反撃の序章
おひさしぶりです
修道院は宗教関係者に忌み嫌われている。それも上層部、俗に導く立場の者ほど嫌っていた。
理由はあきらかで、神を隠れ蓑に行なう数々の行為を行なっていたからだ。
それは歴史の裏側に隠された犯罪行為で、要人誘拐や暗殺はもとより革命の成功などもある。
それらを可能にしているのが悪魔憑きと呼ばれる特殊な人間であった。
生まれながらにして人外の力を持つ者。
そう……マリベルの様な。
マリベルはお願いする。
「ねえ? お願いだから、そこの怖い人を何とかしてくれない?」
人質の横に立つ、黒の祭服を着た男。
一番後ろで油断無く構えていた。
「誰が悪魔の言う事など聞くものか!」
「うんうん、気持ちはよーく分るよ。でも、お、ね、が、い」
はたから見ていれば、小娘がおちょくっているだけだ。
「なにを! ふざけるな!」
いきり立つ男達。
「いやーん! 怒っちゃやー!」
長身の異形者が憤怒の表情で立ち上がる。
所どころから焦げ臭い煙をあげながら。
「うがあああああああ!!! フザケルな!」
「あらあら、怒らせちゃったかしら?」
どこまでも、からかうつもりの様だ。
「でも……残念でした」
マリベルがそう言う前に。
「ぐ、はっ! ……なっ! なに……」
後ろでマリベルに怒りの目を向けていたはずの男。
その手に握られていたナイフ。
さっきまで人質に向けていたはず。
「……ば、馬鹿な……」
長身の異形者の背中に突き立てられていた。
「な、なんで……」
刺した男は何がおきたのか理解できない。
「うわー……お姉さま悪趣味ですね。でも手間がかからず楽が出来ました」
リリベルはそう言うが、すでに他に立っている者は残っていない。
残るは、仲間を刺した男だけ。
「あ、ああああああ……なんで……どうして……」
「さーて、ちょうど壊れかけだし、少しばかり教えてもらおうかな? ねえ、アナタたち誰から指図されたのかしら?」
「──っ! そ、それは……まっ! 待て! お、俺に何を……」
「うふふ、さあ! さっさと吐いて頂戴! そこの人にお礼(美味しい物)を貰わなくちゃいけないんだからね!」
助けた報酬が美味しい物とはどうかと思うが、横のリリベルも満更でない様だ。
彼女らは神など信じていないし、報酬にも興味は無い。
残るのは自分の欲望のみなのだから。
「すまない、助かった」
焔静人は日本人らしく感謝の言葉を伝え二人からおねだり(・・・・)されたベーグル──研究室に差し入れされていた──を早速振舞うと紅茶の準備をしていた。
聞きたいことは沢山あるのだが、それでも礼を失わないのは育ちが良い証拠である。
「もぐもぐ……良いって良いって」
「そうですよ、気にしなくて結構ですから」
ほお袋一杯のリスのごとく、袋一杯のベーグルが消えていく。
侵入者に付いては極秘に警備員が片付けていた。今頃はしかるべき処置を取るために連絡に忙しいのであろう。
「しかし……相手がバチカンとは……」
「結構ありますよ。あそこはヘンなのが、いっぱいいますから」
「うんうん、お金と色欲しかない世界だから」
カソリックの総本山を相手に酷い評価だ。
これも神を信じていない修道院ならではなのか。
もっとも、神を説く立場の者ほど、神の存在に疑問を持っていたのも事実である。町の教会辺りではそんなことは当然無いのだが、もっと上の立場で聖書(真実)に触れられる者は希望を失っている。
希望を失ったものが取る道は決まっていた。
欲望に忠実になるか狂信者を目指すか。
今回、襲撃して来た連中は後者である。
「ところで……。そろそろ聞いても良いかね?」
「ギクッ!」
「いやいや、そんなリアクションいらないから」
「えーでも……」
「あはは、心配しなくても大丈夫」
普通で考えれば二人は怪しいのだが、静人は特に危険は無いと思っていた。
そして静人のカンは良く当たる。
※
ソールズベリー襲撃の報を受けて、一番反応したのはやはりマクラレンだった。
「警備は何をしていた!」
彼が動揺するのも当然だろう。
いま現在アキトを取り巻くなかで、最大の利益を受けているのが英国である。
EU統合に対して、一番距離を取っていた英国が影響力を行使しているのだ。
しかも場当たりな財政的支援では無く、経済発展の投資を主導しているのだ。
これはある種の植民地支配とも言えたが、当事国からは感謝される。
その基盤がアキトなのだ。
当初、技術の秘密を奪うことも検討されたが、全面支援によっての共存を提案して成功を収めていた。
もちろんアイラのウインストーン家との関係があってこそだが、マクラレンの果たした役割も大きい。
「手を打たねば……。まずは王宮に相談してくる。緊急閣議の用意も頼む」
さて、マクラレンはどういう手を打つと言うのだろうか。
※
一方アキトと言えば。
「証人喚問?」
「いや参考人招致だってさ」
否協力的なアキトの態度に、業を煮やした民政党は国会への参考人招致を求めてきた。
理由は若年性ガン治療薬についてだった。
「ほれ、薬の許認可を申請しろって言われたじゃない」
夏希が言うように欧州の発表からしばらくして、アキトのところへ厚生労働省から担当者が飛んできた。
表向き父親を立ててはいるが、誰が見てもアキトが絡んでいるのはすぐ分る。
「他に温暖化への対策の協力も断ったし。恨み骨髄じゃないの」
美枝はあきれた様に言う。
特定アジアに対する配慮が透けて見える要求など受けれるはずも無いというのに。
事実、諸外国の反応はアキトに好意的な流れになっていた。
「もうこうなったら、日本を捨てちゃえば?」
沙月がやけくそぎみに提案した。
「……。そうだな……そうしようか」
「えええええええ!!! マジで! うそおおおお!!」
冗談で口にしたのを真顔で返され焦る沙月。
「もちろん、日本のみんなを見捨てる訳じゃないよ」
おもわず苦笑しながらアキトが答えた。