後ろ盾
「お土産もだいたい買えたわね」
ロンドンで人気のプチプラや、ボディケアブランドで工場の仲間が喜びそうな物を手に入れた早苗は、満足そうな顔をしている。
さてアキト一行からしばらく離れていた早苗だが、別に観光三昧というわけでは無かった。
日産五百ほど生産されている核は、現在ほとんどを在庫にまわしていた。
小形漁船以外に売り出していないのだから当然とも言えるが、会社経営としては成り立たない。
今回早苗に与えられた仕事は、ウインストーン家が出資する企業の視察であった。
その中の一つがウイスパー社で、小形ボートの建造から始まる古い造船会社がある。
一時国営化もされたが、その後経営者が自社株を買い戻して、現在は民営企業として幅広く発展を続けていた。
ウインストーン家が出資したのはその時である。
ウイスパー社は英国の国防とサービスを提供しており、軍艦建造では主にフリゲートやコルベットを作っていた。
※
「海軍ですか?」
アキトの表情は暗い。アイラからの提案で、在庫化する一方の核の使い道を相談していた所である。
「悪い話では無いわ。英国にとってもアキトちゃんにとってもね」
「それは分かりますけど……」
アキトは、自身の持つ魔法技術が危険である事を良く理解していた。
とりわけ軍事分野で利用される事を想定して、幾つかの仕掛けを施していた程である。
アイラの意図するところはよく分かる。現在のアキトを取り巻く状況を考えると、後ろ盾が必要だ。
ウインストーン家もそれなりの力を持つとは言え、世界の企業や国家を相手に出来る程では無いからだ。
「特にアキトちゃんの『目的』がよく分からない状況では特にね」
そう……。アイラも含めて、誰もアキトの目的がつかめていない。先進的な発明を持ち、望めば巨万の富も手に入れられる。
ある意味やり方さえ間違わなければ、世界の支配者になる事も不可能では無いだろう。
「……目的ですか」
「うん、会社を興してもお金儲けに走るわけでも無い。かと言って地位や名誉を欲しがるそぶりも見えない」
「そうですね。その辺りは興味がありません」
「そう! それよ! 誰もが考える『目的』欲望と置き換えても良い。それが感じられないのよ! 人は理解出来ない物を恐れる。そして排除しようと考えるわ」
「うーん……難しいな」
困った表情で、思わず頭をかいて考え込んだ。
アキトが困るのにはわけがある。前世の記憶を持つ身としては、現世にはそれほど不満が無いのだ。
魔法こそ無いが文明の進んだ現世は、ある意味理想郷だ。民の命は軽く無く、法で保護までされている。人々は自由に暮らす事が出来て、欲しい物は限度はあるが、お金を出せば買う事まで出来た。
これは、二つの世界の常識を持ったアキトならではの感覚だろう。
もっともアキト自身は欲望と無縁では無い。
夏希のスカートの中身が、不意に見えた時などばれないように覗き見たりする。
表面上は精神力を最大に使って、女性などに興味が無いように振る舞っているが、中身はその辺の高校生と変わり無い。
「我が英国も一枚板とは言えないけれど……少なくても理性はあるわ」
これはある一面を見れば真実の言葉だ。立憲君主制を取りながらも、法の支配が発達して議会内閣制を伝統と両立している。
成熟した民主主義は英国ならではの物であろう。
だが第二次大戦以降も紛争を繰り返し、自国の権益を守るためにユーロから距離を置く。
建前と本音を仕え分ける姿勢は見事と言う他無いが、独善的なエゴの塊で有ることは間違い無い。
「貴男に興味を持つ人物がいるのだけれど、会って見ない?」
いらずらを仕掛けるようにアキトに提案する。
「嫌だって言っても……無理なんですよね?」
「ふふふっ……良く分かっているじゃない」
この後、アキトに大きく関わる事になる人物との出会いが、すぐそこまで近づいていた。
※
アキトの触媒理論は、現在様々な機関で研究されている。
その中で一番熱心なのが軍隊であるのは間違い無いだろう。
当然の様にアメリカ海軍では、軍事転用を意図して研究が行われていた。
「っう! これで何個目だ?」
行っているのは核とモーターの分離だった。
「何てブラックボックスだ……」
アキトによってブラックボックス化された核部分は、モーターに組み込まれている。
大まかに説明すると、核に塩水を送り込む機構と電気を取り出す部分が一体化されていた。
しかもモーターを取り外し、単体で動かそうとしても反応しない。
具体的に言うと分解交換時に核を抜くと反応が終了する。
これは安全性を確保するためと説明されていたが、アキトの仕掛けのせいである。
このため手に入れた漁船からモーターごと取り外すまでは問題無いが、核を他に利用は出来ない。
沿岸で漁をするモーター程度の出力では、軍事利用など出来るわけもなく。せいぜいランチ(連絡艇)に使えるくらいだろう。
「水深も問題ですね」
測定器にモーターごと組み込み、沈めて実験をした所。水深十五メートルで反応が停止した。この理由も解明されていない。
「まるで、最初から軍事利用出来ないように作られた見たいですね? 頭良いや! あはは!」
開き直って見るしか無いとはこの事だろう。上からは急かされているが、一行に進まない状況に打つ手は無かった。
「手っ取り早く、開発者を連れて来てくれませんかね? 動いているんでしょ?」
「日本は三原則があるからな……政府を通して要請しているんだろうが……俺にはわからん」
そう言って再び手を動かし始める。
「単体で売り出してくれたら……こんな苦労しなくても済むんだが」
ぼやく言葉の通りに、アキトは単体では売り出してはいない。漁船の発売からまだ日が経っていない上に、交換用の核は購入者だけの販売だ。
「どう言う理屈か? 最初にはめ込まないと起動しないし、外すと壊れるとはな……」
取り付け口にはめ込むと反応が始まる仕様もトラップである。
「お手上げだ……」
※
「暇ね……」
「……暇よ」
アキトの留守を守る美枝と沙月は開店休業中である。
「すること無いよね」
「うん……無い」
「あぁああ!!! 知恵を貸してくださいよ……」
もちろん、江田島習作の融資の問題は残っていたが……。