反発と結束と
VMAPを大破させても自らの安全を最優先するはずのあの男が。それ以前に、殺しても死にそうにないあのイヤミな野郎が。
「うそ……だろ?」
そう言ったきり、二の句が継げない。だが、わかっている。部下たちはタチの悪い冗談を言うような性格ではない。
「戦闘は一時間と少し前まで継続していました」
そう告げるハジメからはいつものすかした様子が感じられず、代わりに色濃く疲労感が漂っている。
「僕らの機体は被弾こそしなかったものの、敵の攻撃を避けるために反重力システム使いまくりましたからね。今もまだ整備中です」
幸いと言うべきか、結成間近の三班向けに整備していたVMAPがある。それを使い、マキと二人で加勢したと言う。
マキも落ち着いたようで、報告を引き継いだ。
「敵は私たちが戦ったのと同じカタツムリ型でした。一班全機の反重力システムが時間切れになった後、私たちが加勢するまでは軍に要請して戦線を支えてもらっていたんです」
軍か。奴らには、CNSTが技術供与したVMAPを強奪された件で俺たちに対して弱みがあるからな。できれば、総攻撃の際の作戦指揮では主導権を握りたいところだぜ。
「軍はVMAP隊も出してきましたが、主力は戦闘機隊でした。詳細はわかりませんが、敵の攻撃の威力を減衰させる武器を使ってました。空中機雷とでも言うべきか、空に浮かぶ球体です」
新兵器か。しかし、そんなコンセプトの武器を開発していたとは。噂でさえ聞いたことがなかったぞ。
「それをVMAP隊が撒き、制圧火力を戦闘機に頼る戦法でした」
軍は予算的にもスケジュール的にもあまり大っぴらにPM狩りができないため、PP不足は深刻である。したがって、マキが報告した戦法は軍が取り得る手段としては合理的だ。
ただ、空中機雷とやらが気になって仕方ない。
腕組みして考え込んでいると、ハジメが付け加えるように報告した。
「見事な連携で、軍の戦力に損耗はありませんでした」
「ほう」
まあ、あのアキラと戦ったんだ。能腆鬼がノーダメージだったはずがないだろうしな。
「お陰で我々が現場に駆けつけるまでの間、敵を完全に足止めしててくれました」
「足止め、か。敵にとどめを刺したのはお前たちなんだな」
頷く二人を見てから顎に手を当てた。
軍は軍で新兵器を開発していた。能腆鬼対策は俺たちの仕事だ。だというのに、実戦投入までこちらに何の連絡もなかったのは何故だ。
「気に入らねえな」
もちろん、対能腆鬼用に開発した兵器とは限らないし、軍と俺たちとの相互連絡を義務付ける契約なども存在しない。だが、それでも何かがひっかかる。
いや、今はそれよりも。
「集中治療室と言ったな。手術は終わっているのか」
「はい。手術そのものは成功したそうです」
ハジメの言葉を受けて身体を起こそうとした俺を、マキがやんわりと押しとどめる。
「動いちゃダメです、チーフ。背中を八針縫ってるんですから」
なんだと。……あの時掠めた光線か。あの時点で裂傷を負っていたというのか。
「関係ねえ。俺は三時間も寝てたんだろう」
部下の手を払いのけ、ベッドから足を下ろす。全く痛みを感じない。
集中治療室前の長椅子に、女性二人が座っている。揃って入院着姿だが、アキラの部下たちだ。
顔半分に包帯を巻かれているのはリナ。ツーサイドアップの黒髪は艶やかで童顔によく似合うが、こいつたしかマキより歳上のはず。
一方、左腕を三角巾で吊っているのはカヤ。ナチュラルブラウンの髪をベリーショートにしているのは、『極東の女豹』ハルカ隊長をリスペクトしているのだろう。落ち着いた外見だが、こいつはマキと同い年だと聞いている。
その二人はいずれも前傾姿勢で浅く腰掛け、押し黙って床を見つめている。
おいおい、それでもアキラの部下か。勝ち気で生意気なクールビューティー、それがCNST内でのお前らの評価なんだぜ。
「よう。怪我の具合はどうだ」
「リュージチーフ」
彼女らは同時に立ち上がり、背筋を伸ばしたかと思えば——。
「敬礼はよせ。俺たちゃ軍でも警察でもねえ。……どうしたんだ」
アキラほどではないが、俺たち第二班はこいつらに小馬鹿にされてたと思ってたんだがな。調子狂うぜ。
「我々は三人がかりでこのザマ。しかしリュージチーフは、ほぼお一人であのカタツムリを斃したと聞きました」
そう言ってカヤは偽りのない賞賛の眼差しを向けてくる。
「これまでの非礼、伏してお詫びします」
丁寧に腰を曲げたリナの綺麗に結えられた髪が、その動きに合わせてふわりと垂れる。
非礼っつっても俺とアキラの言い争いを鼻で笑って眺めてた程度だろ。気にもしてないぜ。
「大袈裟だな。マキかハジメがそう言ったのか。あいつら含めて、こっちは四人がかりだ」
そう、四人だ。PMは消耗品じゃない。まあ、俺にしたところでクソガキと組むことがなければ、この考えに至ることもなかっただろうがな。
「あたしらの怪我は、現代の医療技術なら二週間で完治します」
姿勢を戻したリナはそう告げると唇を噛んだ。
アキラはどうなんだ。目で問う俺に、カヤが答える。
「チーフ——アキラチーフは、肋骨三本が折れ、うち一本が肺に刺さりました。加えて脾臓破裂。かなりの出血量だそうです」
俺は思わず天井を仰いだ。
PPレーダーが予測する総攻撃まで、残り五週間。手術後の経過が順調だったとしても、全治六週間、いや、リハビリ含めて二か月はかかるのではないだろうか。
アキラめ、人には貴重な戦力とか抜かしておきながら。
「カヤ、リナ。アキラから学んだお前らのことだ。このまま休んでいるつもりはあるまいな」
「もちろんです」
即答の声が重なる。
「よし。まずはじっくり怪我を治せ」
途端に不満げな顔を見せる二人に、俺は噛んで含めるように説明する。
「いいか。CNSTのVMAPライダーは内部スタッフで固めたい。今のところ二人、有望な人材を見つけた」
マキとの訓練でいきなりボーダーラインぎりぎりの奮闘を見せたあの二人、ナオヤとサツキの顔が脳裏に浮かぶ。
「あと二人見つけ、総攻撃までに仕上げたい。それにはお前らの経験に基づく指導が不可欠だ」
軍との連携なくして能腆鬼の総攻撃を退けることはできまい。だが、内部に人材を招き入れるのと、あくまで外部組織として協力するのとでは大きく意味が異なる。
「軍との連携はただ一度、敵の総攻撃の日だけ。それが理想だ」
仮に能腆鬼の脅威が去った後、CNSTが組織ごと軍に吸収されるのは面白くない。これまでは警察と連携してきたのだ。どうせ吸収されるなら警察に……。
「その理想は、リュージチーフの個人的な感情に根差すものですか?」
リナの指摘に目を見開く。アキラのおしゃべりが。話しやがったな。
「ああ、そうだよ」
開き直り、不機嫌に吐き捨てる。いくら俺が抵抗したところで、上層部の中には軍との融合をタブー視していない連中もいるようだ。そうでなければ軍人受け入れの話が持ち上がるはずがない。
「荷電粒子砲の銃口を人類に向けるとか冗談じゃねえぜ。俺はくたばった親父とは違う。軍人になんかなりたくねえっ」
それに対し、女性隊員たちは笑って見せた。彼女ら本来の、勝ち気で生意気な表情で。カヤが目つきを鋭くして告げる。
「あたしらも軍の奴らはいけ好かないと思ってたところです」
こいつら……。アキラと違って、素直ないい連中じゃねえか。
リナが頷き、彼女も目つきを鋭くした。
「まずは怪我を治し、ライダー候補を鍛えます。残り二人は、探します。組織の中にいなければ、レディース時代の仲間から素性のハッキリしてるのを引っ張ってきます」
なんと。リナ、そういう出自だったのか。頼もしい限りだぜ。
ん? 今、視界の下端を黒いものが過ぎったぞ。
「話は終わったかの、リュージ」
「何の用だ、クソガキ」
くるりと振り返る幼女の動きに合わせ、癖のない黒髪がふわりと広がる。
「今はリュージではなく、カヤに用があるのじゃ」
「ニ、ニャルル。ちょっと一緒に向こう行きましょ。あ、リュージチーフ、ニャルルをお借りしますね」
「お、おう」
こいつらいつの間に。
「楽しみじゃ、カヤ。よもや続編が読めるとは。大好物なのじゃ。『男の娘は彼氏の中指が——」
「わーわーわー」
カヤ。まさかBL漫画仲間だったとは。
「あたしは違いますからね、リュージチーフ」
「わーってるよ、リナ」
「三次元で満足してますから」
は? いや、よく分からんがこれ以上聞かずに立ち去るべきか。
「リュージ×アキラ、もしくはリュージ×ハジメ。いやいや、いっそ3P。さらには新人ライダー候補まで加えてバトルロイヤルでハスハス——」
つきあってられないぜ。同情してやるからゆっくり寝てやがれ、アキラ。
俺は集中治療室を背にして歩き出した。