終始優勢
「リュージ」
クソガキの声が戦闘モードだ。アイコンタクトは一瞬。抱き上げてやると、彼女のPPが俺の身を包むのがわかった。知覚が加速する。
高速度撮影中の戦闘レコーダーの映像は、どんなに動体視力に優れた人間であってもコマ落ちしたように断片的な情報しか視認できない。後でスロー再生しない限り、知覚が追いつかないのだ。
スクリーンを注視すると、自分がVMAPを操縦しているかのような臨場感とともに映像情報が脳に雪崩れ込む。
アキラの野郎、最初から反重力機動で飛ばしていやがる。
敵の背が光り、突起の一つから光線が発射された。
知覚加速中の俺でさえコマ落ちに感じる映像。いや、これは知覚が間に合わないのではなく、想定されたVMAPの性能限界を超える機動によるコマ落ちだ。
くそ、この機動は生身では真似できねえ。
まてよ。上半身のほとんどをサイボーグ化したリュージはともかく、シンジョウとカツラギは内臓までは交換していない。なぜあの二人の映像もコマ落ちするんだ。
「なっ——」
何やってんだ。
あろうことか、アキラは光線の射線上に移動しやがった。
再びコマ落ち。
「リュージ」
クソガキの落ち着いた声。
「ああ。アキラの野郎、あえて敵の射線上に身を晒すことで、斥力場の内側に飛び込みやがっ——!」
メインウインドウが白光に塗りつぶされる。サブウインドウもだ。
直撃か——いや、それなら画面はブラックアウトするだろう。
『シンジョウ、カツラギ。準備はいいか』
『自分たちはいつでも』
回復した映像の中、メインウインドウにもサブウインドウにも遠近二体ずつ能腆鬼が映り込んでいる。
俺は目を疑った。
どちらの敵も、背の突起が全て撃ち抜かれている。この一瞬でそれだけの狙撃をこなしたと言うのか。
『三、二、一——押せ』
メインウインドウにアキラの両腕が、サブウインドウにシンジョウの片手とカツラギの片足がそれぞれ映り込んだ。いずれも光をまとっている。
各ウインドウ内の敵が飛ばされ、小さくなってゆく。一方、遠方に映っていた敵はこちらへと迫り、二体の敵の大きさが近づいてきた。
やがて両者の斥力場が接触し、強烈な火花——としか表現しようのないスパーク——が乱舞する。
『荷電粒子砲発射用意——てえっ』
サブウインドウに一本ずつ、メインウインドウに二本の光条が映り込んだ。
アキラの機体には両腕に荷電粒子砲が装備されているのか。
各ウインドウが爆光で塗り潰された。
終始優勢かよ。アキラの自信も当然だな。
だが、俺は姿勢を変えることなく画面を注視し続ける。現場で戦闘空域を視認するのと比べ、やはり映像情報でははるかに情報量が少ない。それでも、気を抜くわけにはいかない。そう感じるに足る理由がある。
「敵の身体の破片が、一つも爆散していない」
「うむ、まだ終わってはおらぬ」
爆煙が収まると、無傷の化物が姿を現した。四本もの荷電粒子砲が直撃したというのに、奴の斥力場を取り払うだけだったということか。
なんと、合体してやがる。カメレオンの腹と腹を合わせ、隆起した背を上下に広げて。奴は体勢を九十度回転させると、背を斜め上に反り返して巨鳥のようなシルエットとなった。先ほど撃ち抜かれたはずの突起は復活している。
突起が光った。次の瞬間、画面がコマ落ち。敵の光線を余裕でかわしていやがる。
荷電粒子砲のチャージはとっくに終わっている。なぜ撃ち返さないんだ。
『絨毯爆撃』
『了解』
アキラの号令内容から、上方へ向かうものと思っていた映像が真横に流れる。画面の端に映り込んでいるのは敵の尻尾。アキラの機体は、尻尾に打たれたのか。
ほぼ同時、サブウインドウでは左右に二つくっついたカメレオンの顔面が大写しになり、その口から舌と思しき器官が伸びてくる。
そして——。
サブウインドウが二つとも、ブラックアウトした。
「————っ」
画面に映り込むアキラ機の腕が、敵の尻尾を掴んでいる。
振り回し、投げ飛ばした。
墜ちていく敵に向け、両腕の荷電粒子砲を二連射。
爆光が膨れ上がる。
メインウインドウが白く染まったと見るや、二つのサブウインドウに光が灯る。
『シンジョウ、脱出』
『カツラギ、脱出』
おいおい、意図的に敵の体内に飛び込んだっていうのかよ。
『集中砲火』
三機の火器が火を噴いた。
全ての光弾が命中し、次の瞬間、紅蓮に輝く爆炎が敵の身体を包み込む。
「あの炎は……」
「うむ、反応弾じゃ。敵の体内に設置したのじゃな。少なく見積もっても、二機で五、六発くらいかの」
上から狙撃するだけが絨毯爆撃ではないということか。
敵の身体が砕け散り、細片となって地上に降り注ぐ。
『作戦終了。帰投する』
敵が弱かったとは思えない。相手に何もさせなかったのだ。アキラたちは確かに強い。しかし。
もはや生身とかサイボーグとか関係ねえ。なんてクレイジーな戦法なんだ。
いくら空軍の二人に好印象を持っていないとは言え、味方の勝利に喜ぶ気持ちくらいは持っているつもりだった。だがこの戦闘内容は、どうにも素直に喜べねえ。
クソガキを下ろし、ふと視線を左右に走らせる。
どうやらオペレータたちの視線を集めていたようだ。彼らが素早く顔を逸らす様子までしっかり視認できたところで、ようやくPPの効果が切れた。
「リュージとニャルルちゃん、本当に仲が良くてうらやましいわあ」
おいおい隊長、作戦中の口調じゃねえぞ。
「なんだってんだ。戦闘時の肩車に比べたらどうってことねえだろうが」
「新発見じゃ。リュージの感覚は時々ずれておる」
そう呟くと、クソガキは小さな手を口許に当てた。例のごとく、吊り上げた口の端から白い歯を覗かせていやがる。
「我はハグしてもらってたようで、嬉しかったぞ」
なんだと。
「よかったわね、ニャルル。これだけ間近に立っていたのだから、あたしも隊長もPPの影響でリアルタイムに戦況を観察できたし」
なんてこった。抱き上げる必要はなかったってのか。
「先に言え」
「我は呼びかけただけじゃぞ、リュージ」
くそ、反論できねえ。俺が勝手に誤解してただけだ。
その場を満たす生温い視線から逃れるようにして、俺は作戦司令室を後にした。




