表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魂喰い覚醒で最強へ成り上がるFランク少女、意識を奪う闇と共に歩む  作者: beck2026


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
60/93

第60話:帰還の温度、楔となるハンバーグ

第14層、灼熱の荒野を支配する熱風が、三月の背中で遠ざかっていく。

魔力回路を極限まで引き絞り、精神を削るような調律を繰り返した迷宮の深層部から、彼女はふたたび地上の空気へと繋がる道を選んだ。

今は、これ以上深淵へ歩を進めるよりも、一度その身を日常の温度に浸さなければならない。

そんな直感が、彼女の理性を突き動かしたからだ。

「……ッ、はぁ……」

迷宮の出口へ続く巨大な石門が音を立てて開く。

その先にあるのは、見慣れた東京の夜景だ。

高層ビル群が放つ無数の光が、遠くで星のように瞬いている。

迷宮特有の魔素を含んだ湿った風とは全く異なる、コンクリートが冷える匂いと、都市が発する微かな喧騒。

それらが、三月の張り詰めていた神経を、まるで氷が溶けるようにゆっくりと解きほぐしていく。

三月は『魔鉄の塊剣』を腰のベルトにしっかりと収め、ロングコートの襟を立てた。

今の彼女の体は、第14層での極限状態によって、神経が痛いほどに研ぎ澄まされている。

だが、一歩街の路地へと踏み出せば、その視界は魔獣の気配を探るものから、家路を急ぐ娘のそれへと切り替わった。

彼女が戻るのは、かつての自宅ではない。

この広大な東京のどこか、閑静な住宅街の一角。

迷宮の脅威、そして探索者協会の監視から家族を守るために、鉄山が用意した強固な防壁に囲まれた隠れ家だ。

かつて高橋たちが率いた「協会」の掃除屋たちが、家族を執拗に追い詰めたあの悪夢。

それを防ぐために結成された警護組織『護民の盾イージス』が、この家を今も守り続けている。

路地の角に差し掛かると、影から黒いスーツ姿の男が静かに現れた。斎藤だ。

高橋たちが去り、家族を狙う直接的な脅威は消えた。

それでもイージスが解散することなく、この隠れ家の周辺を固め続けているのは、迷宮という混沌の隣で、いつ何が起こるか分からないという危惧があるからに他ならない。

「……おかえりなさい、如月さん。周辺に異常なし。拓也君の予習も予定通り終わっています」

斎藤は過剰な敬礼をすることもなく、どこか親しみを込めて短くそう告げた。

彼はただの警護員ではない。

実は、拓也の家庭教師として定期的にこの家を訪れ、勉強を教えながら身辺警護も兼ねているのだ。

「ありがとう、斎藤さん。……拓也、勉強はどう?」

三月が玄関に足を踏み入れると、拓也が自室からひょっこりと顔を出した。

外の世界では常に死線と隣り合わせの生活を送る三月だが、このドアを一歩跨げば、そこには「受験を控えた弟」と「警護を兼ねた教師」という、迷宮の怪物たちとは無縁の温かな空間がある。

「三月、おかえり! ああ、今日の数学、斎藤さんに教えてもらったポイントのおかげでだいぶ分かったよ。……夏休み明け、学校の授業が少し楽しみなくらいさ」

その弾むような声を聞き、三月は思わずふっと笑みをこぼした。

リビングでは父・昭雄が椅子から立ち上がり、キッチンからは母・由美子の声が響く。

「おかえり、三月。ちょうど今、できたところよ」

テーブルの上には、大皿に盛られたハンバーグが湯気を立てている。

焼きたての肉汁が溢れ、デミグラスソースの香ばしい匂いが部屋を包み込み、三月の空腹を心地よく刺激する。

父・昭雄は、かつて迷宮の影響で病を抱え、今も完治には程遠い。

時折見せる顔色の悪さが、その過酷な現実を物語っている。食卓に着く父の背中は、以前よりも少しだけ細く見える。

だが、こうして組織の盾に守られ、家族と食卓を囲めること。

それは当たり前ではない、イージスという名の献身があってこその平穏だ。

「……拓也、学校の準備は万端?」

「ああ、筆記用具も新しいのを用意したし、課題も終わらせた。……あとは、姉貴が迷宮で無理をしないことかな」

拓也がハンバーグを頬張りながらそう言うと、由美子が「もう、拓也ったら」と笑い、父も穏やかな表情で頷く。

「父さん、イージスの人たち、外で頑張ってくれているわ。彼らのおかげで、この東京の真ん中でこうして静かに食事ができるのね」

三月が小声で言うと、昭雄は窓の外に目をやり、静かに頷いた。

「ああ、本当に頭が下がるよ。彼らのおかげで、こうして三月を家族として迎えられるんだからな。感謝してもしきれん」

三月はその光景を、一瞬たりとも見逃さないように焼き付けた。

食事中、三月は第14層での苛烈な出来事をすぐには語らない。

ただ、弟の学校の話を聞き、母の作るハンバーグを口に運ぶ。

その一口、一口が、迷宮で受けた魔力回路の負荷を洗い流し、削り取られた自我を補修していく。

このハンバーグの温かさと、外で守りを固めるイージスの仲間たち、そして何気ない会話。

それらすべてが、彼女が迷宮という死地で「ただのバケモノ」に堕ちずに済んでいる唯一の理由であり、彼女が戦い続けるための、何よりも強力な燃料だ。

「……父さん、今日は調子が良さそうで安心したわ」

彼女がそう話しかけると、父は「ああ、みんなで食事ができる。これ以上の薬はないよ」と微笑んだ。

その笑顔を見ているだけで、三月の心に打ち込まれた「楔」は、より深く、より強固に食い込んでいく。

食事を終え、自室に戻った三月は、窓の外に広がる東京の夜を眺めた。

外では、組織のメンバーたちが交代でこの家を守っている。

たとえ当面の脅威が去った今でも、彼らが解散せずにこの街の闇に溶け込んでいることが、彼女に言いようのない安心感を与える。

(明日、また迷宮へ戻る。第14層を抜け、中層の終わりである第15層へ……。そして、いつか必ず)

彼女の視線は、夜景のさらに向こう側、見えない迷宮の深淵へと向けられていた。

探索者たちの限界点と言われる、第30層の壁。

誰も到達したことのない未知の領域へ至るためには、まだまだ途方もない道のりが待っている。

だが、焦りはない。

今日、このハンバーグで補給したエネルギーと、家族の笑顔という絶対的な盾があれば、きっと彼女はどこまでも行ける。

拓也は夏休みが明ければまた学校へ行く。いつもの日常が戻ってくる。

彼女は迷宮の謎に挑み続ける。たとえ世界がどう変わろうと、この温かな食卓という名の聖域を守り抜くために。

窓の向こう、遠くで鳴るサイレンの音が、迷宮とは違う「現代の街」の音として聞こえた。

明日はまた新しい戦いが始まる。

だが、その準備は万端だ。

彼女の心は、愛する家族の温もりと、それを守る盾によって、何にも汚されることのない鋼の強さを手に入れたのだから。

「三月の強さと、日常を守るための戦い、これからも見守りたい!」と思っていただけたら、ぜひブックマークや評価での応援をお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ