告白
さてクリスを助ける手段はどういった物なのだろうか?
「やっぱり、魔法薬だよな……」
どう記憶を探っても、思い浮かぶのは一つしか無い。
だが魔法薬の奥は深い。単純にレシピだけでも数千通りは有るからだ。名のある魔術師が残した物だけでもそれだけあるのだから、極めようと思えばどれくらいの知識が必要であろうか?
アキトは悩んでいた。知識が足りないのでは無い。作ろうと思えばそれこそ死にかけを全回復させる薬も作れる。
だが……素材があればだが……。
「やっぱり、一人では無理か……」
思わず独り言を呟いてしまう。
末期ガンに苦しむクリスを、救うための手段は魔法薬の調合をすれば良い。実際に前世のアキトは、体に出来た腫瘍を完治させた事もある。
「ドラゴンの肝とか……無いしなー」
ふーと無意識に溜息が出る。思い付く素材は、すべておとぎ話に出てくる様な物。前世では、それこそ道ばたに生えていた薬草すら手に入ら無いのだから。
「探すしか無いか……」
薬効が近く、代変え出来る素材を見つける。
簡単に言えばそう言う事だ。だがしかし……。
この世界から魔法薬を作るための素材を、理由を隠して探して貰えるか? 自身が前世の、それも魔法使いの記憶持ちと言う事実を隠して他の協力を得られるかである。
「……無理だよな」
与えられた客室で、何時までも出ない答えを探しながら夜は更けていく。
※
痛みに呼び起こされた気分は最悪だった。鎮痛剤の助けを借りて、ひとときの安らぎを得た代償。
けれども目覚める度に思う。
今日も生きていられた。
クリスはきしむ体を庇いながら、ベッドの中で向きを変える。すでに起き上がる力は無かったからだ。
だが今日の朝は、何時もの苦労は無い。森の景色を窓から覗くことさえ出来そうな気がする。
「気分はどう?」
声を掛けられて気がついた。誰かの気配を分からないくらいに弱っているのだろうか? でもそれにしてはと思ったところで、声の主が誰なのかを気づいた。
「えっ、あっ……」
どうしよう! アキトだ! どうしてここにいるの? 待って! 化粧もしてないのに!!! っ! てか、寝顔見られた?!
「うっあっ! あぁあ!!!」
声になら無い寝起きの醜態に、真っ赤になって飛び起きようとして止められた。
「ちょっ! 姉さん! 起きなくて良いから」
そこには変わらずの笑顔を見せるアキトがいた。
「何で? いるのぉ! 知らせて無いのに?
うぅうう……」
嬉しいのに嬉しくない。複雑な気分のまま顔を布団にうずめる。
「来るなら知らせてよ! バカっ……」
助けを借りて背の後ろにクッションを入れて貰った頃には、やっと落ち着くことが出来た? と思いたいクリスだった。
「ふふふっ、アキトだね」
時々確かめる様にアキトの腕を取る。もう何度目なのか……。
話したいことは沢山有ったが、出て来た会話は日常の当たり障りの無い物である。
すでに知っているのだろうと思うから……。
「それより、恋人は出来て無いでしょうね?」
一番気になる事を尋ねる。出来るだけ大げさに冗談めかせて、気持ちを気づかれないように演技した。
幼い頃に交わした約束をもう忘れているかも知れないけれど、確かめても罰は当たらない。
「えっ? 恋人?! ……あはは……まだ……です」
目をそらせた態度から嘘は無いと確信して「うん! よろしい!」と言って見たけれど複雑だ。
「良い事アキト、アナタの横は私の席なのよ? 開けておかないと承知しないんだから!」
ごめんなさい! 心で謝りながら、昔の私を思い出して念を押した。
だって、もうその未来は来ないのだから……。
でも夢見るくらいは許して貰おう。束の間の夢で有っても良いじゃない。
だけど……アキトは違った。
「……姉さん? 聞いて欲しい事が有るんだ」
未来は続くのかな? アキト?
※
重苦しい空気が立ちこめる。人払いをしたクリスの寝室は、荒唐無稽な話にどうした物かと考える人たちで一杯だった。
「えーと……正直どう言ったら良いか」
アイラの言葉が物語っているだろう。この場にはクリスとアイラの親子の他、執事のジェームスと何故か夏希だけが残された。
ジェームスは古くから仕える信用の出来る人物で、アキトも幼少から信頼している。良くクリスと共に説教をされていたからだ。
「ええ、魔法で治します。と言うより魔法薬ですが」
アキトがクリスのガンの治療するために、協力をして欲しいとこの場の人間を集めた。
「いや……何と言うか……」
ジェームスが何か言おうとするが、後が続か無い。普段何が有っても動じない彼も、かなり動揺している様子だ。
「気が狂った訳でも、やけになって怪しい魔術に頼る訳でもありません」
落ち着いた顔で話すアキトは、確かに狂人の雰囲気は無い。
それからの話はある人物の半生を話すものだった。
見知らぬ世界で生まれ、生きた人物の興味深い話は物語の様であった。
魔法を駆使し世界を渡る一人の人物は、生涯を研究に捧げた。
練金魔術師として……。
「僕なら治せます」
アキトの言葉に絶句する。いや、言葉だけでは無かった。目の前で見せられた魔法に息を飲んだのだ。
「火がでた……」
「ねえ?ねえ? 何で水が石になるの?」
「木の置物が水晶に変わるとは……」
夏希、アイラの驚きとジェームスの開けられたままの口は「まあ……アキトだもん」クリスの一言で胸に落ちた。
そう信じられない事を、アキトならしそうなのだ。
「皆さんにお願いが有ります」
こうしてクリスを治すための行動が始まる。
そしてそれは、後々いろんな人を巻き込んで行くのだが……。
※
「白花蛇舌草は二トンで良いのよね? サルノコシカケは集まったかしら?」
夏希の問いにジェームスが「サソリと蜘を全種類は苦労していますが、漢方は手に入りやすいですね」と無表情ながら目がにこやかなのは、苦労の先に未来が有るからだろう。
「とにかく買える物は全部押さえて頂戴! 財団にも協力させなさい!」
アイラのかけ声で、部屋に集まった者達が電話に飛びついた。
「良い事! 時間が無いのよ! 値段なんて気にしないでどんどん買って!」
ウインストーン家の指令で、商社を巻き込んだ素材の確保は常識を越えて世界を回る。
とある漢方薬局では「何だ! これは! 冬虫夏草がまったく手に入らないとは! これでは媚薬が作れないでは無いか……」
EDで苦しむ若者から頼まれているのに……。
先日訪ねて来た少年を思い浮かべて「なんと言って断れば良いのだ……」とつぶやいた。