第十六話
夕方。
稲荷が経丸の部屋を訪ねた。
「経丸さん、手紙が来てます」
差出人は――亀田栄助。
経丸が封を切ると、そこには短く恐ろしい文面が書かれていた。
『ひのをよこさなければ兵を差し向ける』
経丸は読み終えると、ふぅーっと深いため息をつき、手紙を机に置いた。
(……また来る気だな)
経丸の胸に、重い不安がのしかかった。
◆深夜二時、士郎の妄想
その夜。
士郎は寝床で、幸せそうに寝ていた。
すると――夢の中で経丸が現れた。
「士郎さん……相談に乗ってもらいたいんですけど……」
(おっ!経丸さんがそれがしに相談!? これは……まさか……)
「士郎さん……実は……あなたのことが好きなの! 大好きなの! もうこの気持ち隠しきれない‼」
「えっ!えっ‼ えええええええええ‼ 嘘……それがしも経丸さんのこと大好きです‼」
「それなら……私とキスしてください」
「キ、キス⁉それは少し早くないですか!?」
経丸は甘えるように、めちゃくちゃ可愛い表情で言う。
「だって……士郎さんのことが大好きなんだもん‼」
「わ、わかりました……!」
士郎は両手を広げ、キスしようと目を閉じ――
ゴチーーーン‼
「いてぇぇぇぇぇぇぇぇ‼」
士郎は飛び起きた。
◆河野、夜中二時の襲撃
目を開けると、木刀と提灯を持った河野が立っていた。
「あっ、士郎さん。おはようございます」
「お前……それがしの枕元で何してんだ……?」
「昨日、士郎さんと訓練の約束してたのに出来なかったので、今日やろうかと」
「今? 何時?」
「二時です」
「えっ!嘘だろ!?」
「ホントです‼」
士郎は動揺しまくる。
「マジかよ!えっ!えっ‼ それがし人生で初めて寝過ごした‼ 皆はどうしてる⁉」
「士郎さん、うるさいです! 静かにしてください‼ まだ皆寝てるんですから」
「はぁ? 二時だろ!寝てるわけないだろ‼」
「寝てるに決まってるじゃないですか! 夜中の二時なんですから」
士郎は外を見て驚く。
「夜中の二時……⁉めちゃくちゃ真っ暗じゃん‼」
「だからそう言ってるんですけど」
「早すぎんだろ‼ 人を起こす時間じゃないだろ‼ オバケが起きる時間だぞ‼」
「あっ!やっぱりそうか‼」
「何が?」
「士郎さん、何かにチューする時の顔してたので、オバケに乗っ取られてると思って、 この木刀で思いっきりひっぱたいて助けました‼」
「てめぇ‼ 夜中の二時に木刀で思いっきりひっぱたいたのか‼」
「はい!僕のおかげで士郎さん助かったんですよ‼ 士郎さん、なんかチューしてたんですよ‼」
(あれ見られてたのか……‼)
士郎は顔を真っ赤にして言う。
「いいか……それがしがチューしてたこと、皆には言うなよ」
「何でですか?」
「オバケにやられてたって言うと……皆心配するだろ」
「あっ、確かに」
士郎は河野の手を握る。
「ありがとう……君がいなければ、それがしはオバケに乗っ取られてたよ」
「僕って士郎さんの命の恩人ですか?」
「うん、命の恩人だ。ありがとう」
河野は大声で言う。
「しかし変わったオバケですね‼ 士郎さんをチューさせようとするなんて‼」
「声が大きい‼ 皆起きちゃうだろ‼」
河野は士郎の口元に人差し指を当てて、
「シッー!士郎さん、皆寝てます。静かにしましょう」
「てめぇが言うな‼ あと自分の口元に指当てろ‼」
河野は士郎の服の袖で指を拭きながら、
「すみません」
「お前、さりげなくそれがしの服で拭くな‼」
◆夜襲訓練(失敗)
「とりあえず、やりましょうか」
「暗くて見えないだろ」
「士郎さん、戦には夜襲だってあります。 この暗さに慣れておきましょうよ」
「まぁ確かに一理ある。夜襲特訓するか」
「早起きはちょっと得するって言いますからね」
「三文の得な‼」
二人は外に出て稽古を始めたが――
「くらぁ〜い‼ 見えな〜い‼ 恐〜い‼」
「河野静かにしろ‼」
結局、まともに稽古できなかった。
朝五時。
経丸と片倉はいつもの稽古を終え、汗を拭いながら向き合った。
「片倉さん……私は、ひのさんを守りたいです。 亀田家は天羽家より強いですが…… 戦になってでも、私はひのさんを守りたいです」
片倉は優しい声で答えた。
「私は若と同じ気持ちです。 若が守りたい者は、全て守るのが私の使命です」
「片倉さん……ありがとうございます」
「いえ。私は、若を騙して殺そうとした奴らが許せないだけです。 正直、私一人でも奴らを始末しに行くつもりでした」
二人は固く握手を交わした。
◆ひのの失踪
経丸が縁側で休んでいると、凛が駆け寄ってきた。
「経丸さん!」
「どうしたんですか?凛ちゃん」
「ひのちゃんの枕元に……こんな手紙が置いてありました」
凛が差し出した手紙には――
『少し外に出て行きます』
経丸の顔が一瞬で青ざめた。
「これは……もしかして…… 私と片倉さんの会話を聞いて…… ひのちゃん、亀田の所に行ったのかもしれません」
「えっ!? どういうことですか?」
経丸は凛に状況を説明し、凛は急いで片倉を呼びに走った。
三人が真剣に話し合っていると――
◆士郎、空気を読まず登場
「士郎〜士郎〜外岡士郎〜! それがしは安房の国の英雄だ〜‼」
士郎が陽気に歌いながら凛の肩を叩いた。
「どうしたんだ?そんな深刻そうな顔して。パッとしないなぁ。こんないい天気の日に城に籠ってちゃいけないよ」
凛は呆れながら言う。
「いつもならツッコむけど、今はそれどころじゃないの」
「何がどうしようもない歌だ!それがしの名曲を!」
凛は真剣な表情で言った。
「ごめん、ホントに静かにして。今、ひのちゃんが亀田の元に行ったかもしれないって話してるの」
「えっ⁉じゃあ、さっき城の外を歩いてたのは……亀田の所に向かうためだったのか!」
経丸は勢いよく士郎に詰め寄る。
「えっ、ひのちゃんを見たんですか‼」
「見ましたよ」
経丸は士郎の両肩を揺さぶる。
「いつ見たんですか‼ いつですか‼」
「一時間くらい前に、富田亭の前で……」
(やっぱり……ひのちゃんは責任を感じて……)
経丸は深く息を吸い、皆に向き直った。
「皆さん……すみません。 ひのさんを連れ戻すの、協力してくれませんか?」
◆天羽家、決起
片倉が丁寧に答える。
「もちろん協力させていただきます」
凛も力強く頷く。
「私も協力します」
士郎は状況を整理しようとする。
「待って。ひのさんはなぜ亀田家に狙われてるんですか?」
「理由はまだわかりません。 でも、ひのさんが窮地なのは確かです。 私はひのさんを救いたいんです‼」
士郎は片倉に尋ねる。
「敵の兵力は?」
「本佐倉城の城主で、下総を支配している。八千の兵を動員できる」
稲荷が呟く。
「これは絶対に勝てない相手だな」
「何言ってんだ‼ チビル‼ 天羽家は絶対に勝てる‼」
「嘘つくなよ。兵力差を考えれば負ける。 皆は負けると分かってて戦うのか?」
士郎は稲荷の胸倉を掴む。
「お前‼ なぜ勝てると嘘をつかない‼ なぜ皆の士気を下げることを言うんだ‼」
「俺は嘘が大嫌いだ。必要な嘘?そんなの嘘つく奴の言い訳だ」
「てめぇ‼」
士郎は稲荷を殴った。
「士郎さん‼ 何やってるんですか‼」
「こいつは殴られなきゃわかんないんですよ‼」
経丸が必死に止める。
「いい加減にしてください‼ 仲間に手を出すのは絶対に許しません‼」
士郎は稲荷に向き直る。
「手を出したのは悪かった」
「うん、わかった」
「いや、お前も悪いだろ‼」
「謝ってから言うなよ」
「てめぇ‼」
険悪な空気の中――
「やるしかねぇ‼ 勝つしかねぇ‼」
河野の大声が響いた。
皆が一瞬止まる。
「嘘かホントかなんて、戦ってみないとわかんないですよね。片倉さん」
片倉は穏やかに微笑む。
「そうだね。戦わないとわからないよね」
士郎は河野の頭をぐしゃぐしゃにしながら叫ぶ。
「ありがとう‼ お前の言う通りだ‼」
稲荷も拳を握る。
「まぁ、やるしかないか・・・」
士郎は大声で叫ぶ。
「相手は強敵だけど……」
皆が声を揃える。
「だけど?」
「てめぇら‼ 怯むんじゃねぇぞ‼」
凛が冷静に言う。
「どの口が言ってんだか」
「何だと‼」
片倉が笑いながら言う。
「士郎君こそ怯んでるんじゃないのか?」
「そんな事ないわ‼」
片倉が手を挙げた。
「気合を入れる一発おもろいを思いつきました!」
「えっ?」
士郎がツッコむ。
「片倉さんが?戦いの前に一発おもろい?」
「士郎君、一晩ふとんの中で必死に考えたんだ。 だから聞いてよ」
経丸が優しく言う。
「片倉さん、ぜひお願いします」
片倉はニヤニヤしながら言った。
「皆、笑っちゃうよ。大爆笑間違いなしだよ」
士郎は心配そうに。
「大丈夫ですか?そんなに期待させて」
「大丈夫。笑いの神が降りてきたから」
「はぁ……」
「では―― 片倉水道で一発おもろい!」
皆が静まり返る中、
「ふとんが吹っ飛んだ」
「……」
沈黙。
片倉は動揺し、士郎に近づきながら連呼する。
「ふとんが吹っ飛んだ ふとんが吹っ飛んだ ふとんが吹っ飛んだ」
「近い!近い‼」
おでこが当たる距離で続ける。
「ふとんが吹っ飛んだ」
士郎は思わず笑った。
「いや、これはズルいって‼ 笑うまでずっと来るのは反則だろ‼」
片倉は安堵の表情。
「よし、笑ったね。これで俺はスベってない」
経丸が淡々とした声で言う。
「片倉さん、勇気ある一発ギャグありがとうございました」
皆が拍手。
「……勇気ある一発ギャグって言われるの、辛いなぁ……」
士郎は笑いながら片倉の背中をさする。
「つまらないとは言わない経丸さんの優しさだよ」
「わかってるよ……だからこそ辛いんだぁ……」
◆天羽家、決起
片倉は立ち上がり、明るい声で言った。
「さぁ、切り替えて!経丸さんお願いします!」
経丸は少し照れながらも、皆を見渡し――
「行きますよ! 安房の国――‼」
皆が声を揃えて叫ぶ。
「魂‼」
こうして天羽家は一致団結し、 ひの救出のために立ち上がった。




