造反の役員会議
この小説はフィクションであり、実在の人物、団体とはまったく関係ありません。
目も合わせない役員達を見て、後手に回っていた事に気づいた。
「代表取締役の解任を要求する」
週末の定例役員会は、唐突に出された議案で何時もの懇親会の仮面を剥がす。
「では役員の提案を受けて議決に入ろうか」
専務の叔父が声を上げるなか、茶番劇は商法に則って進んで行った。
今まで社長派と見られていた役員からも、反対の声が出ないことは根回しが出来ていることの証明であり形勢は不利だった。
負けを悟ったアキトはじっと目を瞑る。思い返せば兆候は有ったのだと思う。
祖父が築いた大江商事を受け継いだのは昨年の事だった。
バブル期に規模を拡大した経営は、重い金利負担と不況に苦しむ中で創業者の死を迎えた。
もっとも病中の創業者に何が出来るわけでも無く、経営は親族が代行して行っていた。 彼らが行った事は、銀行の支援を取り付け赤字部門の売却で延命させていただけの幼稚な経営だ。
ようは銀行に言われるままにリストラを行い、経営の失敗を社員に押しつけただけとも言える。
傾いた会社のトップなど強欲な叔父が引き受ける事など無く、まだ高校生であったアキトに就任を迫る始末である。
理由は簡単だった。
日本のいや世界のエネルギー事情を一変されると言われる技術を、アキトが持っていたからだ。
話は三年前にさかのぼる。
米国で奇妙な論文が発表された。現在では触媒理論と呼ばれるそれは、当初誰もが疑ってかかる不思議な物だった。
もっとも疑われてもしょうがない。飛び級で大学に進学したとはいえ、まだ十五歳の少年の論文だったのだから……。
理論の使い方は様々有るが、具体例を挙げよう。
ある触媒に塩水を通すと電気が発生する。また大気などの汚染部質に反応させると、分解して無毒にさせる。反応は色々だが特質は、他のエネルギーを必要としない事だ。
触媒さえあれば、後は一定の条件だけ整えると結果が出る。
例を挙げれば切りが無いが、恐ろしい技術である。夢のような可能性が無限に広がっていく。
それを発見して作り出したのがアキトであった。
サンプルを受け取った科学者たちは、再現された実験の結果が嘘では無かった事を知ると驚喜して検証に励む。
もちろん世界の企業も驚喜した。なぜなら手にすれば巨万の富も夢では無いからだ。誰もがその技術を欲しがり、開発者のアキトを手見入れようと考えた。
だがこの技術を持つアキトを親族が放置するわけは無い。
当時米国で研究にいそしんでいたアキトを、祖父の遺言を盾にして、大江商事を継ぐことを強引に迫ったのだ。
結果アキトの就任は満場一致で決議された。
努力の日々は実を結び。引き受けた時は、会社の行く末も分からない最悪の経営状態だったが、現在は若干持ち直している上に、上手く行けば一気に黒字化も夢では無い所までこぎ着けた。
それが触媒理論を用いた商品の開発に、成功したからなのは間違い無いだろう。
先日自らが、会社と五年間の特許使用の契約を結んだ。独占的な契約な上に格安な使用料も、自分の経営する会社相手に利益を貪るつもりが無いからだった。
考えて見れば、叔父が触手を伸ばすはずである。
利益だけが欲しいのであろう。
「理由を聞いてもよろしいですか?」
アキトはどうせ無駄だと思いながら叔父に聞いて見た。叔父である仙道良三は、歪んだ口元を隠そうともせず。「我が社の約款では、特に解任の理由は必要無かったはずですな」と、すでに権力を手にした余裕を見せながら発言した。
アキトと叔父である仙道良三のそりは合わない。傲慢で権力志向の強い良三とはしばし揉めていたが、長年会社を私物化してきた感覚が抜けないのが理由である。良三は、派手を好み経費を湯水の様に使いたがる。
「私の方からもお願いしてよろしいですか?」
何時までも茶番に付き合う気が無いアキトは決意した。
「ん? なんだ、ある程度なら聞いてやらんでも無いぞ。がはは」
すでに自分が手中にした権力を、誇示するかの様に大物ぶる。
「代表を変わるついでに、会社からも距離を置かせて下さい。学業に戻りますから」
おかしな話では無いだろう。まだ十八なのだ。
「そうだな、それが良いだろう。良し! 退職金ははずんでやろう」
本来なら株主総会で決議を取らなければ、追い出すことは任期まで出来ない。それを自分から出て行くと言うのだ。気前も良くなだろう。
「所有する株式も引き取ってやろうか? 可哀想だから市価にイロを付けてもかまわんぞ!」
現在の株価は最低と言っても良い。
どこまで強欲なのだろうと思った。
「さすがにそれは無理です。母の持ち株も有りますから」
まだ会議の途中だが、静かに立ち上がると私物を整理する事を告げて退出した。
こうしてアキトの社長解任劇は終わる。
※
社長室に戻ると、迎えて出て来たのは従兄の仙道良明だった。
「やけに手回しが良いですね」
親の金で遊ぶ事しか興味の無いような男である。三人兄弟の一番上で、会社では役職こそ部長だが特に所属は無かった。
「まあな、お前がどんな顔をしているか興味が有った」
ニヤニヤとしているのは笑いをこらえているのだろう。普段からアキトを目の仇にしていたので、追われる姿を見てやろうと来たのだろう。
「すみませんが、手早く荷造りして出て行きたいんですが」
時間の無駄とばかりに、手は机の中の物を探っていた。もっとも、置いてある物に価値の有る物は無かったが。
「ふん、強がりを言った所でオマエは負けたんだぞ」
勝った負けたと短絡な連中は良く言う。目障りなアキトを追放した気でいるのだろう。
「そうだ、オマエの持っている特許を買ってやろう。どうせ金の方が良いだろう? 高く買ってやるよ」
言い返さないアキトを見て、調子に乗ったのか本音を暴露した。
「……お断りします」
言ってる意味が分かっているのだろうか? と思いながら冷ややかに答える。
「どうしてだ! 高く買ってやると言っているんだ! お前にも損の無い話だろう?」
自分の意見が通らないとすぐ怒り出す。昔から変わらない。
「残念ですが、無理ですね。あれは僕の物です。もっとも使用料を払って頂けたら使うのはご自由にどうぞ」
「ちっ! 他に売れないのに強情な奴だ! 良いだろう! 金に困って頼んで来てもその時は知らんぞ!」
確かに契約では他社には五年間は売れない。
自分で結んだのだから分かっている事だ。だけど……。
(貴方は分かっていない。自分で作るのは問題無いんですよ? もっともSEXしか頭に無いような奴が思いつくはずも無いか)
※
相手をする事に疲れたアキトは、鞄一つに私物を適当に詰めると社長室を出た。
ドアを開けると、秘書の佐倉夏希が立っている。アキトから見ると、もうすぐ三十になろうかと言う夏希に助けられた事は多い。
「長い間お疲れ様でした」
何時もと変わらない態度にアキトは、ほっとする。 社内で味方の少ないアキトにとっては、最大の協力者だった。
今後彼女にも少なからず影響は有るだろうに、普段どうりに接してくれた事で救われた気分になった。
「ごめんなさい、負けちゃいました」
溜息を一つ付くと十八の少年の顔を見せる。
社内でも見ることのない笑顔を見せられた夏希は、目を見張ると胸を反らして「ふふっ、こんな会社捨てちゃいましょう」と姉が弟を元気付ける様に言った。
アキトの最大の味方は、どうらや最後まで付いて来てくれるようだった。