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第十九話

庭先で、ひのが扇子を振り回しているのを見つけたのは、士郎が河野と話していた時だった。

「どうしたんだ、ひのちゃん。なんの踊りを踊ってるの?」

ひのは真剣な表情で振り返る。

「士郎さん、これは踊りではありません。いざという時に戦うための訓練です」

士郎は思わず吹き出した。

「ひのちゃんは相変わらず抜けてるな。扇子で戦えるわけないじゃん」

ひのは扇子を握りしめ、きっぱりと言う。

「士郎さん、私に向かっておでこを突き出してください」

「えっ?なんで?」

「いいからお願いします」

士郎は言われるままにおでこを突き出した。

「ひのちゃん、こうでいいのか?」

「では、目をつぶっていただきます」

次の瞬間、ひのの扇子が士郎のおでこを軽く叩いた。

「いってー‼ いってー‼ めちゃくちゃいってー‼」

士郎はおでこを押さえて転げ回る。

ひのは慌てて駆け寄った。

「す、すみません!そんなに痛いですか!?」

士郎は涙目で叫ぶ。

「痛いよ!何なのその扇子‼」

「これは鉄扇という護身道具です」

「鉄‼ひのちゃんは鉄でそれがしのおでこを叩いたのか‼」

河野が真顔で補足する。

「士郎さん、鉄じゃなくて鉄扇です。鉄でできた扇子ですよ」

「鉄でできた物は鉄なのよ!お前も叩かれてみ!」

河野は全力で首を振る。

「嫌ですよ、痛いのは‼」

ひのは申し訳なさそうに頭を下げた。

「すみません……鉄扇が武器として使えることをわかってもらいたくて」

河野は優しい声で言う。

「ひのちゃん、十分わかったよ。鉄扇って最強だね」

士郎はなぜか得意げに胸を張る。

「まぁ、それがしは身をもってわかったがな」

「たいしたもんだ」

「やかましいわ‼」

三人は笑い合った。

士郎はおでこを突き出す。

「見て、見て、すっげぇ大きなコブできたよ」

河野とひのは大爆笑した。

「あっはっはっは‼ すごい〜でかいコブができてる‼」

「おい、笑いすぎだぞひのちゃん。あんたは少し反省しろ(笑)」

河野は士郎のおでこを触りながら言う。

「記念に皆に見せに行きますか」

「何の記念だ!」

ひのと河野はまた笑い転げた。

「凛に治療してもらってくる」

士郎が歩き出そうとした瞬間、ひのが大声を上げた。

「待ってください‼」

「どうした、いきなり大声上げて」

「もったいないです。取っときましょうよ」

士郎は思わず吹き出した。

「誰がコブ治すのもったいないんじゃ‼」

河野も乗っかる。

「確かに!もったいない‼ ひのちゃん止めよう‼」

「はい!河野さん!」

二人は士郎にしがみつく。

「おい邪魔だ‼ 特にひのちゃんは反省しろ‼」

士郎の叫び声が庭に響いた。

三人が騒いでいると、長経が走ってきた。

「おっ、楽しそうだな〜」

三人は慌ててひれ伏す。

「長経様!」

「おいおい、堅苦しくなるなよ〜。何してたの?」

河野が誇らしげに士郎のおでこを指差す。

「長経様、見てくださいこの士郎さんのオデコを!」

「おぉ、これは立派なコブだ!」

河野は胸を張る。

「そうですよね!これひのちゃんの名作なんですよ‼」

「何が名作じゃ‼」

士郎がツッコむと、皆が笑った。

長経は感心したようにひのを見る。

「ひのちゃん、こんな立派なコブを作ったのか?」

「はい!頑張って作りました‼」

「そんなもん頑張らなくていいんだ‼」

また笑いが起こる。

長経はひのの手を取り、握手した。

「これからも腕を鍛えていってください。私は応援してますから」

「今から練習を始めたいと思います」

「ぜひ」

「ぜひじゃねぇわ‼ 痛い思いすんのそれがしだからな‼」

三人はゲラゲラ笑った。

長経がふと真剣な表情になる。

「ひのちゃんはどうして鉄扇なんか振り回してたんだ?」

ひのは扇子を握りしめ、真剣に答えた。

「私、強くなりたいんです。戦で天羽家に貢献したいんです。それを凛ちゃんに相談したら鉄扇を渡されて……練習してました」

長経は優しい声で尋ねる。

「ひのちゃんは戦が苦手なのか?」

「はい、苦手です」

「おっ、俺も戦苦手で嫌いなのよ。戦、怖くない?」

ひのは驚いた。

「えっ!経丸さんのお父様なのに戦が怖いんですか?」

「うん、怖い。痛いのも血を見るのも大嫌いだから。だから戦したくないから、各地に贈答品持って頭ペコペコ下げに行ってる。“うちと仲良くしてください”って」

「えっ!そうなんですね……意外です!」

長経は笑った。

「弱い弱い、日の本一の最弱よ。もう平和な時代に生まれたかったって心の底から思うもん」

士郎も頷く。

「あぁ〜それわかります。それがしもその死に方がいいです」

長経はすかさずツッコむ。

「畳の上で死ぬなんて図々しいな。士郎君ごときが畳の部屋に入れると思うな‼」

「なんでやねん‼」

また笑いが起こる。

長経はふと真剣な声で言った。

「ごめん、ちょっと皆に真剣な話してもいい?」

三人は慌てて正座する。

「正座まではしなくていいよ。楽な体勢で聞いてよ」

士郎は食い気味に言う。

「いや、長経様の大事な話を楽な体勢で聞くなど、そんな失礼なことできませぬ」

「じゃあ儂も正座し〜よっと。あぁ〜正座辛いな〜。皆が楽な体勢で座ってくれれば儂も正座しなくていいのになぁ〜」

士郎は即座に折れた。

「わかりました。楽な姿勢で話を聞かせていただきます。皆、楽な体勢で聞こう」

「はい」

長経は微笑む。

「そうそう、儂なんかに気を遣わないで」

そして本題に入った。

「それでね……家督を経丸に託そうと思うんだ」

士郎は目を見開いた。

「えっ!本当ですか‼」

「そんなに驚くことか?」

「驚きますよ!長経様は健在で、経丸さんはまだ若いし!」

河野が手を挙げる。

「長経様、発言よろしいでしょうか?」

「どうぞ」

「家督って何ですか?」

士郎が叫ぶ。

「おい、家督も知らないのか‼」

ひのも手を挙げる。

「私も家督わかりません」

長経は笑った。

「士郎君が少数派だから士郎君がおかしいよね」

ひのが頷く。

「はい、わからないことをバカにする士郎さんおかしいと思います」

士郎は素直に謝った。

「それはごめん」

河野が優しく言う。

「士郎さん、素直に謝ってくれたので許しましょうよ」

ひのも微笑む。

「はい、許させていただきます」

士郎は説明を始めた。

「家督というのは……天羽家の城主を長経様から経丸さんに譲るということ」

河野は驚く。

「えっ?城主って経丸さんじゃなかったんですか?」

士郎は頭を叩く。

「バカ!失礼なこと言うな‼」

長経は笑いながら言う。

「まぁ、儂が健在なうちに経丸に家督を託し、色々経験してもらって立派な城主になってもらいたいんだ。もちろん支えはするが」

士郎は深く頷いた。

「素晴らしいお考えだと思います」

三人は拍手した。

長経は続ける。

「そこでだ。天羽家はこれを機に完全な世代交代をする。あなた方が経丸を支え、天羽家の中心になってもらいたい」

河野が手を挙げる。

「えっ!中枢って何ですか?」

長経は優しく説明した。

「天羽家の中心的な存在になってほしい。これからの天羽家をあなた方に託したい」

河野は目を輝かせた。

「僕たち、めっちゃ責任重大じゃないですか!士郎さん‼」

「あぁ〜そうだな」

長経は深く頭を下げた。

「これからも経丸を支えてください。よろしくお願いします」

士郎は慌てて立ち上がる。

「長経様、頭をお上げください‼ 経丸さんを支えるのは、それがしらにとって当たり前のことです!」

ひのも真剣に言う。

「そうです!私たちは今は迷惑ばかりかけてますけど、絶対に経丸さんの支えになります!」

河野も胸を張る。

「僕らの時代が来たってことですね!大いに張り切らせていただきます‼」

長経は目を細めた。

「皆、ありがとう。本当にありがとう」

そのやり取りを、経丸は陰からそっと見ていた。

頬を一筋の涙が伝う。

(私は……皆の期待に応えられる城主に、絶対になりますから)

一週間後。 経丸は静かに父・長経の部屋を訪れた。

「失礼します」

経丸の表情を見た瞬間、長経は悟った。

(覚悟を決めて来たな)

長経は優しく微笑み、経丸を座らせると温かい茶を差し出した。

「まぁ、まずは一口飲んで」

「いただきます」

経丸はゆっくりと茶を口に含み、深く息を整える。

そして、まっすぐ父を見つめた。

「父上。私、天羽経丸は……家督を継ぐことを決心しました」

長経はふっと柔らかく笑い、短く答えた。

「あい、わかった」

その一言に、経丸の胸がじんと熱くなる。

その日の午後。 城内の大広間には家臣たちが勢揃いしていた。

上座に腰を下ろした長経は、皆を見渡し、厳かに口を開く。

「これより重大な話をする」

広間の空気が一気に張りつめる。

「これより儂、天羽長経は隠居し、家督を経丸に譲る」

その瞬間、長年長経に仕えてきた家臣たちが一斉に拍手を送った。

士郎は驚きの声を上げる。

「えっ!皆さん、知ってらしたんですか?」

長経は穏やかに答えた。

「こちらの者たちは、長年儂に付き従ってくれたんだ。前もって話はしてあるよ」

筆頭家老・道本が一歩前に出て、士郎に向かって微笑む。

「経丸さんが跡を継ぐこと、我々一同は満場一致で賛成しております」

片倉はその言葉を聞いた瞬間、目に涙を浮かべ、経丸の手を強く握った。

「若……おめでとうございます!」

その光景に、広間のあちこちから温かい拍手が湧き起こる。

経丸は皆に向かって深く頭を下げた。

「皆さん。私はまだまだ未熟者ですが、家督を継ぎ、これまで以上に天羽家のために全力を尽くします。どうか、ご協力よろしくお願いします」

長経はその姿を見て、娘の成長を心から嬉しく思った。

彼は経丸の前にしゃがみ込み、優しく言う。

「経丸よ。天羽家を頼んだぞ」

「はい、父上!」

経丸は力強く返事をした。

長経は懐から一つの箱を取り出した。

「経丸、家督を継ぐ者に渡さなければならない物がある。それは天羽家代々の“あじさいの花押印”と、儂が乗っていた馬だ。これをそなたに渡す」

「ありがとうございます」

経丸は両手で花押印を受け取った。

片倉はその花押印を見た瞬間、胸に込み上げるものを抑えきれなかった。

(若も……ご立派に成長なされた……)

経丸が生まれた時からずっとそばにいた片倉には、堪えきれないほどの感動が押し寄せる。

涙がボロボロと溢れ、止まらなくなった。

経丸は片倉の涙に気づいたが、見てしまうと自分も泣いてしまいそうで、そっと目をそらした。

周囲も気づいていたが、誰も何も言わない。 しかし片倉の涙は止まらず、ついに声が漏れた。

「若が……こんなに立派に成長されて……本当に……よかった……本当によかった……!」

士郎も思わず涙ぐむ。

「片倉さん……泣きすぎですよ……」

「そうだよね……ごめん……もう止まらないんだ……」

長経は優しく言った。

「経丸。心の底から成長を喜んでくれる仲間がいて、幸せだな」

経丸は涙をぽろぽろこぼしながら頷く。

「はい……」

士郎が鼻をすすりながら言う。

「長経様……これ以上泣かせに来ないでください……」

「泣かせるつもりはないけど、なんで?」

士郎は隣の片倉を指差した。

「見てください!片倉さんもう大泣きですよ!畳腐るくらい泣いてますよ!」

片倉は「わんわん」と子どものように泣き続けている。

その姿に、広間は大爆笑に包まれた。

笑いと涙が混ざり合う中―― この日、天羽家の当主は正式に天羽経丸となった。



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