第二十話
家督を継いだ翌日。 経丸はいつもと変わらず片倉と稽古をし、皆と賑やかに朝食をとった。
しかし、昨日父から譲り受けた馬のことが気になって仕方がない。
「父上、昨日いただいた馬に乗ってもよろしいでしょうか?」
長経は上機嫌で笑った。
「おー、乗ってこい、乗ってこい」
「ありがとうございます」
「せっかくだから皆も馬に乗れた方がいい。経丸に付いて行きな〜」
士郎たちは声を揃えて返事をした。
「はい!」
片倉が馬小屋に案内し、馬を指さす。
「皆、この馬たちの中から好きなのを選びな」
士郎と河野は子どものように走り出し、馬を選びに行った。
皆が馬を選び終えた頃、凛が周囲を見回す。
「あれ?兄貴。そういえば経丸さんは?」
「さっきまでいたよな?」
その時、背後から凛々しい声が響いた。
「皆さん、お待たせしました」
振り返ると、経丸が毛並みの美しい白馬に乗って現れた。
士郎は思わず声を上げる。
「あっ!経丸さん‼」
凛も目を輝かせた。
「経丸さん、カッコイイです!」
「ありがとう、凛ちゃん」
河野が士郎の袖を引っ張る。
「士郎さん、経丸さんめちゃくちゃかっこよくないですか?」
士郎は素直に頷いた。
「めちゃくちゃカッコいいし、絵になる美しさだよね」
「惚れました?」
士郎は勢いよく叫ぶ。
「元から惚れてるわ‼」
河野は目を丸くする。
「えっ!えっ‼えっ!えっ‼」
士郎も自分の発言に気づき、慌てふためいた。
「あっ!あああ‼ いや、いや待て!今のは経丸さんには言うなよ!」
河野は真顔で言う。
「本気で好きだったとは……」
「本気だよ、めちゃくちゃな」
「何が本気なんですか?」
突然ひのが背後から声をかけ、士郎と河野は飛び上がった。
河野は即答する。
「士郎さんのことが本気で好きなんですよ‼」
ひのは拍手しながら叫んだ。
「えっ!そうなんですか‼」
士郎は大慌てで否定する。
「いや!違う!そんな話してない‼」
河野は訂正するつもりでさらにやらかす。
「間違えました。士郎さんが本気で好きなんですよ‼」
ひのはさらに拍手。
「あっ!いつも仲いいですもんね‼素晴らしいです‼」
士郎は叫ぶ。
「違う違う‼素晴らしくないから‼」
ひのと河野は楽しそうに拍手を続ける。
「仲良し素晴らしいです‼」
「なんでお前まで拍手してんだよ‼」
「ひのちゃん楽しそうだから」
「はい!何かよくわかんないですけど楽しいです‼」
二人の拍手に、士郎は観念した。
(もう、やけくそだ!)
士郎も笑顔で力いっぱい拍手した。
経丸が近づいてくる。
「皆さんも馬に乗ってください」
しかし誰も動かない。
経丸は気づいた。
「あれ?皆さん、もしかして……」
士郎が代表して叫ぶ。
「それがし達、せぇ〜の馬に乗ったことありません!」
……が、誰も「せーの」を言わなかった。
士郎は恥ずかしくなり怒鳴る。
「なんでせーの皆言わないんだよ‼」
片倉は笑いながら言った。
「言う前にセリフ教えてよ。俺も言いたかったわ」
凛が驚く。
「えっ!嘘でしょ‼」
士郎が注意する。
「凛、ため口になってる‼」
凛は慌てて頭を下げた。
「あっ!片倉さんすいません!」
片倉は親指を立てて笑う。
「ため口大歓迎よ」
片倉は皆に向かって言う。
「皆も言いたかったでしょ?」
河野は真顔で答えた。
「僕は言いたくないです」
ひのも続く。
「私も言いたくないです」
稲荷も淡々と。
「俺も言いたくないです」
片倉はショックを受ける。
「えっ?俺まさかの少数派?」
河野は冷静に言った。
「はい。あんな恥ずかしいこと言いたいなんて、おかしい人だなぁ〜と思いました」
「辛辣‼」
片倉は落ち込む。
士郎は肩を叩いて慰める。
「まぁまぁ、あいつらは幼すぎてまだ理解できないんですよ」
片倉は士郎をじっと見て呟く。
「士郎君って人気ないんだね」
「そのまとめ方やめてくんないかなぁ〜」
皆が笑った。
片倉が馬に近づくと、足が震えていた。
「昔ね、落馬したことがあって、それ以来トラウマなんだよ」
士郎は笑う。
「へぇ〜片倉さんも意外とダサいんだなぁ〜」
「そうなんだよ、ダサいんだよ。士郎君には勝てないけど」
「おい片倉!今から殴り合うか?」
河野が慌てて士郎を羽交い締めにする。
「やめてぇー‼士郎さんは自分が思ってる百倍は弱いんですから‼」
「離せ河野‼」
「僕は喧嘩を止めます‼」
「しないから!冗談だから‼」
片倉は笑いすぎて地面に倒れ込んだ。
士郎が言う。
「おい、お前のせいで片倉さんひっくり返ったゴキブリみたいになってるぞ」
河野は真顔で言う。
「虫だけに無視しますか」
片倉は大笑い。
「やめて〜ホントにやめて〜しゃべらないで」
士郎は呆れながら言う。
「せっかく河野が責任取ってつまんないこと言って笑い止めようとしたのに、一人大笑いしてるよ」
片倉は涙を流しながら笑う。
「虫なんで無視されました」
皆は片倉から目をそらす。
「士郎君、助けてくれ」
「まぁ、虫なんで無視します」
片倉は真顔になった。
「ありがとう助かったわ」
「何かムカつくな!」
皆が笑った。
経丸が優しく声をかける。
「じゃあ、今から私が皆さんに教えます」
士郎は馬を見上げて言う。
「おー、馬って意外と高いな」
片倉は震えながら叫ぶ。
「あー無理!無理‼怖い!怖い‼」
士郎は片倉の震える足を触る。
「ひっや‼」
「なんちゅう声出してんねん!」
河野も触ろうとする。
「僕も触っていいんですか?」
片倉は泣きそうな声で叫ぶ。
「ホントやめて‼マジでやめてください‼士郎君怖いんだよ‼」
経丸が叱る。
「士郎さん‼」
「すいません‼」
経丸は片倉に優しく言う。
「大丈夫ですよ。私がついてますから」
片倉は震えながら頷いた。
経丸が手綱を引いて歩き出す。
「うわぁー動いた、動いた‼」
片倉は馬の首にしがみつく。
突然、馬が驚いて暴れ出した。
「うわぁぁぁぁぁ‼」
片倉は背中から地面に落ちた。
皆が駆け寄る。
経丸は心配そうに叫ぶ。
「片倉さん、大丈夫ですか‼」
片倉は小さく呟いた。
「うっ……気持ちー……」
士郎は叫ぶ。
「おいっ‼片倉さんがドMに目覚めたぞ‼」
ひのは引き気味に言う。
「片倉さん、気持ち悪いですね」
凛が笑いながら注意する。
「ひのちゃん、それはストレートすぎるよ(笑)」
片倉は小声で言う。
「皆を心配させないようにボケたのに……」
河野は大声で暴露する。
「皆さん!今の片倉さんボケだったらしいですよ‼」
片倉は顔を覆って叫ぶ。
「河野君、やめて……忘れたいんだ……」
経丸が心配そうに尋ねる。
「本当に大丈夫ですか?」
「はい、思ったより痛くなかったです」
士郎はニヤニヤして言う。
「そりゃ痛くないだろ。気持ちよかったんだから」
片倉は睨む。
「士郎君、人が忘れたいって言うこと掘り返して楽しい?」
士郎は満面の笑み。
「うん、楽しいよ」
皆が乗馬に慣れてきた頃、片倉は後ろから士郎に近づいた。
(今がチャンスだな)
カンチョーをしようとした瞬間、片倉の馬が急に走り出した。
「うわぁぁぁぁぁ‼」
勢いそのまま、片倉の指が士郎のお尻に突き刺さる。
「いってぇぇぇぇぇぇぇぇ‼」
士郎は飛び上がって落馬した。
片倉は青ざめる。
(やべぇ!やりすぎた‼)
河野と稲荷は爆笑している。
士郎は叫ぶ。
「おい!片倉‼第二関節まで入ったろ‼」
「ごめん!マジごめん‼」
士郎は草むらでお尻を確認し、叫んだ。
「おい!片倉さん‼血が出てるじゃねぇか‼」
河野は感心したように言う。
「片倉さんすごいっすね!カンチョーで血を出させるなんて、たいしたもんだ‼」
皆が爆笑した。
士郎は河野を捕まえてヘッドロック。
「おい河野‼ふざけんな‼お前も片倉さんのカンチョー喰らうか⁉」
河野はとぼける。
「ホ?ホケキョ?」
士郎は叫ぶ。
「片倉さん、お願いします‼」
片倉は笑いながら言う。
「大丈夫だよ。河野君には絶対にしないから」
河野とひのは拍手しながら言う。
「片倉さんは優しい‼」
士郎は叫ぶ。
「優しい奴は血が出るほどカンチョーしないんだよ‼」
河野は呆れたように言う。
「片倉さん謝ったじゃないですか。士郎さんってしつこいですね」
士郎は怒鳴る。
「しつこいじゃねぇ‼ホントに痛かったんだぞ‼」
河野はヘッドロックされながら叫ぶ。
「片倉さん、もう一回士郎さんにカンチョーしてあげてくださーい‼」
片倉はノリノリ。
「任せろ!河野君!」
士郎は絶叫した。
「反省しろ片倉ぁー‼」
「ごめんなさ〜い!」
皆が笑い転げる中、乗馬訓練は終了した。




