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錬金経営術  作者: 鉄JIN
第一章
7/30

海外進出の罠

お気に入りとポイントありがとうございます。ゆっくりですが更新頑張ります。

 殺伐とした空気の中。

 誰もが無言で仕事をしている。

 カタカタと聞こえるのはキーボードを叩く音だけだった。


「……えーと、美枝さん?」

 アキトの呼びかけに振り向きもしない。


「ん? 何でしょうか? ……社長、私は忙しいんですが」

 どことなくトゲのある声にビクリとしたアキトは口ごもる。


「いっ、いや!……ははは、何でも無いです」

 心なしか美枝の後ろから、黒い霧が立ちこめているのは気のせいだと思いたい。


 ブルルと体を震わせたアキトは、気を取り直しながら「さ、沙月さんお茶っ! ひっ! ひゃっ!」

 お茶を頼もうと沙月に声を掛けたが、角を生やした幻覚が見える。


 沙月はキッとアキトを睨むと、無言のまま立ち上がった。


 ドン! と置かれた湯飲みを前に、凍り付くアキト。


 どうしてこんな事に成ったかと言うと、それは朝の何気ない会話から始まった。






        ※





「しゅ、しゅっ! 出張?! それも海外!」

 椅子から立ち上がった沙月が、驚いた声を出すのも無理は無い。


 アキトが出張すると成れば同行者が要る。

しかも海外出張だ! 会社の経費で旅行が出来て、上手くすればアキトの仲も進展するかも知れない。


「いくいく! はいはい!」

 沙月が元気よく手を挙げるのも当然だろう。


 だがしかし……。


「あら? 海外進出のためなら当然お金が絡むわね? 経理の私が適任じゃないかしら?」

 普段のおっとりした態度が嘘のように、キリリと美沙が口を出す。もしかして、ほんわかさんは擬態なのであろうか?


「ふふふっ、二人とも何言ってるの? ここは秘書である私が、付いて行くに決まってるじゃない 以前もお世話してたの知ってるでしょう?」

 元社長秘書の夏希は勝者の態度で余裕を見せる。


「ねえ? アキトくん?」

 アキト君と呼び捨てしている時点で疑問を持つが、元秘書だった事には変わりは無い。


「うーん……。特に誰でも良いんですが……」


「「「じゃ! 私が!」」」



 同行者は中々決まりそうに無かった。






        ※






 そのころ英国ではアキトの父親が忙しそうにしていた。


「まったく、いきなり頼んで来たと思ったら」


「ふふっ、そう言わずに、あの子が頼み事なんて珍しいんですから」


「確かに普段は近寄りもしないからな」


「何ででしょうね?」


 夫婦揃って天然で、バの付くカップルが親なら息子は近寄りたくは無いだろう。

 妻がいないと何も出来ない夫のために、息子を放り投げて夫に付いて行く二人は、何年経っても砂糖を吐きたくなるほど甘い夫婦だった。

 

 二人はアキトに頼まれて会社の設立を進めているのだ。

 イギリスでの法人設立は簡単である。ビザの取得にはある程度のお金が掛かるが、EU圏に足がかりを作るメリットは計り知れない。


 簡単に例をあげると、こうなっている。


 登記上の住所を持たなければならないが、元々物件を手に入れるのでこれは問題無い。

 アキトに取って重要な点は、株主の国籍年齢を問わないことである。居住地も英国で無くても良い。


 英国人で無ければならない会社秘書役も、当面株式を非公開の予定なので必要無かった。


「アキトが来るまでに済ませて置くことは問題無さそうだし、少し観光でもしようか?」


 すでに息子の頼みが、二の次になっているのも仕様である。






        ※





 再び日本ではカオスを増していた。


 情報が漏れたからである。


「海外出張?」

 ピキーン!と早苗は起き上がった。さっきまでだるそうにしていたと言うのに。


「誰が行くか決まったの?」

 相変わらずの肢体は最近特に色めかしい。もともと磨きを掛けていた体は、精神の充実で花開いた。生き生きとした早苗を見て、四十六と思う人はいないだろう。


「まだみたいだって」

 休憩中の工場では突然の話題で盛り上がっていた。

 何でも経理の用事で本社に行った時に、誰かが小耳に挟んだらしい。


「誰でも良いって社長が言ったらしいよ。希望者から選ぶってさ」

 最近化粧のノリが良くなって来たアカネの話では、同行者が決まっていないとの事。

 アキトは誰でも良いと言ったのは事実だが、もちろん工場まで含めてでは無い。


「チャンスね! ちょっと本社に行ってくる。希望者から選ぶなら、当然工場からも参加させるべきよ!」

 たくましい早苗の言葉に「おぉおお!」と声が響く。


「参加希望の子は私の所に声を掛けて頂戴」

 自身が一番乗り気なのだが、そこは立場から一応全員にチャンスを与える。

 何気に女の職場は難しいのだ。




「くしゅん!」

 突然くしゃみが止まらないアキト。


「変だな? 花粉症?」

 アレルギーなど持っていないのに止まらないくしゃみに「後でマスクを買いに行くか……」などと暢気に構えていた。








 こうしてアキトの海外出張は、知らないうちに全社のイベントと化して行く。

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