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錬金経営術  作者: 鉄JIN
第一章
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アキトの女たち

 アキトが現在いるのは古びた四階建ての建物である。エレベーターさえ設置されていないここは、個人で買い取った物件である。もちろん大江商事とは関わりが無い。


「本当にかまわないのですか?」

 目の前には三人の社員がいた。全員女性である。

 去っていくアキトに回りは冷ややかであった。それまで支えてくれていた社員も、距離を置きたいのか挨拶もほどほどに消えていく。


 慰労の会が開かれることも無かった。

 それがである、使って欲しいと集まった者がいた。


「まあ、お給料さえだしてくれたら……付いて行っても良いかな……なんて、あはは」

 今年二二歳の藤枝沙月が偉そうに言った。ショートカットの似合う彼女は、明るく人気があるのに特定の相手との噂は聞こえなかった。

 突き出た胸の谷間を、意識させる様にアキトに見せつける。


「転職とか面倒ですから……。ごめんなさい、嘘です。雇ってくれる所ありません」

 経理のお局と呼ばれる佐川美枝は三十四だ。

 アキトの目から見ても十二分に美しい美枝だが、不思議なことに彼女も浮いた噂は聞こえてこない。

 一説ではえり好みしすぎて婚期を逃したと噂されている。

 経理のプロの彼女ならいくらでも働くところは有るだろうに、沙月を美枝が誘って現れたのだ。


「見返してやりましょう」

 妙に気合いの入った佐倉夏希だが、彼女も二十九歳と崖っぷちである。


 人も物も足りない状態で先行きは不安だけれど、アキトは超のつく美女にだけは恵まれたようだ。


「ふふっ、しばらくはのんびりと行きますか」

 クーデターで、社長を解任されたと言うのにアキトは嬉しそうである。

 先日の役員会でも、個人大株主であるアキトは打つ手はまだあった。さすがに時間が掛かるだろうが、会社を取り戻すのはまったく不可能だと言うわけではない。


 ところがあっさりと辞めてしまったのは、人間関係に疲れていたからだ。

 叔父との確執に始まり、社内と世間の期待を背負うのにはまだ若かった。


 実を結ぶ寸前で梯子を外された事に対しては内心では思うところも有ったが、正直に言えばたとえ三人でも自分に付いて来てくれた事が嬉しかったのだ。


「では、今日は食事会でも開きましょうか?」

 しばらくはこのままで行こうと決めたアキトは、さっそくの仕事を仲間との時間に充てることにした。


         ※


 アキトの父親は医学者で、経済とは無縁の研究者だった。


 祖父である大江明人おおえあきひとの娘広子と、学生時代に結婚したが一貫して大江商事とは距離を取っていた。


 反対を押し切った結婚は、ある日を境に受けいられた。そうアキトの誕生である。


 生涯娘にしか恵まれなかった祖父だが、アキトが生まれると驚喜したそうだ。


 祖父自らが米国で出産に立ち会い、その後日本で育てることを強く望んだ。

 そのためアキト自身も、小学校に入るまでは度々日本で祖父と暮らしていた。愛情は十分に注いで貰っていたのだ。

 特に前世の記憶を思い出した混乱の時期に支えてくれたのは、祖父と祖母の愛情であった事は間違い無い。


 だから祖母の誕生日を欠席する訳にはいかなかった。


 よそよそしく距離を置く親族の中で、居心地の悪い思いで食べることに専念する。

 何人かは話しかけて来たが、型どおりの挨拶に終始していた。叔父とその息子などは側にも来なかった。


「あっ! ごめんなさい」

 アキトが帰る理由を探していた時。

 華やかな会場で忙しく働く使用人たちの内、祖母の世話をしている女性の一人がアキトにぶつかってしまったのだ。

 まだ高校生にも見える小柄な少女は、パニックを起こしたのかおろおろするばかりである。


「気にしないで結構ですよ」

 持っていたグラスから零れたワインは無残にもアキトの胸元を汚しているが、顔色を青くする彼女にアキトはやさしく声を掛けた。 内心これで立ち去る口実が出来たなどと思っていたからである。


「あらあら、アキトちゃん大変ね。雪子さん着替えをお願い」

 だがそのもくろみも祖母には通じなかった様だ。めざとく見つけると、嬉しそうに世話をやき始める。


「おばあさま、大丈夫ですよ」

 この状態には勝てないことを知ってはいたが「うふふっ、老後の楽しみを奪う物では無いわ」との一言で諦める事に決めた。


 私室に案内されたアキトは、祖母の好きにさせた事を後悔していた。

 あれが良いこれが良いとばかりに、早速始まるあれこれ。

 獲物を捕らえた祖母の目は生き生きとしていた。諦めて着せ替え人形になることを受け入れる。

 次々と出される服の数々にうんざりしながらも、どれもがアキトのサイズぴったりに仕立てられていることに気づいた。


「……おばあさま、これって」

 改めて祖母の深い愛情を知ったアキトだった。忙しさにかまけてしばらく会いに来ていなかったが、もう少し祖母との時間を取ろうと思った。


 ひとしきり遊んで満足したのか「紹介するわね。雪子ちゃんよ」と祖母を手伝っていた女性を紹介した。


 祖母の側で楽しそうにアキトを着せ替えていた女性は「春日雪子です」とどこか楽しそうだ。


 染めた色では無く、淡い栗色の髪を肩まで伸ばした少女。どこか異国の血を引くような誰もが認める美少女。


「古いお友達の娘さんなの」


 聞けば東洋銀行頭取の娘さんだと言うことで。普段はお手伝いさんなどでは無く、行儀見習いがてら祖母の寂しさを埋めるために遊びに来たらしい。

 まだ学生であり偶然にもアキトと同じ大学だった。


「おばあさまから聞いていたので、キャンバスで会えるかと思ってたのに……全然見かけないんだもの」

 非難めいた口調だが、勝ち気そうな目はいたずらを思いついた子供のようだ。


「はは、殆ど通っていなかったんで……」

 会社では多数の美女に囲まれていたが、同世代の超が付く美少女とあって珍しく緊張する。


「ふふ、でもこれからは通うんですよね?」

 上目遣いは無意識なのだろうが、自分の魅力を良く知っている仕草が出ていた。くだけた口調の使い分けも見事だ。


 この子……甘えるの上手そうだなと思いながら「……。まあ、暇になりましたから」


 確かに前よりは暇で、多少は大学に顔を出せるだろう。もっとも卒業は難しそうだったが……。


「でしたら一度、私のわがまま聞いて貰えますか?」

 小悪魔はさりげなく、でも大胆に甘え始めた。


「……で、出来る事なら」


 なんだかなーと思いながら聞いて見れば、触媒理論の事であった。


「あれって、世紀の発明品なんでしょう? すっごい興味があるの」

 外見では想像も付かないような興奮を見せる。

 しらずしらずに腕をしっかりと掴まれ。

 アキトは「はっ、はい?」押されるままだ。


「おばあさまから聞いていたの、アキトくんの事! 絶対に会えると思ってた」

 どこか夢見るような彼女は、どうやらオタク? それも重度の理系オタクだった。


「お願い! なんでも良いから手伝わせて!」

 いつの間にか、壁際まで追い詰められたアキトは逃げ道を塞がれた。


 そして「あ、はいっ!」と返事したのだ。



        ※


「そういえば良いんですか?」

 夏希が切り出した。

 いまどき珍しく黒髪にこだわる彼女は、肩まで伸ばした髪の手入れを欠かさない。美しく整えられた眉と小さめの口は、涼しげな目元と相まって理知的な魅力を振りまく。まだ独身なのが不思議なくらいである。


「ん? なにが」

 アキトはときどき見せる年相応の笑顔で答えた。

 普段はどことなく人を遠ざけるアキトがたまに見せる表情は、ある種の女性をとりこにしていることを彼は知らない。


 社長時代に夏希を含め何人かの女性陣によって協定が結ばれた。

 内容はアキトに接触する女性を阻止することであった。


「えっ! あ、はい」

 夏希はどきっとしながらも、疑問に思っている事を尋ねる。

「触媒の件です。あのまま渡しても大丈夫なのですか?」

 若干取り繕った感はあるが、元々良くできる秘書である。もっともアキト意外にはバレバレであったが。


「ああ、あれね。問題無いよ、もう作れないから」

 軽く答えたが、事実は結構深刻な内容である。大江商事の社運を賭けたと言っても過言でない新商品が、もう作れないと言うのだから。


「えっと……作れないですか?」


「うん、あれは僕がいないと無理だから」

 当然であった。錬金術を利用しての技術である。


「パテントも僕が持っているし、技術的にも彼らには作れないから」


 そう表向きには機械による生産を装っていたが、それで出来るのは形だけである。魔法的な要素は何も無いから当然反応も起きなかった。ただのゴミである。




 大江商事はどうなって行くのだろうか?

お気に入りありがとうございました。

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