第51話:層の壁と、深まる循環
第12層の制覇を成し遂げたとはいえ、迷宮の深層は甘くない。第13層以降は、魔素の濃度が劇的に跳ね上がる領域だ。
三月は『黒鉄堂』から戻ったばかりの『魔鉄の塊剣』を背負い、自宅の私設訓練場で静かに魔力を練っていた。
漆黒のロングコートの下で、インナースーツが微かな魔力の渦を弾いている。
(第12層までの攻略で、魔力回路はある程度鍛えられた。けれど、第13層へ挑むには、まだ「器」の容量が心許ないわね)
三月は目を閉じ、『精密魔力循環』を起動させる。
かつては『魂喰い』で魔獣の魂を丸ごと飲み込み、そのたびに自我が揺らぐ恐怖に耐えていた。だが、今の彼女は違う。
空間に満ちる魔力、そして回路内に留まる毒素を、精密なフィルターのように濾過し、純粋な魔力として自らの核へと積み上げていく。
『毒の魔力回路』が、じわりと熱を帯びる。
これは、ただ魔力を増やすだけの行為ではない。回路を焼き切らず、しかし限界ギリギリまで負荷をかけ、容量を拡張していく「調律」だ。
「……ッ、少しずつだけど、確実に広がってる」
三月の額に汗が滲む。
『魔力許容量の拡張』スキルが、彼女の身体に無理のない範囲で、魔力の通り道を広げていく。一気に拡張すれば獣になるが、今の彼女は、自分の限界を誰よりも理解している。
翌日、ギルドを訪れた三月を佐藤結衣が手招きした。
「三月さん! 第12層を攻略したと聞いて驚きました。……最近のあなたは、以前とは比べ物にならないくらい安定していますね」
「そうね。ようやく、無理をせずに強くなるコツを掴んだ気がするわ」
「その言葉が聞けて安心しました。あ、監察局のセバスチャン様から、深層攻略に関する共有データが届いていますよ。三月さんなら……この先へ進む権利があるはずです」
結衣から手渡されたデータ端末。そこには、第13層から先へと続く、未知のマップデータが記されていた。
三月はそれを端末に同期し、深く息を吐く。
拓也と二人で歩む未来へ、また一歩近づいた。
(第13層……私の庭の、次の区画ね)
彼女の瞳の中で、紫色の光が静かに、しかし力強く灯った。
第12層という大きな壁を越え、さらにその先を見据える三月。
無理に喰らうのではなく、精密な循環によって己を研ぎ澄ます姿を描きました。
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