決断
国会は愚者の集まりと言ったのは誰の言葉だったか。急遽行なわれた臨時国会は紛糾していた。
「良いですか! あなたは人の命を弄んでいるんですよ!」
テレビで良く見る女性議員の発言が飛ぶ。
市民運動から政界に進出した彼女は、たびたびセンセーショナルな発言で話題になる。
庶民派の顔をした浪花のおばちゃんとして人気を博していた。
「日本にだって! 沢山の患者さんがいるんですから、それを見捨てて。エゴ! エゴです!」
彼女の夫がテロリストとして公安にマークされていたりもするが、今回こうしていきり立っているのは理由があった。
拒否も出来るとはいえ、最近の自身と会社を取り巻く現状に、応じることに決めたアキトと言えば。
「どうなんですか!?」
膝元議員の問いかけに対して「はい。日本国内での許認可申請に予定はございません」
とつれない返事だ。
すかさず飛ぶ野次。
「な、ななっ! なんでなんですか!」
泡を吹いてもアキトの答えは変わらない。
「みなさん勘違いしているかもしれませんが、ガンの治療薬は万能ではありません。効果時間の短さから考えて、ソールズベリーから八時間圏内で使われなければなりません。日本での使用は現状で不可能なのです」
「だっ……だから日本で開発と生産をすれば」
アキトは周りをゆっくりと眺めるように視線を送り。
「お断りします。将来的にはどうなるかは分りませんが、現状で不可能です」
これは事実であった。
開発者が父親一人で二カ国に渡っての生産開発など無理な話だ。しかも魔素の問題もある。豊富な魔素を得られる場所の確保は出来てはいなかったからだ。
「まっ! 待って!」
膝元議員は必死だ。
彼女の有力後援者の家族が必要としていたからだ。八十二歳の老人であったが……。
なんとか英国で治療をと願っても若年者(三〇歳未満)を対象にしている薬だ。
国会議員の特権など通用しない英国。それも民政党になってから冷ややかな──特にアキトがらみ──関係では無理も通せない。
だから絶対に日本で生産をと頑張っていたのだ。
国会での参考人招致と言う糾弾会は終わった。その夜のニュースは一斉にアキトの非難に始まり、技術の独占を禁止しろと言う発言まで目に付いた。
そして一夜明けて。
B・Hによる株式会社HOMURAの買収が発表された。
※
早苗を筆頭に並ぶ経営陣と言っても何時ものメンバーだが。
「特に問題ないよ」
相手をするのは工場の従業員に対してだ。
「核の生産は中止して輸入する。それ以外は今までと変わりないし、若干給料は上がるみたいだ」
そう、アキトは従業員に迷惑を掛けた事に対して対価──給料──で応じた。具体的には二割程度のアップだから馬鹿には出来ない。
勿論ソールズベリーでの大量生産でコストが大幅に下がったためでもあるが。
「マジっすか!」
さっきまで不安だった従業員の顔も明るくなる。すべて女性なのは何時ものことだが……。
なぜか従業員の採用はすべて女性なのだ。日本では男性ばかりだと騒ぐ人権団体だが、これが女性だと問題にならない。
もっともパワフルなこの会社のお姉さまたちに囲まれて、働こうと考える男性は少ないと思うが。
「しかし……アジアじゃ無くてもコストって下がるのね」
沙月に疑問はもっともだけれど、錬金術に必要なのは魔素のある環境なのだ。
今後、進出する際には抱負な魔素を求めてに成るだろう。
「しかし……思い切ったね?」
江田島習作はアキトの思い切った戦略に感心していた。
自分なら日本を離れて海外で起業するなど考えられない。
「あはは、苦労しそうですけどね」
「いや、これは英断だよ! 敵の多いこの国なんて捨ててやれ」
融資の邪魔から許認可の遅れ、挙句は厚顔無恥な要求と、最近のアキトに対する国の対応を知っているだけに怒りも湧く。
「捨てるなんて勘弁してください。この国は僕の祖国なんですから」
「その考えはあっぱれだ! なに、数年で今の政権も変わるだろう。それまで余所で力を蓄えて置いてくれ! それまでは俺が頑張るから」
B・Hの支援を受けた江田島の会社は堅実に経営していた。
「お願いします」
日本での代理店としてメンテナンスその他、江田島に頼る部分は大きかった。
「おう、任せとけ! がはははは!」
「そんで、これからどうする?」
「まずは仲間を増やしますよ。うーんとね」
アキトの進む道を支えてくれる仲間はたくさんいる。
でも……。アキトにはまだまだやる事はたくさんある。もっと必要だろう。
日本と言う狭い世界を抜けて、今後どう進むのだろうか。
とりあえず第1部終了とします。