第十八話
ある日。
稲荷が静かな声で経丸に告げた。
「経丸さん、海に大軍の船がおります。どこからか攻めて来たのかもしれないです」
経丸はその言葉にハッとして、急いで窓から海を見下ろした。
「あっ‼」
思わず大きな声が出る。
「どのように対応するんですか?」
と稲荷。
しかし経丸の表情は一変して、ぱっと明るくなった。
「父上! 父上が帰って来たんです!」
「父上様ですか!」
「はい、父上です‼」
稲荷が胸を撫で下ろす。
「敵でなくて安心しました」
経丸はもう抑えきれないといった様子で叫んだ。
「父上〜‼」
そのまま駆け出し、城を飛び出していく。片倉たちも慌てて後を追ったが、士郎だけは動かない。
それを見た凛が首をかしげる。
「どうしたの兄貴、行かないの?」
士郎は困ったような顔で言った。
「それがしは、ちょっといいかな」
「なんで?」
「この服じゃダメだ。今すぐ服を新調し、お父上にご挨拶できる格好にならなければ」
凛は思わず吹き出した。
「図々しいわ‼ すぐ行くよ」
士郎は凛に腕を引っ張られ、急いで皆の元へ向かった。
先に長経の軍勢を迎えに出ていた経丸たち。 経丸は軍勢の先頭に立つ男を見つけると、駆け寄って叫んだ。
「父上‼」
「経丸‼」
二人は再会を果たし、しっかりと抱き合う。
「お帰りなさい、父上」
長経は経丸の頭を優しく撫でた。
「ただいま、経丸。聞いたぞ、お主たちの大活躍を‼」
経丸は誇らしげに笑う。
「はい! 皆が頑張ってくれました!」
「殿、お久しぶりです」
片倉が一歩前に出て頭を下げる。
「久しぶりだなぁ、水道」
「はい」
片倉は嬉しそうに返事をした。
長経は両腕を広げる。
「お前も」
片倉は満面の笑みで応じた。
「はい、ぜひ」
長経は片倉を抱きしめる。
「よく経丸を守ってくれた。ありがとう」
「いえ、私は大したことはしてないです」
そう言いながらも、片倉の顔は誇らしげだった。
長経はふと後ろにいる面々に目を向ける。
「ところで経丸、そちらにいる方々は?」
稲荷が一歩前に出て頭を下げた。
「稲荷と申します」
「稲荷君、よろしくね」
「よろしくお願いします」
続いて、ひのが丁寧に礼をする。
「ひのと申します」
「ひのちゃん、よろしくね」
「よろしくお願いします」
二人が礼儀正しく挨拶する中、河野は大声で名乗りを上げた。
「河野です‼」
「おう、元気だなぁ。よろしくね」
「はい!よろしくお願いします‼」
そこへ、ようやく凛と士郎が駆けつけた。
「すみません、遅れました。凛と申します」
「凛ちゃん、よろしくね」
「よろしくお願いします」
士郎は胸を張って名乗る。
「それがし、安房の国の英雄・外岡士郎。人呼んで人気者の外岡士郎。ちなみに妹は安房の天才・外岡凛です」
長経の目が輝いた。
「おっ〜、君はあの有名な外岡士郎君‼」
士郎は目を丸くする。
「えっ! それがしのこと知ってるんですか‼」
「当たり前だよ。安房の国で外岡士郎の名前を知らない者は一人もおらんだろ」
士郎は得意げに頷いた。
「やはり、それがし安房の国の英雄だからな。有名なのは当たり前か」
長経は真顔で言い放つ。
「いや? 英雄ではなく、“安房の国で一番ダサい”って」
その一言に皆が吹き出した。 片倉はまたしても、ひっくり返ったゴキブリのような体勢で腹を抱えて笑っている。
「おい、笑いすぎだ片倉」
「ごめんね、士郎君」
士郎は長経に向き直る。
「長経様」
「何?」
士郎は少し嫌味っぽく言った。
「それがしの魅力がわからないなんて、当主としてまだまだですね」
「兄貴‼ なんて失礼なことを」
凛は慌てて前に出て、勢いよく土下座した。
「うちの兄貴が大変申し訳ございませんでした! うちの兄貴、頭が少し弱いのでお命だけはお許しください!」
長経はゆっくりと士郎に近づき、真剣な表情で言う。
「外岡士郎。夜道には気を付けるんだぞ‼」
「えっ! えっ? あぁ、すみません! 申し訳ございませんでした‼」
士郎が慌てて頭を下げると、長経はふっと笑った。
「どう? 私の迫真の演技は」
「えっ? えっ? 演技⁉」
士郎が固まる中、河野とひの以外は大笑いしていた。
片倉が笑いながら言う。
「さすが殿‼ 士郎君の扱いがわかってらっしゃる」
凛も笑いながら続ける。
「兄貴の情けない態度、おかしいわ」
状況が飲み込めていない河野が、経丸に小声で尋ねた。
「今、どういう状況ですか?」
「父上が士郎さんにドッキリを仕掛けたんです」
河野は真顔で問い返す。
「経丸さん」
「はい」
「父上って誰のことですか?」
皆が思わずずっこけた。
士郎が慌てて河野の頭を叩く。
「このお方が経丸様のお父上、天羽長経様!」
河野は長経をじっと見つめ、ぽつりと呟いた。
「父上」
「待て待て待て! その言い方だとお前の父上みたいになるだろ‼」
また笑いが起こる。
長経は楽しそうに笑った。
「河野君、君面白いな」
「父上の冗談も面白かったと思いますよ」
士郎が慌てて制止する。
「おいおい、お前が上から行くな、失礼だろ! あと“父上”って呼ぶな!」
長経は肩を揺らして笑う。
「どの口が言ってんだか」
士郎は深々と頭を下げた。
「先ほどの失言、大変申し訳ございませんでした。調子に乗ってました」
長経は笑顔で言う。
「俺、生意気な後輩大好きだから」
「ありがとうございます」
長経はふと、皆を見渡して目を細めた。
「しかし、経丸にはこんなにも良い家臣たちができたのか」
経丸は首を振る。
「父上、家臣ではありませんよ。大切な仲間です」
「おー、そうか」
長経は嬉しそうに笑った。
「自己紹介してなかったね。私が経丸の父、天羽長経です。皆、よろしくね」
士郎たちは声を揃えた。
「はい、お願いします!」
そして一行は館山城へと入っていった。
その夜。
ばぁやんが腕によりをかけた豪華な料理が、広間の膳にずらりと並んだ。
「ばぁやんさん、すごく美味しいです」
長経が感嘆の声を漏らす。
「長経様のお口に合って光栄です」
「経丸、こんな美味しいものを毎回食べさせていただいてるのか?」
「はい。いつも、いつも美味しいもの食べさせてもらってます」
長経はしみじみと呟いた。
「なんか、半年ぶりに帰ってきたら、めちゃくちゃ環境よくなってるわ」
士郎が尋ねる。
「長経様は今までどこに行かれてたんですか?」
「京都に行ってた」
河野が真顔で言う。
「観光ですか?」
士郎がすかさずツッコむ。
「なわけないだろ、バカ」
しかし長経は真顔のまま答えた。
「いや、観光だよ」
「えっ! 観光⁉ 娘が他国から攻め込まれて窮地に陥ってたのに、あんたのんきに観光してたんですか‼」
凛が慌てて割って入る。
「兄貴、だいぶ失礼! ほんとに失礼! すみません。うちの兄貴、最近日本語覚えたもので、まだ慣れてないんですよ」
長経は吹き出した。
「そんな感じしてたわ〜。まぁ、日本語難しいから、慣れるまでは仕方ないよね(笑)」
片倉が乗っかる。
「長経様、私が責任もって士郎君に日本語教えていきます。“士郎君、こんにちは。さん、はい”」
「やかましいわ‼」
士郎のツッコミに、また笑いが広がった。
楽しい食事会が終わると、長経は経丸と片倉を自室に呼んだ。
向かい合って座る経丸に、長経はにこやかな表情で切り出す。
「経丸。家督を継いでもらいたい」
経丸は目を丸くした。
「えっ! えっ? 本気ですか」
「あぁ、本気だとも。頼んだぞ」
長経は経丸の肩を優しく叩く。
経丸は慌てて首を振った。
「父上、私には無理ですよ」
長経は経丸の両肩を揉みながら言う。
「経丸ならできるよ。儂、疲れちゃってさ。ねぇ〜頼むよ、つねちゃん」
「いやぁ、まだ私は未熟者です」
長経は今度は経丸の両頬を軽く引っ張った。
「何言ってんの〜。この前の戦で大勝利したじゃん〜」
「いやぁ、あれは皆さんが頑張ってくださったから勝てたので、私の力ではないです」
長経は優しい目で娘を見つめる。
「謙虚だなぁ(笑)真希そっくりだなぁ」
経丸は少し顔を赤くした。
「父上、片倉さんもいらっしゃるんですよ」
長経は片倉に視線を向ける。
「水道。お前はどう思う?」
片倉は顔を真っ赤にしながらも、真剣な表情で答えた。
「良き頃合いかと思います」
「ほら〜水道も言ってるよ、つねちゃん」
「片倉さん!」
片倉は続ける。
「私は今、若に家督を継いでもらい、殿に支えていただきながら盤石な体制にしていくのがよろしいかと」
長経は嬉しそうに笑った。
「そうそう、いいこと言うじゃん。儂も隠居はするけど、支えはするからさ」
経丸はしばらく黙り込み、やがて小さく息を吐いた。
「少し、お時間ください」
長経はそっと経丸を抱きしめ、頭を撫でる。
「おし、おし。前向きに検討してよ」
「……わかりました」




