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錬金経営術  作者: 鉄JIN
第一章
20/30

欧州連合競争法

「ギリシャでの国民車構想は、南欧がユーロ圏で生き残れるかの実験です。欧州危機を解決するためには、新たな産業を興すしか無いからです」

 マクラレン・フィルはそう言った。

 ヘッジファンドの攻撃によってマネーゲームに飲み込まれたギリシャ。ダメージを大きく受けたのは銀行だった。

 殺さず生かさず利益を貪るヘッジファンドの手口は、弱い者は叩けとばかりに襲いかかった。彼らは利益を求め市場を我が物とする。

 手の撃ちようが無いギリシャ政府と違って、アキトの事業は国民に利益をもたらすだろう。


「その事と、君たちが独占する技術とは別なのだよ。南欧の経済危機と正当な競争を阻害することは別なのだから」

 マクラレンが相手するのは、欧州理事会議長だった。欧州連合を代表する第一人者であるホフマン・ファン・ロウが会談を持ちかけて来た訳は、もちろんアキトの錬金技術についてである。


「独占しているつもりはありませんな」

 マクラレンは対決の姿勢を崩さない。

 ここで引くことは絶対に出来ないのだから。


「君たちが技術開示を行わない事で、公正な市場の競争は阻害され消費者は不利益を被る。市場の占有は認められる物では無いね」

 ホフマンの主張は、コアの生産だけ見ればその事実は当てはまるだろう。

 だが自動車産業として見ればどうだろう? 確かに燃費性能では圧倒的なアドバンテージを持っている。化石燃料ではどう足掻いてもこれは覆せない。


 しかし、市場すべてを独占出来るかと言えば不可能だった。

 コアの絶対量が不足するからである。

 生産数は魔素の量に比例する。現状、生産に適した場所が見つかっていない。

 ただし魔法の事は絶対の秘密で、世間はいずれ拡大生産に移ると見ていた。

 説明など出来ない事が問題を大きくしている。


 内実では、三年で欧州市場の四%、伸ばしても八%がやっとだった。これは米国や日本に出荷しない場合であり、自動車以外に使われれば当然減る。


「触媒理論の技術は公開されています。実用化出来ないのは、単なる研究開発の不足では?」


「まだ明かされていない部分が有るのでは無いかな? そう考えれば他で作れない理由も理解出来る」


 いま行っている議論は、競争法を適用する動きが広がっていたからだ。

 日本の独占禁止法に当たる競争法は、大企業や国家などの市場に対する圧力を規制する法体系である。

 おもな狙いは労働力と商品、サービスや資本を自由に欧州内を流れさせることだ。

 問題としているのは技術革新の抑制と独占についてだ。

 ホフマンは間接的に圧力を掛け、コアの生産技術を公開しろと言っているのだ。

 この裏にはドイツとフランスの影響が見える。ギリシャでの自動車生産を危機ととらえているのだろう。


「市場における占有率が、一〇%に満たないような小規模の事業者相手にする理由は乏しいと思いますが?」

 マクラレンの指摘に嫌な顔を見せながら、ホフマンは切り返す。


「市場をどこで見るかで変わるが、新規のエネルギーで見れば占有率は一〇〇%だ。しかも新規参入は現状で出来ていない。君たちが競争を阻害する意図を持たなくとも、競争を与えなかった事実のみで十分当てはまると思うがね? そう判断している」

 ホフマンの理屈は詭弁だ。

 明かな法律の拡大解釈で、加盟国政府の国益と保護を目的とした物である。

 だが英国だけが恩恵を受けている事に、不満を感じた欧州各国がいることも事実だった。

 ホフマンは欧州理事会議長の立場でそれを代弁していた。


 この流れは今後の計画に大きく影響する。

 特にこの後、魔法薬を表に出すのだ。すでに臨床段階に突入する予定の魔法薬。

 アキトの父とクリスの願によって、英国でもうすぐ臨床試験が行われる予定だ。


「欧州委員会では制裁金も含めて議論されるだろう。よく考える事だ」

 近いうちにアキトと話合って解決の糸口をどう見つけるか、マクラレンは難問を前に思案にふけっていた。




        ※




「うぐぐぐ……難しいですぅ」

 ラインを流れる部品に、手が追いつかない。リリベルは泣きそうな顔で姉を見た。

 当のマリベルと言えば、すでに固まっている。


「何をしている? ん、新人か?」

 青い帽子を被った作業者が後ろから声を掛けた。黄色の帽子は新人のしるしだった。


「工場で働くのは初めてか? 最初はみんなやるんだ。なに、気にしなくてもその内慣れるさ」

 てっきり度鳴られるかと思って身構えた二人だが、予想とは違って優しい態度に戸惑っている。

「あああ、ありがと」

 二人が働いているのは、もちろんアキトの英国工場である。


 工場にチャイムが鳴り響く。


「作業やめー! 昼だぞ」

 一斉に作業者たちは手を止め、ぞろぞろと工場の外に向かい出す。

 これから食堂で昼飯を食べるのだ。

 アキトの工場は一日八時間勤務を基本としていた。朝八時半から始業し、十時と三時は十分の休憩が設けてある。昼は十二時十五分から一時まで四十五分間と、まるで日本の工場の様だった。就業は五時半で実働八時間を切る優良企業なのだ。


「ねえさま、お昼ですよ!」

 リリベルが早く行こうと、急かすのも無理は無い。


「分かってるわ。でも急がなくても大丈夫じゃない?」

 マリベルは分かっているのに、わざとノンビリ片づけていた。

 別にリリベルも早く行かないと、具のないスープにパンだけなどと思っていたわけでは無かった。ここは修道院とは違うのだから。


「分かってますけど……」

 ニヤニヤとしたマリベルの態度に、若干の恥ずかしさを覚えながらも袖を引いている。


「ふふっ、行こっか?」

 マリベルも、一通りからかって満足したのか食堂に向かう。

 ここ数日の楽しみの一つだからである。


「うわぁああ! お肉がありますぅうう!」

 興奮するのも無理は無い。

 メニューは肉類二種魚一種がメインで、菜食主義のための特別な品まであった。そこにスープ━━毎日二種類━━とパンが付き、サラダまで揃えてある。

 バイキング方式のためメイン以外はおかわり自由と、いたれり尽くせりの豪華な昼飯だ。

 厳密にカロリーを計算して、おかわり無しでも作業に耐えられる。

 味は……と言えば。


「ん、ん!!!!」

 リリベルの表情が物語っていることだろう。

ボリュームがあって、味は英国とは思えないほど美味しい。


「はあー……。しあわせ……」

 マリベルも、仕事(謀略)に来たのも忘れてただの従業員と化していた。


「期限も決まってないし、ターゲットも近くにいないからノンビリ行こうか?」


「もちろんです! メニューを全部制覇するまで帰れません!」


 もちろん、メニューは毎月変わって行くのである。

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