第三班の戦法
PPレーダーの信頼度は揺るぎないものとなった。目撃者からの通報も来ないうちからアキラたちは現場へ向かっている。
なお、対外的にはレーダーの精度を可能な限り過小評価したデータを公開してある。CNSTの名前で二日前に避難警報を出すようになったのだ。
『本部。アキラだ。まもなく出現予測ポイントに到着』
「了解。ご武運を」
応答する男性オペレータの肩に手を置くと、隊長はこちらへ振り向いた。彼女の背中越しに、壁面スクリーンに街の様子が映し出されている。三機のVMAPに装備された戦闘レコーダーから現場の映像が送られているのだ。メインウインドウはアキラによる映像だ。下部左右に奴の背を映すサブウインドウが開いている。シンジョウとカツラギ、どちらがどちらの映像かは特定できない。
訓練の日に見せたシンジョウの眼差しを思い出し、俺はサブウインドウを睨み付けて奥歯を噛み締めた。
ここはCNSTの作戦司令室であり、複数の男女が端末の前にかじりついている。俺はこの部屋に映像を届ける側であって、こうして見る側に回るというのはいささか落ち着かない。
「どうした。たまには一歩引いた視点で戦場を俯瞰するがいい。きっと何がしかの発見があるはずだ」
万が一の事態に備え、リナとハジメ、サツキとナオヤの四人が車庫で待機している。
つまり、立って歩けるVMAP班メンバーでありながら、今回完全に留守番状態なのは、俺とカヤだけなのだ。
「リュージ。なんか今、我のことを思いっきり無視したような気がするんじゃが」
「勘違いだクソガキ。無視ってのは、普段は構っている相手に対して行われるもんだ」
「おお、そうか……ってどういう意味じゃっ」
ちっ、いらん相手をしてしまったぜ。
「…………」
俺たちの隣で、隊長に向かってもの問いたげにしているのはカヤだ。腕を吊らずに済む程度まで回復した彼女は、半袖の制服から包帯を覗かせて姿勢良く立っている。
三日前、彼女はこう言った。
「隊長。いっそのこと、決戦兵器の情報も公開してはどうでしょうか。きっと総攻撃の日までに様々な角度からの改善が見込めるものかと」
「そうだな」
隊長は顎に手を当て、一拍置いた。
「我々の前に立ちはだかる能腆鬼どもは、例外なく狂気に支配されたが如き破壊活動に溺れる。だが、それは決して知能程度が低いことを意味しない」
VMAPを盗むため、何らかの手段で軍人を洗脳した敵がいる。次に現れた敵からは、斥力の盾を使うようになった。
「もともと、我々の文明を超えるレベルの科学力を持っていたであろう連中だ。こちらの手の内を知れば、対策を立てるくらいはやってのけるだろう」
隊長をリスペクトしているはずのカヤではあるが、その日は珍しく粘った。
「しかし、一度の偶然をもとに理論だけで作り上げた武装を、よりによって総攻撃の日にぶっつけで使うのは——」
ふ、と発音しかけて口を閉じると、すぐに「効果に疑問があります」と言い直す。怪我をしてなお「不安」の単語を選択しないあたり、さすがはアキラに鍛えられた戦士だといえる。
「大丈夫じゃ、カヤ。我とリュージもぶっつけ本番だったからの。それに今度は手投げでなく、グレネードランチャーで射出すればよいのじゃ」
「偉いわニャルルちゃん、最高よっ」
隊長はひとしきりクソガキの頭を撫でた。
「にゃふふ。技術班での作業もいくつか我が監修した。彼らの仕事は完璧じゃ、我が保証する」
おいおい、本当かよ。どうもこいつが関わると肝心な時に不発弾をつかまされそうな気がするんだが。
「いかんなリュージ。仲間は信頼関係で成り立つものだぞ」
「隊長。俺は何も言ってませんが」
「我にもようやくわかってきたのじゃ、リュージ。お主が見せる渋い顔は、好意の裏返しなのじゃといたいいたいごめんやめ」
「もう、本当に仲いいんだから」
俺はクソガキから手を離すと、そのまま真上に挙げた。弾が入っているとは思えないが、銃口を向けるのはやめてくれ隊長。
「あら、弾なら入っているわよ」
「冗談にならんわ!」
隊長はようやく銃をホルスターに収め、クソガキと肩を組んで朗らかに笑い出した。その笑顔とは対照的に、リナは渋い顔で腕組みしている。
「どうしたカヤ。グレネードランチャーが扱えないお前ではないだろう。もし仮に、反重力爆弾が思わしい戦果につながらなかったとしても、あたしらがすることは一つだ」
「リナ……チーフ。そうですね、すみませんでした」
カヤの顔は曇ったままだ。彼女ら——特に、普段から無口なカヤとつきあいの薄い俺にも、納得していない様子がありありとわかった。
そんな彼女の肩に手を置き、リナが微笑む。
「怪我のせいで弱気になってるだけだ。お前ができる奴だってこと、このあたしが認めてる。頼りにしてるぞ。あと、総攻撃の日は総力戦。チーフは三人もいる。……あたしのことはリナと呼べ」
無言で頷くカヤの腰を、小さな手が緩く叩く。
「そうじゃぞ、カヤ。BL漫画仲間にそんな顔をされては我としても寂しいぞ」
ふざけた合いの手を入れやがって。だが、ナイスだクソガキ。カヤに笑顔が戻った。
「すっかり遅くなった。今夜のメシは私の奢りだ。どこか行きたい店はあるかね」
リナが意外に可愛い歓声を上げ、クソガキが拳を突き上げる。全員の視線がカヤから離れる一瞬、俺は目の端に捉えた。カヤが小さく息を吐き、そして笑顔の質を変化させるのを。
あれは、喩えるならば猛禽の笑み。それも、獲物を視界に捉えた時の。いや、それにしては……。
何を考えているんだ、俺は。あれはアキラがよく見せる表情じゃないか。カヤは闘志を取り戻した。それだけのことだ。
喉につかえた小骨のような違和感が消えないのは何故だろう。俺は何を気にしているのだ。それさえ定かでない。
司令室内に警報が鳴り響いた。
『来るぜ。二体だ。シンジョウ、カツラギ、お前ら右の奴な。俺は左だ』
『了解』
スクリーンに目が釘付けとなった。
ステゴサウルスのように隆起した背に鋭利な突起をもつ異形。顔面と脚部、そして尻尾の形状はカメレオンのそれだ。上空からゆっくり降下してくる二体の能腆鬼どもは、画面に映り込むビルとの対比から見て五メートルを超える体躯を有している。
「いいか、アキラ。応援はいつでも出せる状態だ。無理はするなよ」
『例の戦法を試しますんで、増援は無用に願います、隊長』
例の戦法だと。アキラめ、何をするつもりなんだ。
三機のVMAPがパワードスーツモードに変形する。これよりしばらくは、いつ反重力システムを起動してもいいように知覚加速も行うはずだ。従って通信でのコミュニケーションは戦闘終了まで不可能となる。
いくらサイボーグ化したからとは言え、新たな身体での戦闘は初めてのはず。アキラの自信はどこから来るのか。好奇心よりも言い知れぬ不安が背筋を這いのぼる。
「なっ」
思わず声を漏らしてしまった。
アキラの画面には左側の敵、他の二人の画面には右側の敵が、それぞれ大写しになる距離まで迫っている。戦闘レコーダーにはズームの自動調整機能が搭載されていない。間近と言える距離まで迫っている証拠だ。
なんて速度で突っ込んでいやがる。斥力場があるんだぞ。
特攻でもするつもりかっ。




