罰ゲーム
隊長室のインターホンを押すと、すぐに返事があった。
『すまん、リュージ。少しだけ待て』
追いついたクソガキが文句を言う。
「まったく大股じゃのう、リュージは。たまには我を抱っこして歩いても罰は当たらんぞ」
何を言うかと思えば。
「それこそが罰ゲームじゃねえか」
「リュージの言うことは時々意味が分からんのう」
充分にわかってる顔じゃねえか。小首を傾げてんじゃねえよ。
そんなことより、こいつなんで本部に来てやがるんだ。病院の消灯時間まではまだ少し時間が残っていたはずだぞ。
「マキの看病はどうした」
俺の言葉に対し、クソガキは目を半ばまで閉じて口端を吊り上げた。口許に当てた小さな手は剥き出した歯を隠しきれていない。いかにも意味ありげな笑いってのを演出したいという意図だけは伝わった。
「大体わかった。もう答えなくていい」
「なんでじゃ。知りたかろう?」
別に、と答える俺をスルーし、胸を張って宣言する。
「ハジメが見舞いに来たから、気を利かせてやったのじゃ」
表情の変わらない俺をつまらなさそうに見上げると、クソガキは溜息を吐いた。
「無反応とはつまらんのう。まあ、リュージにはアキラがおるからの——あだっ、冗談じゃ、いだだだ」
クソガキのこめかみに拳骨を押し当て、ぐりぐりと回しながら両側から圧力をかけていると、ドアが開いた。部屋の主である隊長の視線が、俺のそれと真正面にぶつかる。
「…………」
互いに固まることしばし。
先に沈黙を破ったのは隊長だった。
「ふむ。リュージとニャルルちゃん、ようやく仲良くなったようだな」
「……どこが?」
促されるまま入室するが、隊長はその間ずっと腰に手を当て、これ見よがしにポーズをとる。
「なんかコメントした方がいいっすか」
投げ遣りに言う俺とは対照的に、クソガキは高い声を上げてはしゃぐ。
「おお! それが噂に聞くビキニか! 我のものもあるのか?」
「あるわよ」
返事は部屋の反対側から聞こえてきた。振り向くと、隊長と同じ髪型の女性隊員がいる。左手を包帯で吊った彼女はいつもと同じ制服姿だ。ほっとしたものの、右手に持つものを見て黙ってはいられなかった。
「おいおいカヤ。ガキにセパレート水着とか滑稽だろうが。てか、勤務時間に何してんすか隊長は」
足元で強烈な光が輝く。思わず目を閉じ、次に目を開けると、カヤの手から水着が消えていた。
「ふふーん。どうじゃリュージ、似合うか」
「アホか。たかが着替えにPP使いやがって」
「生着替えがよかったかの」
やれやれ。隊長の真似をしてポーズをとるが、中身はともかく外見はただのガキでしかない。
「部下のリア充ぶりに寂しさが募っておるじゃろう。存分に視姦するがよいぞ」
「だめぇ、ニャルルちゃあーん」
隊長が俺とクソガキの間に割って入り、幼女を守るように抱きついた。
「ハ、ハルカ。お主の胸はでかすぎて……わぷっ、ちと苦しいぞっ。リュージ。我関せずと言いたげな顔をせず、助けてくれろ」
まあ、隊長としてはストレスが溜まってたんだろう。話ができる雰囲気になるまで放っとくのが一番だな。
「リュージチーフ」
給湯スペースから新たな声がした。リナもいたのか。
黒髪をツーサイドアップにした童顔の女性。眼帯をしている他は目立つ怪我もなくきれいな身体をしている。細身ながら釣鐘型の豊満なバストは堂々とその存在を主張し、すらりと伸びた足は適度な曲線を帯びている。瑞々しく健康的な素肌が宿す艶めかしさは俺の視線を釘付けに——。
素肌。なんてこった。リナもビキニかよ。
「ようやく表情が動いたな、リュージ。やはり私のような年増では食指が動かんか」
少し黙ってろよ隊長。そんなことより、俺はリナ自身の口から全治二週間と聞いたぞ。あれからまだ一週間も経っていない。
「おいリナ。大丈夫なのか、身体を冷やすような格好をして」
「すみませんチーフ。全治二週間なのはカヤだけでした。あたしは瞼を少し縫っただけなので、もうほとんど治ってます」
報告口調でそう言った後、リナはなぜか上目遣いで俺を見た。
「あの……。どう、ですか」
「すげえ似合う。仕事場じゃなく、海かプールで眺めていたいところだぜ」
リナの頬に薄く朱がさした。はにかみながら告げる。
「そ、それって、あたしと一緒に——」
「なあ、リナ。班長代理とは言え、今のお前は俺やアキラと同じ立場だ。俺のことはリュージと呼べ」
年齢も、たぶん一つ違うだけだろう。
「うむ。リュージもようやく我の気持ちを理解する時が来たようじゃな。ハルカや我の水着姿には無反応のくせに、リナには鼻の下を伸ばしておるのが気に食わんが」
クソガキの呟きには無視の一択。
リナの奴、多分あれからずっと気にしてたんだろう。俺に謝罪すると言っていたようだが、なかなか顔を合わす機会がなかった。
隊長のことだ。面白がって、俺を海かプールに誘えとでも入れ知恵したのに違いない。
隊長を横目で睨む。ちっ、口笛吹いてやがる。
「仲間のスカウトに失敗したことを気に病んでいるなら必要ない。サツキとナオヤの二人は実戦で使えるレベルになった。お前とカヤの功績だ。それだけでも充分なんだから、なにもこんな罰ゲームじみたことをしなくても」
俺は口を噤んだ。リナは顔を伏せ、胸の前で握った拳を震わせている。
「リュージ……さんは、こんなレディース上がりの女は嫌いですか?」
「リナはリナだ。過去なんて関係ない」
顔を上げた彼女の片目と眼帯から、射抜くような視線で貫かれてしまう。
俺は言葉の選択を誤ったのか? 思わず視線を逃がした先に、カヤの顔があった。目で問うが、彼女は微笑んで首を横に振るだけ。
再びリナへと視線を戻す。その一瞬で、彼女は幾分視線を和らげていた。
「一度でいいです。リュージさん。能腆鬼との決戦が終わったら夏です。あたしと、海に行ってください」
「あ、ああ。俺でよければ」
輝く笑みを見せるリナを眺めつつ、若干拍子抜けする気分を自覚する俺がいた。
「我を無視するでない。そうそう気を利かすと思うなよ。絶対ついていくからなっ」
参ったな。隊長に聞きたいことがあるんだが。聞ける雰囲気に持って行くのは骨が折れそうだ。




