苦い決着
突撃する俺に慌てた様子も見せず、ヒッポグリフは嘴に光を宿す。
その口から光線が発射されるより早く、直角に真上へと方向転換。
「げぅ」
お約束の呻きを無視し、身体を折り曲げて前方へと二回転。そのまま奴の背に降り立つことをイメージしながら身体を伸ばす。
足がついた。斥力場に阻まれる際の抵抗がない——やはり。
真下に荷電粒子砲の一撃を放ち、奴の後方へと回避。
素早くこちらを向く敵の様子を見る限り、ダメージを受けたようには思えない。それを裏付けるようにニャルルが呟く。
「なんと。あやつ、あの一撃を凌ぎおった」
驚いた。あの至近距離で。だが、これでわかった。
「奴は斥力の盾を限られた範囲にしか展開できない」
絶えず球状のバリアで全身を守っているわけではないのだ。
そうとわかれば戦い方がある。
「総員。時間差攻撃!」
叫びつつ荷電粒子砲を撃つ。
奴の正面で放射状に拡散するのを見ながら斜め上方へ離脱。
身体ごとこちらを向こうとする敵の翼を、マキの荷電粒子砲が貫いた。
だが、墜ちない。奴は翼で飛んでいるわけではないようだ。
咆哮を轟かせ、首だけ背後を向いて光線を放つ。マキはすでに回避した後だ。
地上からの一撃。
尻尾に命中。大したダメージはなさそうだが、奴は嘴を光らせて地上を見下ろす。
撃ったサツキが回避し、彼女が射撃を行った場所にナオヤが滑り込んだ。
目から放つ紅い輝きが強烈になり、瞳が何倍にも膨れ上がったかのようだ。大口を開いた奴の正面で、空間が波を打つ。
「今だ」
叫ぶまでもない。四人目の一撃が、敵の口の中へ吸い込まれていく。
荷電粒子砲が後頭部へ抜け、鷹の頭部が吹き飛んだ。
お手柄だぜ、ナオヤ。
「まだじゃリュージ」
馬そのものの足がもがくように空中を掻いている。あれで生きている、だと。気味の悪い野郎だぜ。
奴の頭部があった場所の肉が盛り上がり始めた。背筋が凍り、全身が粟立つ。あの野郎、再生でもするつもりなのか。
HMD内に警告表示。反重力エネルギー切れだ。
「使ったのか、ニャルル」
「す、すまぬ」
「いや」
それがなければ、俺か仲間は何度か奴の直撃を受けていたに違いない。強敵だ。
ここからは通常機動で戦うしかない。
マキが荷電粒子砲を放つ。
だが放射状に拡散し、ベクトルを曲げられた光弾は、奴の背後で再び一つに収束する。
「野郎」
反応弾を投げつけた俺は、真横からの衝撃に吹き飛ばされた。
『チーフ、危ない!』
そんなマキの声を俺の耳が認識したのは、彼女の機体に光弾が命中した後だった。
地上からの二筋の射撃が、それぞれ敵と反応弾に突き刺さる。
曇り空に爆炎の花が咲き、力を喪った馬の脚が煙を纏って墜ちてゆく。
「マキ!」
なんてことだ。あいつは俺とニャルルの会話を聞き、俺の機体が反重力エネルギー切れだということを把握したのだ。部下に余計な負担をかけてしまうとは。
マキの身体からVMAPの装甲が剥がれ落ちた。生身の彼女を抱きかかえ、地上へと降りて行く。欠損などの目立つ外傷はないが、口の端から赤く細い筋が垂れている。その顔色といい、内臓へのダメージが疑われる。
「マキ、しっかりするのじゃ」
見る間に燃料表示が減っていく。ニャルルが俺の機体の燃料を媒体に、PPによる治療を始めたのだ。
光弾の直撃にもかかわらず、曲がりなりにもマキが生きているのは、ニャルルの存在あればこそだろう。
「ナオヤ、サツキ。俺の機体を支えろ」
そう命じる俺の口はからからに渇き、全身は重く感じる。いまVMAPの装甲を解いたら、とても立っていられそうにない。ひび割れた唇を舐めてみたが、酷く苦い味が口の中に広がるだけだった。
全治三日。俺の機体の燃料を使い切っての治療が功を奏したか、マキの怪我はほぼ治っていた。
医者が三日の入院を勧めたのは、PMがPPを人間の治療に使ったという事実を頭から信じなかったからだ。何らかの奇跡的な偶然が作用したものと思っており、容体の急変がないかどうか、せめて三日間は経過観察したいとのことだった。
「すみません、チーフ。三日後は次の能腆鬼の襲来日なのに」
「謝るなよ、マキ。俺も謝らねえ。しっかり怪我を治してくれ」
そう言って、傍らのクソガキをちらと見下ろす。
「ありがとう、ニャルル。あなたのおかげよ」
微笑むマキに対し、得意げに胸を張る。その頭に。
「あだっ! 何するのじゃ、リュージ」
「黙れクソガキ。あれほど予備の燃料タンクから使えと言っただろうが。戻ってから確認したら予備の方が満タン。ガス欠が戦闘中に起きたらどうすんだ」
縮こまる彼女をひと睨みしてから表情をやわらげた。
「だがまあ、礼は言っとくぜ。ありがとうな、ニャルル」
「……えへへへー」
ニャルルとマキは宿舎では同室だ。看病という名の話し相手をクソガキに任せると、俺は本部に戻った。
戦闘記録はリアルタイムで隊長に届く。補完すべき特筆事項も規定通りメールで報告済みだ。
直接隊長室を訪れての報告は義務ではないが、俺はそれを行った。
「ははは。今回の戦闘では敗北感しかない、か。貴様らしいな。だが、結果は変わらぬ。アキラと違って始末書ものの運用をしたわけでもないしな」
俺は首を傾げた。
「何故です。俺の不注意により、庇ったマキの機体が大破したんですよ。始末書の一枚や二枚、覚悟した上で伺ったのですが」
それに対する隊長の話に、俺は呆れて天を仰いだ。
アキラが始末書を書く羽目になったあの日、あいつは強敵を斃したことに浮かれていたらしい。ダメージを受けていたVMAPで曲乗りしながら帰る途中、自分でコケて大破させてしまったというのだ。
「もちろん、対外的には戦闘での大破ということにしてある。だが現場としては、形としての反省くらいは必要だろう。整備班のチーフは戦闘記録を見ているし、そうでなくても機体のダメージを見れば破壊の原因が大体わかる。整備班はカンカンだったのだぞ」
そりゃそうだ。
「リュージ。班編成の件だが、第二班に変更はない」
「はっ」
「第一班だが、リナが班長代理。カヤの他、新人二人を加えた四人編成にするつもりだ」
「ほう。では第三班は、軍人の二人ですか」
ごくわずかな間を置き、告げる。
「もう一人加え、三人にする予定だ」
軍からもう一人呼ぶってのか。くそ、愉快な話じゃねえな。
「これから総攻撃の日まで、貴様にはいろいろと苦労をかける。連絡は密にしてくれ」
隊長室を辞去した俺は、真っ直ぐ訓練室へと向かった。休める時に休むのも隊員の務めだが、じっとしていられない。いつの間にかニャルルに頼り切ったVMAP運用法に慣れてしまった。これでは総攻撃に耐えられまい。
しかし、訓練室には先客がいた。事前にチェックした訓練スケジュールは空白になっていたはずだ。
「リナか? 班が三つになったんだから、訓練予約くらい入れておけよ」
リナではなかった。意外な人物が俺を出迎えたのだ。
「ようリュージ。今回は辛勝だったみてえじゃねえか」
「アキラ。病院抜け出してんじゃねえよ」
「退屈で死にそうだったぜ。だが、現代医療も捨てたもんじゃねえな。この通り、ピンピンしてるんだからよ」
脾臓が破裂し、肋骨が肺に刺さった患者が何を言ってやがる。睨みつける俺に対し、アキラは「試してみるか?」と訓練ブースを顎で示した。
「ふん、付き合ってやるぜ」
バーチャルである以上、身体への負担はないしな。軽く捻ってやる。
アキラは訓練室のドアをロックし、訓練用戦闘レコーダーをオフにした。
「リュージは死闘直後ってハンデがあることだし、こんな非公式訓練で致命ペナルティ食らっちゃ気の毒だからな」
つまりてめえは勝つ気満々ってわけか。上等だぜ。
さっさと訓練ブースに潜り込む背中を睨みつけ、俺も準備をした。




