がばっ、と音がするほどの勢いで、隊長がニャルルに抱きついた。
面食らい、幼女PMから一歩離れて仰け反る俺の耳に、甘ったるい猫なで声が届いた。
「かんわいぃーん! あたしハルカちゃんでちゅよー、よろしくぅん」
どうした、この女——。
類稀な戦闘能力で凶暴なPMを狩りまくり、かつて『極東の女豹』と呼ばれた最強の武人。それが俺たちの隊長だ。しかし、目の前の女性にはその面影が微塵もないぞ。
「すりすり、すりすり」
げ。声に出して頬擦りする人なのか、隊長って。
ハジメと視線を交わす。すかした仕草で首を振るものの、奴には珍しく心なしか青ざめている。
マキを見る。——おや?
彼女は口に手を当て、見るからに羨ましそうな表情で眼前の光景を眺めている。やれやれ。
「もうよいか。さすがに我とお主——ハルカの体格差では、この体制は少し苦しいぞ」
「そうお?」
猫なで声モードのまま、隊長は名残惜しそうに幼女PMから離れた。
「我が名はニャルル。やがて来る能腆鬼の総攻撃に備え、貴様ら人間に力を貸すために来た。感謝しろ」
何だ。今さらっととんでもない事を言わなかったか。
「ありがとねん、ニャルルちゃん」
隊長は直立し、毅然とした表情で俺を見た。
「リュージ班は第二VMAP班に異動。正式な辞令は追って出す」
「はっ」
アキラが第一班で俺が第二。気に入らねえがこだわってる場合じゃねえな。
「なお、ニャルルは特別隊員としてリュージ班所属とする」
「待て——、待ってください隊長!」
思わず声を上げると、隊長は細めた
瞳に鋭い光を宿した。
「ニャルルの異能はジャミングですよ。電子戦は軍の領域だ」
能腆鬼を相手に電子戦を仕掛ける意味がない。
「軍の要請による捕獲作戦ではなかったんですか」
俺の言葉に対し、隊長は瞳の光を一層強めて告げた。
「よかろう。機密事項だが、特別に教えてやる」
隊長は立ったままで卓上のマグカップを手に取り、コーヒーを一口啜ってからゆっくりと話し出した。
能腆鬼——。科学者によれば、異次元の生物だという。奴らは何らかの理由により、我々の住む次元——仮に人間界とする——への移住を狙っている。
その多くは角やハサミ、トゲなどの攻撃的な外見を持ち、左右非対称の異形な怪物である。そして、等身大から数メートルくらいまでの範囲で自由に体のサイズを変えられる。
奴らはいつ頃から人間界に現れるようになったかは不明である。記録に残る最初の目撃例は四年前の二〇三一年。大小六つのハサミを持つ超巨大ザリガニが警察官二人と一般人九人を殺害し、軍隊が出動する事件が起きた。
通常の対人火器では歯が立たず、軍人にも被害が出た。複数の対戦車ライフルによる集中砲火によってなんとか辛勝するも、五人の軍人が命を落とし、合計死者数は実に十六人に達した。
時期を同じくして、PMの目撃例が増え始める。こちらは犬や猫、狸といった見慣れた動物の外見をしていることが多い。通常の対人用火器はほとんど効かず、離れた場所にある物を動かしたり、瞬時に長距離を移動したりする異能を持つ。
当初は能腆鬼と同一視されていたものの、凶暴な個体でも人的被害は比較的軽微だった。中にはニャルルのように、人間に好意的な個体さえ現れるようになる。どうやらPMには種としての連帯はなく、個体ごとに大きく性格が異なることがわかった。
能腆鬼とPMに関する研究は急速に進んだ。その後の科学者からの報告により、両者は別物であることが判明する。能腆鬼とは違い、PMは元から人間界に棲んでいたというのだ。
ところで、能腆鬼の脅威に対抗するために開発された兵器がVMAPである。反重力エンジンと荷電粒子砲を搭載し、命中すれば一撃で能腆鬼を撃破できる。
ただし、制限が存在する。慣性を無視した空中機動からパイロットを守り、大気中では急速に減衰する荷電粒子の射程を伸ばすため、PMによるPPの供給が不可欠なのだ。なお、反重力システムの機動制限は一回の出撃につきわずか十分間。
PPは専用ユニットに格納することによってVMAPにエネルギーを供給する仕組みであり、必ずしもPMの同乗を必要としない。だが想定されたVMAPの運用法は、PMを同乗させ、PM自身のサイキック攻撃により火力を補完するというものだ。この兵器を装備し、組織されたのがCNST(対能腆鬼特殊部隊)である。
「軍事目的であればニャルルの異能は有効でしょう。でも我々の相手は能腆鬼ですよ。戦闘機でもVMAPでもない。PPの供給元なら強そうなのが何体もいるでしょ、ウチの独房に」
隊長の悪い癖だ。わかりきったところから話し出したので、俺はたまらず話の腰を折った。
「まあ聞け」
隊長はあくまで冷静に、しかし眼光鋭く告げた。続く内容に、俺は絶句してしまう。
「軍用VMAPが強奪された。犯人は専属パイロットだ」
どうやってPPを手に入れたのか、反重力システムを起動してVMAPを操縦したという。追撃する戦闘機を撃破すると、そのまま消息を絶ったのだ。
VMAP専用の位置追跡システムを含め、あらゆるセンサーに反応がない。その事実から、科学者たちは一つの仮説を立てた。
「我々CNSTと違い、軍の能腆鬼対策は民間企業なみに最小限のものでしかない。パイロットは人格操作——洗脳を受けた可能性が高い。VMAPは一旦、異次元に持ち去られたものと見ている」
たんたんと話す隊長に、俺は思わず詰め寄った。
「まずいですよそれはっ」
「ああ。能腆鬼の連中、おそらくはVMAPを量産して攻めてくるだろう」
そこへ幼女の声が割り込んだ。
「そこで我の出番というわけじゃ」
俺は隊長とニャルルの顔を交互に見てから幼女を睨む。
「まさか、今回の捕獲作戦は——」
「うむ。我のテストじゃ。そして、ハルカ隊長に認められた」
口を開け、隊長を眺める。
「うふっ」
……うぜぇ。