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空軍からの増員

 静止状態からの音速移動。さらには速度を保ったままの反転機動。人の身体はその衝撃に耐えられるようにはできていない。また、VMAP込みの質量で切り裂いた空間は一時的に真空状態を生み、刹那の後になだれ込む空気が爆風となって荒れ狂う、はずだ。

 しかし、ニャルルらPMから抽出したPPがこの問題を解決する。移動の瞬間だけ、質量を亜空間に逃がしてしまうのだ。

 亜空間。人間界でも能腆鬼界でもない、どっちつかずの世界の狭間。

 俺たちは存在の情報をこの世界に残したまま、質量ゼロの状態で移動できるのだ。これがPPの恩恵だが、万能ではない。

 質量こそゼロとは言え、この世界に映像として存在する。その映像と重なる座標に攻撃が命中した場合、それは直ちに俺たちのダメージとなってしまうのだ。

「うおっ」

 そんな俺の背を掠めるようにして、ビームバルカンの光弾が曇天に白い筋を描く。イヤホンに届く息遣いは、わかりやすいほど緊張しきったライダーの精神状態を物語っている。

『すっすいません、チーフ』

「VMAPは砲台じゃねえぞ。足を止めてのんびり撃つ奴があるか。動け、ナオヤ」

『り、了解』

 今回の敵は体長およそ三メートル。VMAPを纏う俺たちと大差ない。だが、外見から受ける印象はこれまでの能腆鬼と違う。

 金色に輝く鷹の頭部と翼。白色に輝く馬の胴体と尻尾。海外の神話に登場するヒッポグリフそのものだ。

 また、左右対称の造形美からは、人間界(こちら)の文化を理解し模倣する知性が感じられる。だが、そうであるにもかかわらず、奴の目に宿る妖しい光たるや、俺の肌を粟立たせる。禍々しくも紅く炯炯と輝き、不覚にも接近戦に躊躇を覚える。

 ——我々と対等だなどと思わぬことだ。お前たちの武器などいくらでも真似られるぞ。

 大空を悠然と飛び続ける敵は、そんなメッセージを発信しているかのようにさえ感じられる。

 ふざけるな。

 奴の光線を回避しながらも、炎上するビルや陥没した道路の様子が目に飛び込む。

 ここは俺たちが築き上げた、俺たちの街だ。たとえ貴様らの住む場所が滅びに瀕しているのだとしても、暴力をもって奪うというのなら徹底的に抗うまで。

 恒常的に飛び続ける敵は相性のいい相手とは言えないが、たかが一体の能腆鬼だ。総攻撃前の小手調べ、完膚なきまで叩きのめしてやる。

『サツキも動いて。一箇所に長く留まってると、敵から狙い撃ちされるわよ』

『了解です』

 マキの指示に応えるもう一人の新人、サツキの方は若干落ち着いているようだ。

 頼むぞナオヤ。訓練を見る限り、お前の射撃のウデはハジメに勝るとも劣らない実力なのだからな。

「今から前衛は反重力機動に移る。ナオヤ、サツキ。援護頼むぞ」

『了解』

「行くぞ、マキ。タイマーセット」

 今回、マキは後方支援ではない。彼女自身の判断に任せ、ツートップで近接戦闘を仕掛ける作戦だ。

 ハジメの奴は致命ペナルティで不参加。口中に広がる苦いものを飲み下し、反重力システムを起動。

 地面を突き刺す光線を避け、螺旋状に上昇しつつ荷電粒子砲をぶっ放す。




 それはいつもの訓練ではなかった。

 訓練プログラムが大幅にアップデートされ、個室も四つに増えた。VMAP同士の戦闘をシミュレートできるようになったのだ。

 この能腆鬼戦のわずか半日前に、二人の空軍士官がVMAPの臨時ライダーとして着任した。いずれも若い男性だ。

 彼らは支給されたCNSTの制服を、軍人らしい几帳面さで折り目正しく着こなしていた。短く刈り込んだ黒髪といい直立不動の姿勢といい、およそ個性を排した機械的な佇まいだ。

「これまで国民を守ってこられたCNSTの皆様に敬意を表します」

 揃って敬礼すると、右の男が一歩前に出た。決して太ってはいないが、かなり肩幅の広いがっしりした体つきの青年で、低いがよく通る声を張り上げた。

「シンジョウです。小官らの命、隊長に預けます。存分にご命令ください」

 今度は左の男が一歩前に出る。シンジョウに比べたら細身だが、それでも俺やハジメよりは肩幅があり、筋肉の量も多そうだ。

「カツラギです。ことに臨んでは危険をかえりみず、身命を賭して戦う所存です」

「うむ。私が隊長のハルカだ。今回の出撃メンバーはすでに決定しており、貴官らは留守番だ。まずは実力を知りたい。着任早々で悪いが、今これから訓練を受けてもらう。全員訓練室へ集合せよ」

 ハルカ隊長はVMAP二機ずつのチーム戦による訓練を指定した。空軍チームの相手を務めるのは、ハジメとハルカ隊長によるコンビだ。

「評価基準は二つだ。一つは、この訓練を終えたとき、貴官らの被弾率が致命ペナルティ未満かどうか。もう一つは、この私に致命ペナルティを与えられるかどうか」

「ハルカ隊長どの。ハジメどのに対する被弾基準はないのでありますか」

 隊長は口の端を歪めて笑うと不敵に言い放った。

「いい質問だな。被弾率一桁を誇るハジメに致命ペナルティを与えられるものならやってみるがいい」

 俺も隊長と全く同じ気分だったが、訓練ブースへと歩を進める四人を表情を変えることなく見送った。

 ところが、訓練開始早々、俺は開けた口が塞がらなくなる。

 シンジョウとカツラギが見せたVMAP運用術はそれほど斬新なものだったのだ。

 僚機の腕を掴んだシンジョウが、格闘技の投げ技を彷彿させる動作で投げ飛ばす。

『どっせえい』

 これがバーチャルでなかったら、今の動作で肩を脱臼してもおかしくないのでは。

 カツラギは飛ばされる勢いに乗って自らもさらに加速し、荷電粒子砲をぶっ放しつつヴァイブロブレードも抜き放つ。

「突撃戦法かよ」

 折角意表を突いたのに、直線的な攻撃では隊長とハジメ相手に効くものか。……だが。

『隊長!』

『馬鹿者。私を庇ってどうするっ』

 カツラギは荷電粒子砲で退路を牽制し、剣であるはずのブレードを投げつけたのだ。戦闘の勘が鈍っていた隊長の挙動では、これを避けられそうもなかったのは誰の目にも明らかだ。

「くそ。ハジメの甘さを突かれたか」

 ハジメ機、左足にブレードを被弾。機動性能は二十パーセントダウン。実戦なら骨折か、下手すれば切断に至る大怪我だぞあれは。だがこれは訓練。まだ、被弾一発目に過ぎない。

『伏せろ、ハジメ』

 隊長の声とほぼ同時、身を投げ出すようにして伏せたハジメ機が地面を転がる。

 その胴体を追うようにして、地面に土煙の柱が幾本も突き立った。

 上空に身を踊らせていたシンジョウ機がビームバルカンを撃ってきたのだ。

「こいつら……巧い」

 初手から連動し、反撃の機会を徹底的に潰すように動いている。シンジョウに銃口を向ければカツラギが肉薄し、カツラギに注意を向ければシンジョウの攻撃が降り注ぐ。

 機動性能の落ちたハジメ機は、今や防戦一方だ。

 ハルカ隊長に至っては訓練さえろくにこなしていないこともあり、すでに何発か被弾している有様だ。

 ハジメ機が飛び上がり、空中で仰向けの姿勢をとった。彼は、さらなる高空で不規則機動を見せるシンジョウ機を睨みつつも腕を背に回した。

 地上ではヴァイブロブレードを抜いた隊長機がカツラギ機の正面に躍り出る。刹那の対峙。そこへ光条が落ちた。

 カツラギ機、被弾。

 ハジメが後ろ手に荷電粒子砲を撃ったのだ。

 しかし、隊長チームの反撃はそこまでだった。

 シンジョウ機による荷電粒子砲が、二機のVMAPを貫いてしまった。

「マジかよ……」

 たとえ訓練とは言え、荷電粒子砲の直撃は問答無用で致命ペナルティなのだ。

 訓練ブースから出てきたシンジョウは、開口一番にこう呟いた。

「よく鍛えておいでです。お見それしました、リュージチーフ。まさかカツラギがやられるとは。さすがはVMAP現役ライダー、お見事です」

 無表情の奥に隠した侮蔑の眼差し。俺は絶対に忘れねえ。

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