契約の行方
インサイダーの部分は消去しました。勉強不足ですみません。
都内の大学の研究室。
「やっぱり反応は微弱ですね」
手元の試験結果をながめて溜息をついたのは春日雪子だった。東洋銀行頭取の娘ながら研究者の道を歩む理系オタクで、どう見ても女子高生としか見えない詐欺同然の女である。
「今回も駄目か……」
相手をしているのは指導教授の榊原康正。
「銀を使うと効率が上がるのは分かったんですけどね」
何をしているかと言えばアキトが世に出した触媒理論の研究だった。
米国で突然登場した触媒理論は、不思議な特性を持つ。既存の常識を覆すような結果をもたらす物は科学者の理解を超えていた。
「結果が出て理屈が分からないとは……」
榊原が言うとおりそこが最大の謎である。
アキトが、研究者たちに配布したサンプルを複製するのは簡単だった。幾何学的構造は複雑だが、作れないほど難しい物では無かった。だが同じ物を作っても何故か反応は鈍い。
いま実験している触媒も、塩水に対しての反応で電気を作る事が出来た。
だが……。それは実験室レベルでの話で、アキトの作った触媒には及ばない。
微弱ながらも発電していたのは確か。
世間ではアキトの理論にお墨付きが与えられている。当初特許が認められる事は無いだろうと思われていた。これは出願のさいに、まだ既存の物理法則で理解されていない事が理由だ。
だが……米国で出された出願は認められる。
これは米国の科学者が後追い実験で理屈を付けてしまった事が原因である。
確かに反応は理解出来る。よくある燃料電池の一種なのは間違い無いからだ。
後追い実験で結果を出した科学者は、理解出来ない物を恐れたのだろう。
理屈を無理矢理付けたのだ。
榊原はそう思っていた。
だから理解しようと工夫したのだ。
「何が足りないのでしょうか?」
しばし考えにふけっていた榊原は、雪子の声で思考を実験に戻す。
足りない物? 似ていると言えば、マグネシウム電池と近いだろう。
「わからん……。本人に聞いて見たいが、教えてくれんだろうな」
この大学に籍を置きながら、一度も現れない相手を思い浮かべて答えた。
※
午後の会議も結論は出なかった。
技術担当重役の説明も要領の得ない状態で、大江商事の役員会は続いていた。
「契約に突破口は無いのか?」
心なしか疲れたように見えるのも無理は無い。
アキトから実権を奪って、つかの間の天下に酔いしれていたのも何時の日だったか?
大江商事社長の、仙道良三は追い詰められていた。
「芳しくありません」
普段は尊大で強気の顧問弁護士が、言葉を選ぶほど弱気だった。
「まず契約は大きく分けて三つ結ばれています。一つは販売契約ですが、これは申すまでもなく通常の契約ですな」
弁護士の回りくどい説明はこうであった。
アキトが持つ特許に関わる商品を販売する権利。具体的には触媒理論を使った商品を、五年間に渡って独占的に販売できた。いわゆる代理店契約に近いだろう。
次に特許を利用した場合の取り決め。これは使用した物を、販売した場合に使用料を払わねばならないと言うものだ。
そして権利の譲渡に対する物。あくまで特許使用の権利は大江商事に与えた物で売買出来ない。借与貸与も認めないと言った事が結ばれていた。
「技術供与についてはどうだ?」
いらだちを押さえきれずに声に出す良三。
「技術供与については結ばれていません。触媒、エレコアの本体に付いては、契約上では大江商事では製造されない事に成っていたのですから……」
「なっ! どういう事だ! 俺は見たぞ! アキトが我が社の工場で作っていたのを!」
そう、役員を集めた場で試作品を見ていたのは確かだった。
「それは……」
「どうした? 目で見たのだ! 間違い無いぞ!」
「契約書を読んで頂けば分かることなのですが……」
契約はアキトの資産管理会社と結んでいた。米国で特許を所得した時に設立した会社で、名目上だけの会社だ。
「あんな英文で三百ページを越える物を、いちいち読んでられるか!」
良三は英語が出来ないわけでは無い。だが英会話ならまだしも、契約書のような細かい物は苦手だった。
法務部の人間に翻訳させて読んではいたが、原文にはもちろん目を通してはいない。
「すべてを確認しましたが……大江商事は触媒を利用した商品の開発以外は……」
核自体の権利に対しては完全なブラックボックスとして契約されていた。
実際に開発されていたのは商品化の部分だけで、いわば中身以外の側だけである。
もっともアキトが社長を続けていれば、その部分も作ってはいただろうが……。
「生産工場もパイロットプラントの扱いで……」
「くそう! もう良い!」
製品の発表も、実はまだ先の予定だった。
本来ならば、試作を経て役員会議の承認を受けて生産する者である。
アキト在任中では一年以上先の話を前倒ししたのは、他でもない良三自身だった。
「特許利用の契約のみで有りますから、現状使用料は掛からないのは不幸中の幸いかと」
アキトの結んだ契約では販売に伴う使用料しか掛からない。現状では一銭も支払いは発生してはいなかった。
「あぁああ! もう良い! 具体的にはどうすればエレコアを販売出来るのだ!」
発表は行ったが、販売時期については生産体制を整えるという言い訳で伸ばしてある。
幸い世間はそれを信じて、株価などには影響はまだでていない。
「アキト氏に供与をお願いするしか有りませんな」
弁護士はもうどうにでも成れとばかりに言い切った。
いろいろ現実とかけ離れた設定ですが、とりあえず話を先に進めて行きたいと思います。
活動報告にも書いているのですが、ご都合主義のAVぐらいの感覚で生暖かく見守ってください。