問題
ニューヨーク・ディリータイムズから始まったアキト叩きは、欧米では沈静の兆しが見えていた。実際アキトの事業に好意的な意見も多く見える。
ところが日本国内では、相変わらずの逆風が吹いていた。
原因はマスコミの偏向報道なのは間違い無いが、責任の一端はこの男にもあった。
「やあ、初めまして嶋山です」
にこやかな笑顔で、TVカメラを意識した嶋山幸夫はアキトの手を握った。
「初めまして総理。焔アキトです」
総理公邸での一幕である。当初は官邸を使う話もあったのだが、やりすぎの声と共に消えた。
地球温暖化への対策として打ち出した、嶋山インテンスは得意の思いつきだった。国民に一切の説明もなく、温室ガスを二五%削減すると言うのだから。
「考えて貰えましたか? アキトくん」
両手でアキトの手を握り、マイクの位置を
計算して言葉を出す。
「……。さすがにここでは……」
アキトが口ごもるのも無理は無い。
日本政府からの要請は温暖化対策の協力でそれ自体は問題は無い。アキトとしてもいくつかは協力出来るだろう。
だが……。
「申し訳ありませんが、即答は出来かねます」
これ以上の答えは出せなかった。
何せアキトの触媒技術を差し出せと言うのだから……。
「そう、えっ!? そうなの? うーん、それは困ったな」
嶋山の言葉に一斉にフラッシュが焚かれた。ある意味確信犯である。マスコミを前にして返事を聞き出そうと言うのだから、普通なら断れない状況で聞くこと事態が断るとは思っていないのだろう。
「はい。私一人で決められる事とは……まさか? 思っていませんよね?」
「いやっ、それは……」
口ごもる態度で明らかな様に、いささか常識外れの要請でもある。
まず近隣諸国への無償提供。
それも現物の提供では無く、技術を提供しろと……。
特に中国からはソースコードを明かせと言われている。また韓国は発電施設と自動車関連で協力と言う名の支援要請だ。
しかもご丁寧に日本では、天下りの役人が主導で生産の青写真まで作ってあった。
補助金を付ける変わりに、官民主導で事業を行うと言うのだ。
これでOKを貰えると思う方がどうかしているだろう。
さすが民政党と言うほか無い。
販売はいつの間にか商社が握る話になっていて、アキトはただ作るだけで良いと……。
止めは環境税を設けて課税する案まで出ていると言う。温室効果ガスの抑制のために無害な触媒を提供しろと良いながら、それに税を掛けるのだから本末転倒である。
ざわめく中アキトは、本格的な日本からの撤退を考えたいと思った。
※
政府の要請を断った影響は様々に現れた。
まず輸出入の税関がそれだ。謀ったように手間がかかる。
「これは嫌がらせでしょうね」
美枝が溜息をつくまでもなく、嫌がらせと呼べる仕打ちは続いていた。
許認可での期限一杯までの放置は当たり前。ありとあらゆる嫌がらせは、何処の役所でも行われる。
「抜き打ちの検査は数知れず。消防に警察、保健所もありましたね?」
アキトもあきらめの境地だ。
工場の従業員も先月退職者が出た。報道を見た家族から働くのを反対されたのだ。
「四面楚歌って、こういうのを言ったのねー、あははは」
夏希も笑うしかない。自分の母親も顔を合わせれば、何時辞めるのか聞いてくる始末だった。
「まー、借金が無いのが救いね」
沙月が言った通り、アキトの事業は好調だ。例え日本でまったく利益が出なくても、欧州市場の利益だけで事業を回せた。
競争相手のいない独占事業というのは、恐ろしく利益を生み出せるのだ。
英国の支援に続いてギリシャが支援を打ち出す。アテネに土地を確保出来たのは大きかった。魔素が豊富で上手くすればギリシャでも、核の生産に着手出来るかも知れない。
「しばらくは我慢で行きましょう」
世間が落ち着くまでは暫く掛かりそうだとアキトは思った。
※
欧州では一つの話題が持ち上がっていた。
『若年性ガン治療薬』と呼ばれた、ご存じ魔法薬である。
臨床治験の段階に入ったこの薬は、効果時間を考えてソールズベリーから八時間圏内で使われた。
一五歳を一として見ると、二〇歳で約二倍。
そこから一〇歳ごとに増え続けるが、驚くことに五〇歳を越えると使用量が激増したことから、生産量を考えて現在は若年者(三〇歳未満)を対象にしている。
治癒率一〇〇%と恐るべき数字を叩き出し。
BBC(英国放送協会)のドキュメンタリーでは、治療の過程がつぶさに公開された。
人々は驚喜した。ガンで死ぬ事は無くなるのだから。
だが夢の薬は争いも産むのだ……。
欧州は新たな闘いが起き始めた。