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ペルセウスの旅人

作者: 佐々木海月

 客は、夜半過ぎにやってきた。

 年に一度の『星渡りの夜』だった。

 遠い遠い、ペルセウスの旅人たちが、星の欠片を散らしながら、

 この暗く広い海を渡っていく日だ。

  

 僕はすでに店を閉め、厨房の火を落としていた。

 調理場の後始末も、食堂の掃除も、その日の仕事は全て終わっていた。

 そして、窓辺から外を眺めながら、ストーブの余熱で温め直した珈琲を、のんびりと味わっているところだった。

  

 そこに、客がやってきた。

  

 三回のノック。幻聴かと思った。

 しばらくして、もう三回。僕はドアを開けた。

 男は、夜中に訪ねてきたことについて、丁寧に詫びた。

 そして、言った。

「空いている部屋はありませんか」

 白い節くれだった指で、かぶっていたフードをゆっくりと取った。

 僕は彼を食堂に招き入れ、冷めかけた珈琲を出した。

「おなかは空いている? パンが残っているから、サンドイッチくらいなら・・・」

「いえ、大丈夫。泊めて下さるなら、それで」

 そして、遅くに申し訳ないと、もう一度詫びた。

「道に迷ったんです。・・・別に、急ぐ旅ではないのですが」

「気にしなくていい。どうせ今夜は、暫く起きているつもりだったから」

  

「『星渡りの夜』ですね」

 彼は、窓の外に目をやった。

「そうだね。でも、今年はさっぱりダメだね。段々と、変わってきている」

 星の海は、わずかに赤く光っていた。にごった光だ。

 年々、夜と昼の境界が薄くなってきている。

 昔の夜は、もっと暗かった。

 夜中になれば、ペルセウスの旅人たちが撒いた星の欠片が見えたのだ。

 その欠片が放つ光には、願いを叶える力があるという。

 だからこの日、人々はみな早めに明かりを消し、窓辺に集まるのだ。

  

 冷め切った珈琲を飲みながら、僕らは暫く食堂の窓から外を眺めた。

  

「あ」

 男が、不意に小さく声を上げた。

 僕にも見えた。

 ひときわ明るい星が、下から上に向かって流れた。

  

「よかった」

 男は静かに微笑んだ。

「何か、願いを?」

「ええ」

  

 翌朝、早くに客人は出て行った。

 最後まで礼儀正しい男だった。

 用意したパンと目玉焼きを残さず食べ、手早く荷物をまとめて行ってしまった。

 掃除をするために彼が泊まった部屋に行くと、ベッドは綺麗に整えられていた。

  

 掃き掃除をしながら、僕は窓辺に何か置いてあるのに気づいた。

  

 小さな小さな、星の欠片だった。

 そしてそれは、まだ少し温かかった。

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