侵入者
ちょっと短くてごめんなさい。
ソールズベリー郊外に建てられた工場は、四つの建物から出来ている。
手前は厚生棟で食堂や更衣室があり、他に事務系の職場も集められていた。
その奥は二つの工場が並んでいて、核の生産から製品の組み立てまで行っている。
「一番奥は入ったこと無いけど」
二人は普段立ち入ることの無い、建物の前で様子を伺っていた。
工場内で働く社員はIDカードを所持している。マリベルたちは青色で、カードと同色の建物に出入りを許されていた。
目の前の建物に示された色は赤。
セキュリティーレベルは最高を示していた。
「看板の説明によると研究棟ですね」
リリベルが言った通り案内板には研究実験棟と書いてあった。
「さて、気配がするのはここね」
出入り口は、荒らされた様子は無いが施錠を意味するランプは消えている。
「開いてるね」
マリベルたちは、音も立てずに内部に入り込んだ。
研究実験棟の内部は、地下に向かって重要施設が設けられていた。
「さて、データーを出して貰おうか?」
どこと無く異形の存在。黒の葬儀でしか着用しないはずの祭服に身を包んでいる。二メートルを超えた長身に比べて異常に細い身体。
「ここで何かをやっているのは分かっているのだ。なに、おとなしく協力してくれれば、危害は加えないと約束しよう」
言葉は丁寧だが約束など信用できないだろう。その顔を見れば。
サディスティックな目は、残忍さを隠そうともしない。
(祭服を着ている。まさか聖職者? 教会が実力行使にでたの? いや……どう見てもあれは破綻している)
マリベルたちは、小柄を生かして空調のダクトを通って来た。
天井に空けられた通風孔からは中の様子が良く見えた。
人質は一人。痛めつけられた様子は見えないが、足元には手足を縛られた研究者が倒れていた。
侵入者は全部で五人だと通風孔から確認すると、マリベルは制圧の手段を考える。
見たところ武器の存在は確認できなかった。まさか素手という事は無いだろうが、大型の自動小銃などは所持して無い様だ。
確保するのは人質の安全と決め。出来るかどうか考える。
──いける!
手話でリリベルに指示を出すと覚悟を決めた。
マリベルは幼少の頃から特殊だった。それでも修道院に引き取られる前は、家も家族もある生活をしていた。
だが……。
誰もが怯えていたのだ。
家族だけでは無い。
出会う人、小さな村のすべての人が怯えていた。
何かをされた訳では無い。危害を加えられる前に怖かった。
なぜなら。
無意識に人を支配するからだ。
通風孔を塞ぐ網を蹴り破った。
「ダレダッ!」
先にリリベルが飛び出す。こういう場合身体の小さな彼女は素早い。錫杖を振り上げ室内を物色していた侵入者を打ちのめす。
「グハッ!」
そしてマリベルは、長身の異形者の前に出た。他はリリベルに任せておけば良い。
「何者だ!」
言葉の影にラテン語のなまりを感じる。日常的にラテン語を使っているのか。
「それはこっちのセリフよ! 勝手に他人の家に入り込んで悪さをしないで頂戴!」
いつの間にか工場は、マリベルの家になったらしい。
「ふんっ! われわれの邪魔をするものは悪。正義を行使するのも権利なのだよ」
どうもいまいち会話が噛み合っていない。
「残念ね。古今東西、侵入者は悪と決まっているのよ! 正義なんてちゃんちゃら可笑しいわ。もっともアタシが言うセリフでも無いけどね」
「そうですね。お姉さまは悪の美学がお似合いですから」
横からリリベルの突込みが入る。
「誰が悪の美学よ!」
言い返すが顔は嬉しそうである。この場合の悪とは、マリベルに取ってほめ言葉であった。
「おお! 神よ! 救われぬ悪魔に鉄槌を! そして……」
手を胸の前で合わせ歌劇の様に歌うと、一息吸って「そして血と懺悔の苦しみを」舌なめずりした。
「うはーっ、飛び切りの狂信者ね。いや、変質者の間違えかしら」
銀の短剣を構えてマリベルのおちょくりは続いた。
さすがに勘に触れたのか「おのれ悪魔の小娘! 神に変わって成敗してやろう」顔色を変えて反応してきた。
「あれあれ? 怒っちゃうんだ?」
「黙れっ!」
相変わらずのマリベルに襲い掛かってきた。
「ふんっ! 遅い!」
つかみ掛かる手を避わすと、後ろ向きにお尻をフリフリ。
「あちゃーっ! 遊んでないで真面目にやって下さいよ」
リリベルはそう言うが、この状態のマリベルは強い。
「ウガァアアア!!!」
叫び声を上げ襲い掛かる相手を翻弄しながら短剣をぶつけた。もっとも刃が付いて無い短剣では致命傷を与えられないのだが。
「ぎゃっ!」
当てた場所から煙が上がる。
「くくくっ、やっぱり悪ね。聖剣が仕事してるわ」
空間はマリベルが支配し始めた。