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錬金経営術  作者: 鉄JIN
第一章
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プレスリリース

 受付で藤枝沙月は暇だった。

 新卒社員の彼女は、総務課で働いている。

 今日は定例の役員会議が開かれるため、来客の予定もなく受付は閑散としていた。

 もっとも、それを知ってシフトを入れていたのだからちゃっかりとしていと言うべきか?


「あっ! えっ、社長?」

 まだ会議の時間だと言うのに、夏希と現れたアキトに思わず声を掛けた。


「お仕事ご苦労さん。あともう社長じゃ無いから」


「ちょっ! えっ、ええっ!」

 にこやかな笑顔でアキトから声を掛けられた。

 意味が分からず混乱する沙月を尻目に、軽く手を挙げると出て行くアキト。


 後ろから荷物を持った夏希が「ほむら社長は退任よ、問い合わせの対応は秘書課か広報に振ってね」と秘書らしく受付を困らせないように指示を出した。


「ちょっと! 待ってよ。えええ! どうなっているの?」

 一階ホールに受付嬢の声が響き渡る。

 騒がしい受付であるが、本日は仕方が無いだろう。



「沙月ちゃん、社長は? もう行ったのかしら」と、そこへ経理の佐川美枝が声を掛けてきた。

 沙月は「ひっ!」と悲鳴を上げそうになるのを必死でこらえる。


 ほんわかしている見かけと違って、中身は経理のスーパーコンピューター。役員でも彼女には逆らえないのだ。


「なっ、なんでもありません」

 お局の登場に思わず気を引き締めた。女同士は大変で、それは沙月も例外では無い。


 ところが社内の実力者が、何だか妙にそわそわしている。


「美枝さん? 社長出て行っちゃいましたよ。って!」

 変だと思いながらも平常を取り戻して答えたが、美枝は返事を聞くなり飛びだして行ってしまった。


「ちょっ! どうなってるのよ! 今日は」

 今だ事態の把握が出来ていない沙月は、混乱を深めるだけだった。




        ※




 業界紙の記者が多数集まった中、仙道良明の司会でプレスリリースが始まった。

 派手好きな彼は得意分野とばかりに張り切っていた。


「まず我が社の新商品を発表する前に、新たな社長を発表します」


 話題の触媒理論を用いた商品の発表と言うことで集まっていた記者達は、社長交代の報告に騒ぎ出す。


「ええと、社長の交代ですか?」

 全国紙の記者が訪う。


「はい、本日の役員会で決まりました」

 にこやかな笑顔を返して答える良明。


「ただいま紹介にあずかりました仙道良三です」

 これまた満面の笑顔で登場した良三である。フラッシュに顔をしかめる事無く、回りを見回した。


 社長就任の挨拶に対して当然の様に疑問が起きたが、商品開発の終了で学業に専念するという説明で納得する記者たち。


「これが我が社の新商品のエレコアです!」

 会場に現れた新商品に、一斉にフラッシュがたかれた。


 日本再生の切り札にも成るだろうと言われる商品に会場に熱気が高まる。


 アキトが発明した商品は、電気を作る触媒である。

 名前をエレコアと名付けられた、五センチ四方の箱。

 詳しい商品の詳細を説明される度にどよめきが上がり歓声に変わった。


 もっとも誰もが知りたがった秘密。どうやって出来ているのか、原理はどうなのかが明かされる事は無かった。


 アキトだけが知るその原理は論文でも載せていない。結果と現物を出しただけである。科学者は一様に知りたがったが、公表は拒んだ。


 なぜなら言われない事情が有ったからである。


 アキトが人には言えない事情とは錬金術である。


 笑ってはいけない。

 真実なのだから。


 中世で信じられていた学問がある。金を作り出すなど自然科学の生みの親とも呼べる技術は、現代人の視点から見ればあり得ないだろう。


 だがそれを可能としたなら?


 アキトは錬金術師だった。


 生まれた時から奇妙なことに前世の記憶を持っていたのだ。幼い頃は意味が分からなかったが、今ではきちんと理解していた。


 前世で彼は錬金術を使える魔術師であり、違う世界で生きていた事を。


 プレスリリースは大成功に終わり、翌日の新聞紙上では一面を飾る事になった。


 だがそれを冷ややかな目で見る者もいた。


 急きょ記者会見のために呼ばれた沙月である。


(何よ、全部アキトくんの成果じゃない)

 会場でにこやかな笑顔を振りまく傍ら呆れていたのだ。

 当初の混乱は、社内のネットワークを通じた情報が入って来るに従って収まっていた。


「酷いよね……アキトくん可哀想……」

 小声で同僚と交わしているのは、今回の顛末についての正直な気持ちだ。

 なぜか女子社員は『アキトくん』と呼ぶ。知らないうちに定着した隠語だ。


 本来ならば賞賛されるべきはアキトであって、目の前でいやらしい笑顔を浮かべている大豚では無いからだ。


 ちなみに専務の仙道良三は女子社員から『大豚』と呼ばれている。部長の息子は『白豚』だ。


「この会社選んで失敗したかな?」

 思わず本音が出る。他にも内定が出たなか大江商事を選んだ理由は、雑誌で見たアキトがいたからだった。


「沙月さん、お仕事中よ」

 いきなり後ろから声を掛けられた。


「えっ、す、すみませんって! 美枝さん?」

 何時戻って来たのか、さっきまでいなかったはずの美枝を見て驚く。


「うふふ、誰に聞かれるか分からないから注意するのね」


「あ、はい」

 反射的に見回して誰も側にいないことを確認すると溜息がでた。




「気を引き締めなさい。でも……後で話があるの、時間取れるかしら?」




 ふんわりした言葉使いなのに美枝の目だけは真剣であった。

 

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