第74話:双極の魔刃、極まる器と新たなる相棒
第18層『氷炎の双牙』での死闘を終え、如月三月は迷宮都市の地上へと帰還した。
地下深くの狂気じみた極限環境から一転、地上は穏やかな初夏の夕暮れに包まれている。彼女は自身の『俊敏(中)』を駆使し、迷宮の入り口から誰にも見咎められることなく、街の裏路地へと直行した。
向かう先は、彼女の開拓を支える専属の鍛冶師、鉄山厳の工房である。
カラン、と無骨なベルを鳴らして店内に入ると、奥から不機嫌そうな鉄山が顔を出した。
「……おう、嬢ちゃんか。ずいぶんと早いお帰りじゃねえか。どうせまた、とんでもねえ無茶をしてきたんだろ」
鉄山の視線が、三月の背中――空っぽになった剣のホルダーへと向けられる。
「……俺の最高傑作を、見事にへし折ってきたらしいな」
「へし折ったんじゃないわ。私の並列制御の出力に耐えきれなくて、粉々に砕け散ったのよ。最後までよく保ってくれたわ」
三月は淡々と答えながら、カウンターの上に二つの物をコトリと置いた。
一つは、赤と青の光が螺旋状に混ざり合い、脈打つように輝く拳大の宝石。
もう一つは、黒い砂が少量だけ入れられた小さな革袋だった。
「……こいつは」
鉄山は目を見開き、震える手でその宝石を持ち上げた。
「『双極の魔石』……! 本当に第18層の特異個体を狩ってきやがったのか! しかも、たった一人で、半日も経たずに!」
「ええ。徒手空拳で少し手間取ったけれど、なんとかね。それと、こっちの袋に入っているのは、砕け散った『魔鉄の塊剣』の残滓よ。砂になっちゃったけど、新しい武器を打つ時に、少しでも混ぜてくれないかしら」
三月の言葉に、鉄山は呆れたように息を吐き出し、そしてニヤリと職人の顔で笑った。
「……自分の魔力波長を極限まで吸い込んだ金属を再利用するのは、理にかなってる。それに、お前さんみたいな化け物じみた強さを持つ奴が、道具に対してそういう感傷を持ってるってのは、悪くねえ」
鉄山は魔石と革袋を大事そうに懐へしまった。
「三日だ。三日だけ待て。俺の鍛冶師としての生涯を懸けて、お前さんの異常な並列制御に耐えうる、文字通りの『化け物』を打ち上げてやる」
「期待しているわ、鉄山さん」
三月は代金として、これまでの探索で得た中層の高品質な魔石をいくつかカウンターに置き、工房を後にした。
それからの三日間、三月は久しぶりに「ただの女子高生」としての日常を満喫した。
闇シンジケート『黒蜘蛛』はすでに壊滅し、探索者協会は不可侵を貫いている。家の周囲には微かな殺気一つなく、斎藤の護衛も手持ち無沙汰なほどに平和だった。
母の手料理を食べ、弟の拓也の勉強を見てやり、夜は自室のベッドで深く眠る。
『魂喰い』によって幾千の魔獣の怨念をその身に宿しながらも、この温かな家族との繋がりがある限り、三月が迷宮の闇に呑まれることはない。
しかし、彼女の思考は常に「次の戦闘」へ向けられていた。
(第18層で学んだ『自動透過の理』の弱点……。持続的な環境ダメージや、属性攻撃の余波。それを完全に克服するには、やっぱり『剣』が必要なのよ)
徒手空拳での戦闘は、物理的な破壊力こそ申し分ないが、どうしても敵の属性攻撃の余波を肉体で受けるリスクが高まる。新しい剣があれば、透過に頼るだけでなく、剣自体でブレスを切り裂き、相殺するという「防御の選択肢」が生まれるのだ。
そして約束の三日後。
三月が鉄山の工房を訪れると、店内には異常なほどの熱気が充満していた。
「……来たな、嬢ちゃん。待たせた」
目の下にくまを作った鉄山が、重々しい布に包まれた「それ」をカウンターに置いた。
布が解かれると、そこには一本の異様な剣が横たわっていた。
形状は以前の『魔鉄の塊剣』と同じく、装飾を削ぎ落とした無骨な直剣。しかし、その刀身の質感がまるで違った。
漆黒の刃の表面には、まるで人間の血管のように、微かな真紅と蒼碧の結晶の筋が幾重にも走っているのだ。
「名付けて、『双極の魔刃・黒月』だ」
鉄山が誇らしげに胸を張る。
「ベースはこれまでの魔鉄と、お前さんが持ち帰った黒剣の残滓。そこに『双極の魔石』を完全に融解させて練り込んだ。相反する属性を中和し、同時に増幅させる特異媒質の性質を、金属そのものに定着させてある。……さあ、持ってみろ」
三月は無言で『黒月』の柄を握り、ゆっくりと持ち上げた。
ずしりとした重み。しかし、以前の剣よりも遥かに手に馴染む。魔力を流す前から、剣自体が三月の魔力波長を歓迎しているのがわかった。
「……いくわよ」
三月は脳内の『多重並列処理』を起動させた。
左の回路から『氷結の魔力回路(真)』の絶対零度を。
右の回路から『爆熱の魔力回路(微)』の高熱を。
二つの相反する極大エネルギーを、同時に柄から刀身へと流し込む。
ゴォォォォォォンッ……!!
工房内の空気が悲鳴を上げた。
『黒月』の刀身に走る真紅と蒼碧の血管が眩い光を放ち、剣の周囲の空間が陽炎のように激しく歪む。
本来なら金属が耐えきれずに爆散するはずの負荷。しかし、『黒月』は微かな軋み音すら上げず、二つのエネルギーを完璧に刃の表面へと定着させていた。
「すごい……。前の剣みたいに、魔力が反発して暴れない。むしろ、剣が私の出力をさらに引き上げようとしているわ」
「へっ、当たり前だ。その剣自体が、熱と冷気を呼吸するように作られてるんだからな。これなら、お前さんの理不尽な同時付与にも百年は耐え切れるぜ」
三月は剣の出力をスッと収め、刀身を背中の真新しいホルダーへと収めた。
「ありがとう、鉄山さん。これ以上の相棒はいないわ」
「死ぬなよ、嬢ちゃん。その剣が折れる時が来るとしたら、それはお前さんが死ぬ時だ」
「折らせないわ。私には、帰る場所があるから」
三月は迷宮の入り口が口を開ける方向へと視線を向けた。
第18層を突破し、次なる深淵へ。
中層の終着点である第20層が、すぐそこまで迫っている。
弱点を知り、それを補って余りある最強の相棒『黒月』を手にした如月三月。
圧倒的な「個」の武力を完成させた彼女の開拓は、ついに中層の最深部へとその刃を届かせようとしていた。
限界を迎えた旧武器との別れを経て、三月の新たな相棒『双極の魔刃・黒月』が誕生するエピソードを描きました。『自動透過の理』の弱点を補い、並列制御の同時付与を完璧にこなすこの武器を手にした三月は、いよいよ中層の最深部、第20層のボスへと迫っていきます。
新しい武器「黒月」の誕生にワクワクした!、これからの無双が楽しみ!と思っていただけましたら、ぜひブックマーク登録や、評価ボタンでの応援をよろしくお願いいたします! 皆様からの反応が、何よりの執筆の励みになります。次回の更新も楽しみにお待ちください!




