第十七話
夜遅く。
士郎たちは本佐倉城の正門が見える草むらに身を潜めていた。
城には大量の兵が警備に立っている。
(兵が多い……忍び込むのも大変だ。音を立てないように……)
経丸が小声で言う。
「皆さん、コッソリ物音立てずに忍び込みますよ」
すると士郎が手を挙げた。
「経丸さん、こういう兵の数が多い場合は、 コソコソ忍び込むと逆に怪しまれます。 堂々と入って城兵になりきった方がいいです。 兵が多いと人の把握ができてませんから」
片倉は驚いた。
「士郎君、昨日おかしなものでも食べた?」
「えっ!何でですか?」
「珍しくまともなこと言ってるから」
「それがしだってたまにはまともな事言うわ‼」
凛が鋭く言う。
「兄貴、たまにじゃなくて“まれ”でしょ」
「やかましいわ‼」
皆、笑った。
「じゃあ、堂々と行きますか」
「はい!」
経丸を先頭に、警備の薄い場所から堂々と城内へ入った。
堂々と入ろうと言い出した士郎が、一番緊張していた。
(気持ちー‼ 気持ちー‼)
心の中で叫びながら震えている。
しばらく進むと――
「あー‼」
「どうした河野‼」
「あの穴から人が出てきたと思ったら……猿でした」
「アホか‼ この大事な時に‼」
士郎は河野の脇腹をつまんだ。
「何をやっとるお前は?」
偉そうな声が響いた。
士郎はビビり散らかし、声が上ずる。
「なっ、なんでしょう?」
振り向くと、恐い顔の城兵が立っていた。
(恐い‼)
周りを見ると―― 片倉以外、全員隠れていた。
(なんでぇぇぇ‼ 皆‼ 堂々とする約束だったじゃん‼)
士郎は脂汗を流しながら震える。
片倉が冷静に言った。
「えっとですね。私たち、人質の見張りを変われと言われてまして。 最近入った者で、この城が大きくて迷ってしまって…… すみませんが、人質の場所まで案内していただけませんか?」
城兵は納得した。
「おぉ、そうだったのか。早く言えよ。こっちだ」
「ありがとうございます」
(片倉さん……堂々としてて凄い……)
士郎は尊敬の眼差しで片倉を見た。
◆ひの救出
案内された部屋には―― ひのが鎖で繋がれていた。
「じゃあ、よろしく頼む」
城兵が去ると、仲間たちが一斉に集まった。
「ひのさん、大丈夫ですか!すぐ外します!」
ひのは驚き、震えた声で言う。
「皆さん……どうしてここに……!」
「ひのさんを助けに来たんです」
「なぜですか!私を助けたら戦になっちゃうんですよ‼」
経丸はひのの頭を優しくポンポンと叩いた。
「例え戦になっても…… 私たちはあなたを見殺しにしません」
ひのは涙目になった。
その横で――
ガチャガチャガッシャーン‼
士郎と河野が手錠を外し、とんでもない音を立てた。
皆、蜘蛛の子を散らすように逃げた。
◆城兵が押し寄せる
「おい!何の音だ‼」
城兵が駆け込んできた。
「お前ら何してんだ‼ 人質をどうするつもりだ‼」
河野は堂々と、
「あちゃ〜、お疲れ様です」
「“あちゃ〜”じゃねぇ‼」
河野はひのの手を引きながら、
「お疲れさまでした」
と城兵の前を堂々と歩いて行く。
城兵は一瞬固まったが、すぐに襟を掴んだ。
「おい、待て‼」
河野は大声で叫ぶ。
「士郎さん‼ 話がちが〜う‼」
「お前‼ それがしの名前出すな‼」
「士郎さんが言ったんですよ‼ 堂々としてれば大丈夫だって‼」
「言ったけど違う‼」
「言ったのに違う? 日本語って難しいですね」
「お前ら何者だ‼」
士郎は震えながら名乗った。
「安房が産んだ英雄、人呼んで人気者の外岡士郎…… ちなみに妹は安房の天才・外岡凛です」
物陰の凛は叫ぶ。
「バカ兄貴‼ 私の名前まで出すな‼」
◆亀田登場
そこへ―― 小太りの禿げ頭の五十代男、亀田栄助が現れた。
「何の騒ぎだぁ〜‼」
その声は―― 宇宙人みたいに甲高かった。
(やっば……笑っちゃう……笑っちゃダメだ……)
しかし横で河野が――
「アハハハ‼ 変な声‼ めっちゃ変な声‼」
大爆笑。
士郎は凍りついた。
亀田はブチギレ、河野の胸倉を掴む。
「おめぇ‼ ぶっ殺す‼」
「待ってください‼ 場を和ますために変な声出してるんじゃないんですか‼」
「何で俺がてめぇのために和ますんだ‼」
「じゃあ敵が増えただけじゃないですか!士郎さん!」
「そ、そうだな……」
士郎は恐怖で放心し―― 大量におしっこを漏らした。
「うわぁ‼ こいつ漏らしてる‼」
「汚ねぇ‼」
「お前ら殺せ‼」
城兵が迫る。
ひのは震えながらも、士郎と河野の前に立った。
「待ってください‼ このお二人は関係ないです‼」
「関係ねぇよ‼」
亀田が怒鳴る。
河野はまた笑う。
「すみません、その声真剣でしたね。もう慣れてきました。素敵な声です」
ひのは土下座し、泣きながら叫んだ。
「何でも言う事聞きます‼ 私を好きにしていいです‼ だからこのお二人を許してください‼」
亀田はひのの髪を掴み、顔を上げさせた。
「その表情最高だね。 じゃあ許そう」
「ありがとうございます……」
河野が淡々とした口調で
「あっ、城が燃えている」
「は?」
亀田が振り返ると―― 本佐倉城が燃えていた。
亀田は慌てふためき大声で
「おい‼ なんで城が燃えてるんだ‼ 早く消火しろ‼」
城兵たちは消火に走った。
◆経丸と片倉、登場
残った兵が少ないのを確認し、 経丸と片倉が姿を現した。
「私はひのさんの仲間として…… あなた達を絶対に許せない‼」
片倉は刀を抜く。
「さぁ、殺りますか」
凛はひのを抱きかかえた。
「安心して。もう大丈夫だから」
◆戦闘開始
「お前ら行け‼ ひねり潰せ‼」
体格のいい城兵が襲いかかる。
しかし――
経丸と片倉は一瞬で五人を斬り殺した。
亀田は震えた。
「バッ、バケモノだ‼ 援軍を呼べ‼ 全員ここに来い‼」
その瞬間――
片倉が一瞬で間合いを詰め、亀田の首を刎ねた。
皆、凍りついた。
「おい!いきなり殿を斬るとは卑怯だ‼」
「そうだ‼」
片倉は冷静に言う。
「敵の援軍を待って戦うバカがどこにおろうか」
城兵は何も言い返せなかった。
◆脱出
「若、敵が押し寄せるのも時間の問題です。逃げますか」
「そうですね。逃げましょう」
経丸はひのの手を握り、走り出した。
皆も続く。
しかし――士郎だけが放心状態で立ち尽くしていた。
「兄貴、行くぞ‼」
凛は士郎の頬を叩く。
「おい兄貴‼」
士郎は動かない。
凛は叫んだ。
「お漏らし野郎行くぞ‼」
そして―― 士郎のお尻を思いっきり蹴り上げた。
「痛ったぁ‼ って“お漏らし野郎”はないだろ‼」
「先行くよ‼」
「待てよ‼」
士郎は凛を追いかけた。
逃げる途中、本佐倉城を放火した張本人――稲荷と合流した。
そして全員、無事に館山城へ帰還した。
翌朝七時。
天羽家の広間には、皆が揃って朝食を囲んでいた。 食事を終えると、士郎が真剣な表情で口を開く。
「ねぇ、ひのちゃん。何があったのか、全部教えてくれる?」
経丸がすぐに制するように言った。
「士郎さん。ひのさんにとっては、話したくないことかもしれません。無理に聞くのは良くないと思います」
しかし士郎は落ち着いた声で首を振る。
「気を遣ったり遠慮したりするのは仲間にすることですか? それがしは違うと思う」
そしてひのに向き直り、静かに続けた。
「本当に話したくない部分は話さなくていい。ただ……ある程度のことは聞かせてもらいたい」
士郎の真剣な眼差しを受け、ひのは小さく息を吸い込む。
「……私、すべてを話します」
広間の空気が一気に張りつめ、皆がひのを見つめた。
「私は……あの亀田という男に、強引に結婚を迫られていました。嫌でした。でも相手は権力者。逆らえないと思って、半ば諦めていたんです」
ひのの声が震える。
「でも……経丸さんが、自分より強い勢力に屈せず戦ったと聞いて……私は、私は……わがままですけど……」
涙がこぼれ、言葉が詰まる。
「経丸さんに助けてもらいたいと思ったんです。だから逃げました。経丸さんなら、私の気持ちをわかってくれると思って……」
そして深く頭を下げた。
「ごめんなさい。私のわがままで、皆さんを危険な目に合わせてしまって……」
その瞬間、経丸が珍しく大きな声を上げた。
「わがままなんかじゃないです‼」
ひのが顔を上げる。
「必死に生きようとして、私を頼ってくれた……! 私は、ひのちゃんの行動がとても嬉しいです‼」
「経丸さん……」
経丸はひのを力強く抱きしめた。
「安心して。私たちは、ひのちゃんの一番の味方だから」
「……ありがとうございます」
さらに抱きしめる力が強くなり、凛が慌てて声を上げる。
「なんか、経丸さん力入りすぎてない?」
片倉がひのの顔を覗き込み、目を丸くした。
「あっ……ひのちゃんの顔、青ざめてきてる」
凛が叫ぶ。
「経丸さん! 抱きしめる力強いです‼」
経丸が慌ててひのを離すと、ひのはぐったりと倒れ込んだ。
「ごめんねひのちゃん‼ 大丈夫⁉」
ひのはか細い声で答える。
「……死ぬかと思いました。声も出なかったです……」
その言葉に、皆が吹き出した。
士郎が経丸を指差しながら言う。
「ひのちゃん、亀田より強敵がここにいたね」
「はい……強敵でした」
経丸は頬を膨らませる。
「士郎さん、いじわる‼」
また笑いが起こる。
士郎がひのに向かって言う。
「ひのちゃんも乗らなくていいから(笑)」
「すみません(笑)」
経丸が手を叩く。
「皆さん! せっかくひのちゃんが仲間になったので、今日の夜お祝いしませんか?」
士郎は大喜びで手を叩いた。
「いいね経丸さん! その案最高だよ。なぁ、河野!」
河野は胸を張って叫ぶ。
「最高すぎて……」
皆が首をかしげる。
「最高すぎて?」
そして河野は全力で叫んだ。
「最高です‼」
広間が一気に盛り上がる。
「じゃあ早速やろうぜ!」
仕切ろうとする士郎に、凛が呆れた声をかける。
「兄貴、経丸さんを押しのけて仕切ろうとするな」
「あ、ごめん。そんなつもりじゃ……」
「でしゃばっちゃダメですよ! お漏らしさん」
一瞬、空気が止まった。
河野が小声で「あっ、間違えた士郎さん」と言った瞬間、皆が爆笑する。
士郎は笑いながら河野にヘッドロックをかける。
「誰がお漏らしさんだ‼わざとだろ‼」
河野はとぼけた顔で言う。
「ホ?ホケキョ?」
「てめぇ!」
士郎が再びヘッドロックをかけようとした時、横で片倉がひっくり返ったゴキブリのような姿勢で大笑いしていた。
「おい、笑いすぎじゃねぇか片倉さん‼」
片倉は腹を抱えて転げ回る。
「苦しい、苦しい、辛い、辛い……!」
ひのが真顔で言う。
「今度から“お漏らしさん”ってお呼びした方がよろしいですか?」
士郎は優しいツッコミを返す。
「言いわけないよね、ひのちゃん!」
また笑いが起こる。
片倉は涙目で叫ぶ。
「ほんと、やめて……ほんとにやめて……!」
笑いすぎて過呼吸になっていた。
その夜。
ばぁやんが腕によりをかけた豪華な料理を囲み、 士郎たちは笑い声の絶えない宴を楽しんだ。




