現実は時に、空想よりも嘘くさいから。
今回、少しだけ長いです。
「Rin-nE」の時と同じくらいかなぁとは思います。
それから何日か経ち、やはり私は心に穴が開いているような感覚のまま、普通の生活を送っていた…、はずだった。
「ただいまー。」
そう言いながらドアを開け家に入ると、小学五年生の妹の梨香が「お帰りー。」と返してくれる。
母は仕事に行っているのでいつも家にはいない。父は梨香が二歳の時、轢き逃げに遭って死んでしまった。なので、梨香はほとんど父の顔を憶えていない。
犯人は捕まっている。人間を一人殺しているというのに、刑は驚くほど軽いものだった。
私は二度も大切な人を交通事故で亡くしているのだ。
リビングでテレビを見ている梨香に近付き、もう一度「ただいま。」と告げる。
階段を上がり自分の部屋のドアを開け…、私は部屋に足を踏み入れようとした。が、足が動かない、思考が停止する、指の一本すら動かす事ができなかった。
「啓…悟…。」
扉を開けた先で私が目にしたのは、半年前に失った、この世でもっとも愛しい人だった。
見間違えるはずがない。私を見て、嬉しそうに笑ってくれるあの顔は、細いけれど、少し筋張っていて確りとしている腕は、ストレートで少し細い、茶色がかっている髪の毛は、
「梨央。」
私の名前を呼んでくれる、少しだけ低めのあの声は、全部、あの時のままの啓悟だった。
啓悟なんだ…。そう思った瞬間、隻を切ったように涙が溢れだした。鞄を床に放り出し、ベッドに腰掛けている啓悟に抱きついた、はずだった。
啓悟の背中に回したはずの手は空を切り、私はベッドに倒れ込んだ。
何が起きたのか分からなかった。状況に理解が追い付かなかった。啓悟は確かにそこに居る。居るのに…。
その存在をちゃんと確かめるように、ゆっくり慎重に触れてみる。しかし、啓悟の髪を撫でるはずだった手にはなにも触れない。感触がない。
「何で…?」
触れることができない、その事実を認めたくなくて、ただ空振りしただけなのだと思いたくて、何度も何度も触れようと手を伸ばす。
啓悟は確かにそこに居る。ベッドに座っている。その証拠にベッドにシワができている。なのに…
「触れないよ…。」
啓悟は悲しそうな微笑みを浮かべ、無言で私を見つめている。啓悟は触れられないことを知っていたの?だからそんな悲しそうな顔で私を見るの?
「ごめんな。」
暫くして、啓悟が口を開いた。でも私には、それが何に対しての謝罪なのか、全く見当も付かなかった。
「わからない。わからないよ、啓悟。一体何がごめんなの?死んじゃったこと?いきなり現れたこと?触れられないこと?」
啓悟は暫くの間俯いて、そしてぽつりと私に解答をくれた。
「全部…。梨央を泣かせた事も含めて、全部。全部、ごめんな。」
暫く二人とも無言で次の言葉を探していた。そして、その沈黙を破ったのは啓悟だった。「今日が、何の日かわかるかな?…今日から丁度半年前が、俺の死んだ日。そして、その丁度一年前が、俺達が付き合い始めた日。俺さ、まだこの世に未練すごいあったみたいなんだ。だから、今日みたいな特別な日に、こうして現れる事ができた。俗に言う"幽霊"ってやつかな。信じてなんかなかったけど、いざ自分がなっちまうと信じざるを得ないな。」
啓悟は一旦言葉を切って苦笑を見せて、また言葉を紡ぎ始めた。
「いつも一緒に居られる訳じゃなくて、一日合計三時間までしか傍に居られないんだ。そうしないと、魂がこの世界に耐えきれなくて霧散して消えてなくなっちゃうから。来て欲しいときは、どんなに小さくでも、呼んでくれればすぐに来るからな。あとは、もう分かってると思うけど、俺は生き物に触れることができない。物とかにだったら、触れようと思えば触れられるし、逆に触れないこともできる。」
そう言うと啓悟は、指先でベッドに触れた。その指はシーツにシワを作らずに、その中に埋まっていった。
少しの間だけ、自分の指先を悲しそうな目で見詰めて「ほらな。」と小さく私に笑いかけた。
目の前の状況を理解できなくて、私はただただ茫然と啓悟の姿を見詰め、話を聞いているしかなかった。




