親不孝者の選択
それからわずか数分後、全員が元の服装に着替え、応接卓を囲んで座っていた。
「…………」
さきほどまでの賑やかさは霧と消え、沈黙が硬質な音を立てる。
——アキラが戦線に復帰する。サイボーグ手術を受けて。
席に着くなり隊長が放った言葉が、女性隊員たちに衝撃を与えたのだ。
隊長は彼女らを順に見た後、わずかに呆れた響きを声ににじませて告げた。
「どうした。寿命を削ってでも強化臓器と強化筋肉を移植する。そう決断したのはアキラ自身だし、彼ならそうすることぐらい、お前たちなら容易に想像がつくだろう」
「ハルカ、質問じゃ」
俺の隣に座るクソガキが発言した。なんだ、漫画を読み耽っていたわけじゃなかったのか。
「強化臓器や筋肉を、通常の人工臓器や義手に再移植したら寿命が回復するのでは」
「残念だが、回復しない」
驚いた。クソガキに対しても女言葉を使わない隊長を見るのは、これが初めてだ。
「もちろん、今すぐ処置すれば寿命への影響は最小限に抑えられるだろう。だが、義手はともかく人工臓器は、ドナーから提供される生体臓器を含めても供給量が極めて少ない。順番待ちしている間にアキラの寿命は尽きてしまうだろう」
「それって一年も保たないって意味ですか」
カヤは尖った声で訊く。それに対し、隊長は表情筋をほとんど動かすことなく無言で頷いた。
立ち上がりかけたカヤの肩を、リナが押さえた。眼帯をしていない方の瞳で、噛み付く相手が違うと告げている。
俺も握り拳を震わせたものの、振り上げることはしない。アキラ自身が選んだことだ。だが、一つ確かめておきたい。
「隊長。強化筋肉や強化臓器は、CNSTの技術じゃないですよね。そもそも、現状では人体への移植は違法のはず」
「ああ、軍の機密に属する技術だ。軍の方でアキラと接触し、CNST附属病院の施設を使ってサイボーグ手術を行ったのだ。従ってこの件は他言無用」
俺の軍アレルギーがさらに一段階酷くなった。奴らは瀕死または二度と戦場に立てないはずの兵士を、期間限定の強化兵として再利用しようというのだ。そんな悪魔の所業に軍人でないアキラまで巻き込みやがった。
そして当然、CNST上層部は承知しているはず。俺たちは政府から指定を受けた、能腆鬼撃退に特化した組織。それが総攻撃を前に、ゆっくりと確実に軍の従属機関となりつつある。
唐突に気付いた。落ち着いた表情ながら、隊長の瞳の奥で激しい炎が渦巻いている。
「隊長。墓参りの日は聞きそびれてしまいましたが、隊長が軍を辞めた理由は——」
「ああ。軍の一部だが、割と上の方にいるのだ。それも陸海空軍を束ねる統合参謀本部の中に。強化臓器や強化筋肉のインプラントによる短命化は改善のめどが立たないというのに、評価試験のために実戦投入したがる輩が。リュージ。君の父上は、偶然その事実を知ってしまった」
俺は目を見開き、隊長の顔をまじまじと見た。そんな俺から目を逸らさず、「四年前の話を聞かせよう」と静かな声で続けた。
当時、親父は陸軍七五八部隊——とは名ばかりの五名編制の小隊——の隊長だった。しかし四年前のある日、突然海外派兵に志願すると言い出したのだ。驚きつつも親父と行動を共にする決意を固めた隊員に向かい、あろうことか全員解雇を申し渡されたという。
それぞれ好条件で政府機関や企業などへの再就職を提示され、隊員たちは喜んで辞めていった。
解雇の理由が不明なままでは納得できない。ハルカ隊長の抵抗むなしく、結成間もないCNSTへの勤務を命じられ、結局のところ渋々受諾することとなってしまう。
「軍を辞める時、私物の整理をしたのだがな。その中に、どう見ても私の物ではないノートが混じっていた」
軍の備品として、電子端末が使えない環境で重要な情報を記録するために配られるものらしい。大抵の隊員は真っさらのまま手つかずだという。
「今更言っても詮無いことだが、なぜ早くこれを開いて見なかったのか……、それが悔やまれてならん」
そう言って、一冊のノートを俺に手渡す。中身を読み、すぐに閉じた。深呼吸し、天井を見上げる。
サイボーグ戦士の有用性を証明するため一定数の瀕死兵を創出、だと。そのための作戦困難度評価の操作、および作戦従事人員の少人数化。どうやって探ったものか、裏で糸を引く国防省統合参謀本部の参謀の名前まで記されている。
親父のバカ野郎。そして、親父の正気を疑っていた俺の大バカ野郎。
「…………」
何も言葉が出てこない。意味なく髪をかきむしる。
隊長は勢い良く立ち上がると、床に両膝をついた。そのまま頭を下げようとするのを見て、椅子を蹴って飛びついた。
「ぴぎゃ」
クソガキが転んだようだがとりあえず無視。
隊長の肩を掴んで土下座をやめさせる。
「やめてくれ。あんたは悪くない。俺もそこまでガキじゃねえつもりだっ」
敬語を忘れていることに気付いた時には、言い切った後だ。
「だが私は、今の今まで黙っていた。あの日、私はお前にこう言った。軍にいたことは特に秘密にしていたつもりはないと。あれは嘘だ。私が軍にいたという記録は抹消されている」
俺は無理やり隊長を立たせた。
「隊長。聞いてください」
俺はこのノートに記された参謀の名前を忘れない。いつか必ず牙を剥く。だが、それは今じゃない。
「どんなに腹を立てようと、どんなにこいつが憎かろうと」
アキラはてめえの命を削って戦場に立つことを選択した。だったら俺は。
「奴と一緒に戦場に立ち、奴の生き様を見届ける。だからそれまではこの事実、あえて目を背ける」
「わかっているのか、リュージ」
「俺は最悪の親不孝者です。事実を知ってなお、サイボーグ戦士と共闘しようと言うのですから」
実戦投入すれば様々なデータがとれる。研究は急速に進み、短命化どころか寿命を伸ばす強化臓器や強化筋肉が実用化されるかも知れない。
「そのせいで最悪の場合、クソ参謀を告発するタイミングさえ失うかもしれません」
リナたちの方へと振り返る。
「すまん。お前たちも今の話、聞かなかったことにしてくれ」
「あたしらのことはお気になさらず」
リナが即答し、カヤは無言で頷いた。
「我はいつでもリュージの味方じゃ。たとえ行き先がお主らの言う地獄でも付き合うぞ。ま、できればBL天国がいいがな——いたいごめんやめ」
「よし」
隊長の声に張りが戻った。俺はクソガキのこめかみから拳を離して振り向く。
「能腆鬼との決戦兵器の開発は順調だ。だが、本隊の襲来を前に、次元ホールから現れる敵の実力は日増しに強力になっている。そこで、技術班から荷電粒子砲以外の装備について改善提案があった」
今から説明するという隊長に、異を唱える者はいなかった。




