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第一話

――翌日、安房の村は血に染まっていた。


その惨劇を、天羽家の者たちはまだ知らない。


二十歳の坊主頭の青年・外岡士郎は、雑木林を抜ける山道を歩いていた。  背中には山盛りの野菜と魚。  

その重さにふらつきながらも、士郎の顔は妙にニヤついている。

理由は単純だった。  

彼は今、妄想の世界に浸っていた。

◆妄想の中のインタビュー

「士郎さん、士郎さん!  館山城主の娘、天羽経丸様とお付き合いされているという快挙、おめでとうございます!」

白い背景、キラキラした光。  

士郎は少し格好をつけながら、当然のように頷いた。

「あぁ、ありがとう」

「今回の成功の秘訣は?」

「まぁ、自分から勇気を振り絞って告白したことかな」

「さすが士郎さん! 天羽経丸様に告白して成功できる男は、日ノ本中探しても外岡士郎さんだけですよ!」

士郎はニヤニヤしながら、わざとらしく手を振る。

「まぁまぁ、そんなホントの事言うなって」

「最後に、恋に悩む皆さんへ一言お願いします!」

士郎は人差し指と親指を立て、顔の横でキメポーズを作った。

恋愛ゆめは諦めず、勇気を持って行動すれば必ず叶う」

「以上、外岡士郎さんからでした!」

士郎は満足げに笑い、

「皆、それがしの成功に続けよ」  とドヤ顔で締めた。

◆現実:ゴーン‼

――次の瞬間。

ゴーン‼

「イテテテテテテテ‼」

士郎は木に思い切り激突し、涙目で指を見つめた。

(ヤバい……折れたかも……)

痛みに耐えながらも、士郎は自分を奮い立たせるように叫ぶ。

「安房の国の英雄‼ 外岡士郎‼  こんなところでくじける男じゃない‼」

その声が雑木林に響いた。

すると――

「うるせぇなぁ‼」

茂みから怒鳴り声が返ってきた。

「す、すみません‼」

◆野武士、十人現る

茂みが揺れ、十人の野武士が姿を現した。  

士郎を囲むように広がり、鋭い視線を向けてくる。

「お前の声で耳がおかしくなった。  持ってる金、全部置いてけ」

士郎は申し訳なさそうに頭を下げた。

「すみません……しかし、それは出来ませぬ」

リーダー格の大男が、無精ひげを撫でながら言う。

「じゃあ殺す。皆、刀を抜け‼」

野武士たちは一斉に刀を抜き、士郎へ向けた。

士郎は恐怖で全身を震わせ、声が裏返る。

「えっ‼ えっ‼ 待って‼ 待ってください‼」

(このままじゃ殺される……!  威圧するしかない‼)

士郎は震える声で、必死に威厳を出そうとした。

「待ってください!それがしを誰だと思ってますか‼ それがしはですねぇ――」

野武士たちは声を揃えて言った。

「安房の外岡士郎」

「なんで⁉ なんでそれがしの名前知ってるんですか⁉」

「胸に書いてあるからな」

士郎は慌てて胸を見る。

そこには――  『外岡士郎(安房村)』 と大きく縫い付けられていた。

「あっ……ああああああああ‼  母さん‼ それがしが落とし物するからって‼」

士郎は頭を抱えた。

「ヤバい‼ 打開策が全く思い浮かばない‼」

野武士たちが一斉に襲いかかる。

◆片倉、颯爽と登場

士郎は恐怖で刀も抜けず、ただ震えるだけだった。

(終わった……‼)

その瞬間、士郎の背後から影が走った。

次々と野武士が斬り倒されていく。

倒れた野武士の心臓を容赦なく突き刺す男――  片倉だった。

(片倉さん……‼ 助かった……‼)

しかし、片倉の容赦のなさに士郎は思わず声をかける。

「片倉さん、もういいんじゃ……」

「ダメだよ士郎君。  クズは徹底的に滅ぼさなきゃ」

(やり過ぎじゃ……?)

全員の息の根を止め終えると、片倉は刀を収め、士郎へ手を差し出した。

「怪我はない?士郎君」

「ありがとうございます。おかげさまで無傷です」

片倉は優しく微笑む。

「よかった」

「まさか迎えに来てくれたんですか?」

「帰りが遅いから心配でね」

「彼女かよ‼」

片倉は照れたように笑った。

◆士郎の“節約精神”

「士郎君、お漏らしは治ったか?」

「治ってます‼ 当たり前でしょ‼」

※実際はさっき少し漏らしている。

片倉が手を差し出す。

「荷物、持つよ」

「えっ、持ってくれるんですか‼」

「重そうだしね」

士郎は倒れた野武士の刀を拾い始めた。

「相変わらずだな士郎君」

「お金になりますからね」

着物も褌も根こそぎ回収する士郎に、片倉は困惑する。

「褌はやめなよ……汚いし」

「布ですよ。洗えば売れます」

「いや、そうじゃなくて……」

片倉は苦笑しながら言った。

「次から運び屋使いなよ。天羽家の金で払えるんだから」

「浮いたお金は天羽家に返してます」

「えっ?自分の懐に入れないの?」

「片倉さん、それは泥棒ですよ」

「じゃあ何で運び屋使わないの?」

「それがしが楽するために天羽家のお金を使うのはもったいない‼  経丸さんが節約してるんだから、それがしも節約しないと」

片倉は感心したように目を細めた。

「士郎君って……偉いんだね」

「偉くないですよ。  それに、こんな大荷物持って山登れば体も鍛えられますし」

黒髪を腰まで伸ばした上品な顔立ちの少女が、田んぼの中で泥にまみれながら笑っていた。  

その姿は、村人たちの誰よりも楽しそうだった。

「姫様、お茶とおむすびの用意ができました。一旦お昼にしましょう」

呼びかけに、少女――天羽経丸はぱっと顔を上げた。

「お昼ですか‼」

頬に泥をつけたまま、経丸は村人たちと並んで座り、おむすびを頬張る。  その笑顔は、城に住む姫とは思えないほど素朴で、温かかった。

そこへ、農民の子供が声を上げる。

「あっ、士郎と片倉さんだ‼」

士郎と片倉が田んぼ道を歩いてくる。  士郎は子供に近づき、優しく頭を撫でた。

「よっ、太郎」

「士郎、経丸様もいるよ」

「知ってるよ」

経丸はおむすびを頬張りながら、二人に向かって微笑んだ。

「士郎さん、片倉さん。お疲れ様です。お先にいただいています」

「お疲れ様です」

二人が挨拶を返したところへ、八十五歳の老婆――士郎の“ばぁやん”がやってきた。

「士郎、お疲れ様」

「ばぁやん、ごめんごめん、遅なって」

「じゃあ、早速これで味噌汁作るわ」

士郎は親指を立て、決め顔で言う。

「ありがとう、ばぁやん」

「お安い御用さ」

しばらくして味噌汁が配られた。  

士郎は一口飲んで、目を輝かせる。

「うまい! マジでうまい! さすがばぁやん‼」

「そう? 味濃くない? 大丈夫?」

経丸も優しい笑顔で頷いた。

「おばあ様、すごく美味しいです」

「経丸様がそう言ってくださるなら良かったです。  士郎の馬鹿舌じゃ不安で」

「ばぁやん、孫にそんな辛辣なこと言う?」

士郎が笑いながらツッコむと、ばぁやんも笑った。

「孫だから言うのよ」

「そっか、そりゃそっか」

二人は顔を見合わせて笑う。  その様子を見て、経丸は柔らかく微笑んだ。

「仲良くていいですね」

「そうね」「そうだね」

士郎とばぁやんが同時に返し、周囲は笑いに包まれた。

◆子供たちと士郎

「おい士郎! 食べ終わったら俺たちと鬼ごっこな!」

子供たちが元気よく声をかける。

士郎は胸を張って答えた。

「おっ、いいだろう!  それがしは鬼ごっこの神様って言われてるから相当強いぞ‼」

「じゃあ士郎から鬼な!」

「待て待て、じゃんけんで決めるんじゃないのか⁉」

「鬼は士郎に決まり‼ 逃げろ〜‼」

子供たちは一斉に走り出し、士郎も笑いながら追いかけていった。

◆翌日――惨劇

翌朝。  

片倉が領民に呼ばれて向かった先には、信じがたい光景が広がっていた。

子供から大人まで、何人もの村人が斬られ、地面に倒れている。

片倉は静かに手を合わせ、深く頭を下げた。

「……仇は必ず取ります」

その声は低く、怒りを押し殺していた。

◆館山城にて

その日の夕方。  片倉は申し訳なさそうに士郎へ頭を下げた。

「ごめん、士郎君。今夜飲みの予定だったけど、急遽急ぎの用事ができてしまった」

「あっ、そうなんですね」

片倉は士郎の肩を優しく叩く。

「ごめんね。今度必ず埋め合わせするから」

「片倉さんが急遽断るってことは……よっぽどの用事なんですね」

「まぁね」

片倉は士郎と別れ、経丸の部屋へ向かった。

◆経丸の決意

片倉は経丸の部屋の前で膝をつき、襖越しに声をかけた。

「若、大事なお話があります。少しお時間いただけないでしょうか」

経丸は襖を開け、真剣な表情で頷いた。

「はい。ここでお話しますか?」

「入ってもよろしいのでしょうか」

「はい、どうぞ」

片倉は部屋に入り、深く頭を下げた。

「今朝、都賀勝敏の者たちにより……  安房の領民十三人が、いきなり斬り殺されました」

経丸の表情が凍りついた。

しばらく沈黙が続き――  経丸は拳を握りしめ、立ち上がった。

「……絶対に許せない‼」

その声は震えていたが、強い意志が宿っていた。

「片倉さん、すぐに戦の準備を。  都賀勝敏を討ち取りましょう‼」

片倉も力強く頷く。

「はい! もちろんです‼」

こうして天羽家は、都賀勝敏を討つべく戦支度を始めた。





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