最終話
最終話です!
「真白、旅に出ないか」
聖夜が明けた朝、二人は縁側に腰掛け庭を眺めていた。傍らには昨夜救った仔猫が、その小さな身体に見合わないほど大きく腹を上下させながら寝息を立てている。
藤樹の唐突な提案に真白は片眉を跳ね上げた。
「あれ、藤樹、私と結婚するんじゃなかったの?」
「まだ結婚するとは言ってない」
男は訝しむ女の鼻先を笑いながらつついた。
真白はむう、と口を尖らせる。
「傍にいてくれるって言ったじゃない」
「だから、一緒に旅に出るんだろう」
え、と真白は驚いた顔で藤樹を見上げる。
「それって――」
「一人前の占星術師になるんだろう。女人の一人旅は危ないからな。俺もついていく」
女は胸が温かく満たされていくのを感じた。
藤樹の妻になるなら占星術師としての夢は諦めるつもりでいたが、彼はその夢を一緒に追ってくれると言うのだ。
こんなに幸せでいいのだろうか。真白は思わず頬をつねる。
「何をしている」
「夢じゃないかと思って」
すると藤樹は彼女がつねった方の頬を労るようにふわりと撫でた。
「それは俺も同じだ。まだ夢じゃないかと疑っている」
「夢じゃないよ」
真白は真剣な面持ちで藤樹の黒瑪瑙の瞳を見つめる。彼はさらに笑みを深くすると、愛する女の額に自らの額を寄せた。
「ああ、夢じゃない」
***
「なんだ、丸く収まっちまったな」
閼伽は面白くなさそうに遠くの紫山に植わる大きな桜の木に腰掛けて真白と藤樹を見ていた。
「あんた、いよいよ娘が嫁に行っちまうみたいだけど、本当に会わなくていいのか」
彼はそう言うと後ろの白藤の大木を振り返る。
「大丈夫、私は今までどおり一番近くで見守るだけだ」
桜の化生に声をかけられた人物はそう答えた。
「まだ取り憑く気かよ、悪いやつだな」
彼は一転面白そうに、呵々と声をたてる。
「あんた、紫山にしばらく眠って姿は取り戻したんだろう。一度ぐらい顔を見せてやってもいいんじゃないか?」
「私はここから離れることはしない。夫が寂しがってはいけないからな」
白藤に腰掛けた人物の返答に、閼伽は鼻を鳴らして笑った。
「へ、蜜月なこって。親子共々伴侶と仲睦まじくて結構なことだ」
「おまえは? これからどうする?」
今度は閼伽が問われる立場となった。彼は大きく伸びをすると、腕を頭の後ろで組む。
「さあな、またちょっかいかけに行くかな――」
「おまえも、あの子を好いているのだろう」
そう言うと白髪の少女は翠玉の目を細めてうっとりと首を傾げた。閼伽は一瞬、虚を突かれたように固まったが、またすぐに元の軽薄なにやけ面に戻る。
「俺のはあんたらのとはちょっと違うかな」
そう言うと、彼は金を食んだ黄水晶の瞳を凝らして遠く高い空を見上げた。
「俺はあいつが必要とするとき、傍にいてやれればそれでいい」
そして意外そうな顔でこちらを見ている白藤の化生に悪戯っぽく笑いかけた。
「これもまた、愛ってやつだ」
白藤の化生――不知火は、ふ、と笑みを溢すと、そうか、と一言呟いた。
二体の化生は再び、遠く離れた市街の縁側に目をやった。
そこには仲睦まじく寄り添う二人の姿がある。
冬晴れの日差しは暖かく、真白と藤樹の門出を祝うかのように明るく降り注いでいた。
――終――
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