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ライバルの選択

 飛び上がり、地面に伏せ、転がる。バーチャルなのは承知しているが、間近に着弾して土煙が上がるリアルなエフェクトに肝が冷える。奴の方が明らかに手数が多く、訓練開始早々から劣勢に立たされているのだ。

 アキラの野郎、相当鬱憤がたまってやがったな。

 右へ動くと見せかけて左へ。俺のフェイクは見抜かれ、鼻先を光弾が掠める。

 コンマ三秒、動きを止めて我慢する。

 奴の銃口が真っ直ぐに俺を狙い、固定された。注文通りだ。

 いける。短く息を吐く。

 最大加速。背後をとった。

 一射、二射——外れ。

 巧みな回避運動に舌を巻く。だが、ここからは狩りの時間だ。このまま背中に張り付かせてもらうぜ。

 VMAP戦の場数はてめえの方が上だが、戦闘内容の濃密さは負けてねえ。

 三射、四射——掠ったか。いや。

 錯覚か、それともバーチャルシステムのバグか。今、コマ落とし再生の映像のように奴の機体が移動したぞ。

 それにしてもあの野郎、こちらを見もしない。背中に目でもついてやがんのか。違うな、バーチャルに気配もへったくれもない。

 五射、六射——くそ。

 まるで追い詰めた気がしねえ。誘ったつもりだったが、乗せられたのは俺の方か。

 このまま奴の背後に張り付いていても、その先に待つのは得体の知れない罠なのか。

 背を這う悪寒を黙殺し、次の一撃を——。

「————っ」

 直感に従い鋭角に後退する。そのまま錐揉み状に回転して回避運動。

 爪先を荷電粒子の光条が掠めた。HMD内で被弾アラートが明滅する。

 実戦なら怪我、それも指の二、三本は失うほどの酷い有様だったかも知れん。

 今のは、ハジメがやって見せたのと同じ技。しかも、さらに高度だ。こちらに視線一つ投げることもなかったのだから。

「な!」

 思わず声が漏れる。野郎、背を向けたまま接近するとは。どういう了見だ。

 だが、奴の真意がどうだろうと、ここで躊躇ったが最後、防戦一方となりかねない。半ば確信に近い予感を頭から追い出し、引き鉄を絞り込む。

 回避運動を見越し、角度をつけてビームバルカンを連射。

 荷電粒子砲には運用上の制限がある。〇・二秒間隔で二発。二発撃つと、次の射撃までのチャージは二秒。それに対し、ビームバルカンは火力で劣るものの連射が利く。しかし。

「なんで当たらないっ」

 焦れて叫びつつ、回避運動に移る。奴は相変わらず、こちらを見もせず撃ってきやがる。その動きには余裕さえ感じられ、俺の苛立ちは募る一方だ。

 HMD内の赤い表示が鬱陶しい。直撃こそないものの、被弾アラートが鳴り止まないのだ。

 もう致命ペナルティなど構っていられない。刺し違えてでも一撃喰らわせてやる。

 不規則機動で突進し、最大加速で奴の正面へ。

 荷電粒子砲を構えた俺は——、そのまま動きを止めた。正面に奴の姿はない。

 顎から垂れる嫌な汗を自覚した。訓練終了の時間だ。

 奴は真後ろだ。側頭部に右手——荷電粒子砲の銃口を押し付けられてしまった。

『引き分けとはな。思ったよりやるじゃねえか』

 ろくに返事もできない。確かに、俺は左手で抜いたヴァイブロブレードの切先を後ろ手に背後へと伸ばしてはいた。そこには奴の心臓が位置している。だが、それは狙ってやったことではない。たまたまだ。

「完敗だぜ」

 認めざるを得ない。

「てめえが寸止めしなきゃ、今頃俺の頭は吹き飛んでる」

『ふん、そりゃお互い様だな』

 仮にこれが実戦だった場合、今回のような劣勢を跳ね返す術があるだろうか。悔しいことに、良策が思いつかない。今のが俺の全力だったのだから。


 負けた。あれだけ奴の背後に張り付いて、一発も当てられなかった。一方、奴に背後を取られた途端、このざまだ。

 訓練ブースのバーチャルVMAP四機には、設定上の性能差はない。

 いかに物理法則を無視した反重力機動が売りのマシンであろうと、静止状態から音速まで加速するにはそれなりに時間がかかる。

 操縦している間、ライダーである俺たち自身の反応速度はPPによって上がっており、反重力機動に脳の処理速度が追い付くように補完されている。これについては俺も奴も同じ条件だ。なのになぜ、奴はこうも容易く俺の死角に入り込めたのだろうか。

「なあリュージ」

 モニター室の椅子に身体を預けて考え込む俺に、アキラの野郎が話しかけてきた。返事の代わりに視線を突き刺す。

「総攻撃までには敵さん、VMAPをコピーしてくるだろう。ライダーは当然、あの能腆鬼どもだ。どんな機動をするんだろうな。見ものだぜ」

 楽しげに話す様子を見て、嘆息を漏らす。

 目を閉じ、自問する。

 悔しいか? ——当然だ。

 俺はどうしたい? ——アキラに勝ちたい。だが、そいつは後回しだ。

 能腆鬼。あいつらをぶちのめす。それが何よりも優先だ。そのためなら俺は。

「アキラ、頼む」

 プライドなんて糞食らえ。たとえこいつに頭を下げてでも。

「お前の見事な操縦技術を——」

「よせ。てめえに頭なんざ下げられた日にゃ、調子が狂って仕方ねえ」

 この野郎。これじゃ足りないってのか。爪を掌に食い込ませ、拳を強く握る。椅子から降りた。

「土下座はよせ。種明かししてやるぜ」

 種……だと。

「実は俺が使った訓練ブースのVMAPな。リミッターを切った設定にしておいたのさ」

「ばかな」

 では、あのコマ落とし再生のような機動は錯覚でもバグでもなかったと言うのか。

「何考えていやがる。あんな機動を実戦で行ったら、たとえPPで守られていてもライダーは潰れるぞ」

 いくら実戦に参加できねえからって。それともこいつ、そこまでして俺に勝ちたかったのかよ。

「勘違いするなよ。来たる総攻撃、俺たちの相手は何だ。能腆鬼だぜ。それも、かなりの確率でVMAPを戦場に投入してくるだろう」

 奴は制服の上着をはだけ、上半身をむき出しにして見せた。

「お前、それ……」

 肌色ではなかった。胸部から腹部にかけて灰色だ。

「言ったろ、現代医学も捨てたもんじゃねえって。人工臓器と強化筋肉。複雑骨折してた両腕も含め、上半身の多くをサイボーグ化した」

 人工臓器だと。この街の平均的な家屋なら二、三軒は建つほどの金がかかる上、年単位で順番待ちしている金持ち患者が山ほどいるはずだ。

「これだけの短期間で元々の自分の身体同様に馴染ませたんだ。医者も驚いてたぜ」

 人外を相手に戦うのに、人のままで勝ち目があると思う方が無理がある。そう語るアキラの目の奥で、昏い炎が燃えていた。

 能腆鬼への恨み。その一点だけは共感できる。奴は恋人を、俺は母を殺られたのだから。だが、それはそれとして。

「わかってんのか、アキラ。今の医学じゃ、強化筋肉の移植は短命化を招く。大人しく六週間の治療を受けてりゃ天寿を全うできたかも知れねえってのに」

「うるせえよ。一か月後の総攻撃の時点で動けないんじゃ意味がねえ。もともとの身体機能を超えることのない義手や臓器でも意味がねえ」

 肩をいからせ、唾を飛ばしてまくしたてる。

「俺たちにとって何が最優先か。てめえにもわかんだろ。プライドの高いてめえがこの俺に頭を下げようとまでしたんだからよ」

 アキラは一つ息を吐き、吊り上げた目を静かに伏せる。

「あの軍人たちな。彼らもそれぞれ身内を能腆鬼に殺られ、大怪我してサイバー化手術を受けている。シンジョウは両腕、カツラギは両足だ」

「なに」

「そして俺が、第三班の班長を仰せつかった。三日後の能腆鬼戦は俺たちの担当だ。てめえはゆっくり休んでいろ」

 サイボーグ部隊だと言うのかよ。

 隊長、なぜ黙ってた。後で問い詰めてやる。

「いいか。今回の勝負は引き分けだ」

 そう言って唇を噛む様子を見て、俺は頷いた。アキラとしては、フェアな勝負だとは思っていないってことか。俺は別段ズルだとは感じていない。

「いいだろうアキラ。能腆鬼どもをぶっ潰してから改めて勝負しろ」

「ああ。今度はリミッター解除なしで尋常に勝負してやるぜ」

「は。それで勝てると思うなよ。今日と同じ条件で構わねえ。きっちりカタつけてやる」

 互いに歯を剥き、獰猛な笑顔で睨み合う。

 訓練室を出ると、ニャルルが立っていた。

「リュージ、ここにいたか」

 そう言って、俺とアキラを見比べる。アキラは上衣をはだけたままだ。

「おおぉ! 薄い本の実写版が目の前にっ——あだっ」

「冗談は容姿だけにしとけクソガキ。俺は隊長に用がある」

「どういう意味じゃリュージ。待て、我も一緒に」

 とてとてとついてくるクソガキには目もくれず、俺は隊長室へと向かった。

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