機関士の策と蛇剣の舞
トウカツ港を出た直後から、戦いは始まった。追跡する三隻の海軍の巡視艇は、ブラッド・レイヴンよりも小型で機動性に富んでいた。船体には海軍式魔導砲が装備されており、容赦なく砲弾を打ち込んでくる。
「くそ!追いつかれるぞ!」ジーロは舵を握り、岩礁の合間を縫って巧みに操船したが、海軍の速力には敵わなかった。
「レン!甲板を頼む!グラップリングフックを阻止しろ!」ジーロが叫ぶ。
「海賊に命令される筋合いはない!」レンは吐き捨てたものの、その動きは迅速だった。彼女は船縁に立ち、腰から下げた蛇剣を引き抜いた。
海軍の一隻が間合いを詰め、船体を引っ掛けるための鉄製の鉤を打ち込んできた。
ヒュン!
レンの蛇剣が閃光のようにしなった。鉤が船体に到達する寸前、彼女は蛇剣の鋭利な刃で鎖の連結部分を正確に叩き切った。鎖は火花を散らし、そのまま海に沈んだ。
「驚異的な精度だ!」ミンは彼女の技術に感嘆しつつ、機関室のハッチを開けて叫んだ。「ジーロ船長!このままでは追いつかれます!エンジンに限界が来ています!」
「分かっている!他に手はないのか、技術屋!」
ミンは周囲の状況と機関の構造を瞬時に分析した。彼は、魔法蒸気機関の安全弁が、過剰な魔力蒸気を排出するために船底に設けられていることを思い出した。これは通常、機関の暴走を防ぐための機能だが、逆の利用法があるはずだ。
「あります!緊急排出用の安全弁を利用します!過剰な魔力蒸気を後方に噴射させ、一時的なマナ・ジェット推進を生み出す!」
「何を馬鹿な!機関が爆発するぞ!」
「爆発はしません!一時的に圧力を超負荷させますが、私の計算では数分間は耐えられます!この港から脱出する一瞬の加速を生み出せるはずです!」
「数分だと?命がけの賭けだな…いいだろう!ミン!お前の科学に賭ける!やれ!」
ジーロの許可を得て、ミンは機関室に飛び込んだ。彼は熱を帯びた配管を無視し、マナ結晶炉の隣にある二つの巨大な排気バルブにたどり着いた。彼は自らの体をベルトで固定し、万能レンチを最大のテコとして利用した。
「いけえええ!」
ミンは全身の力を込めて、二つのバルブを一気に解放した。
ゴオオオオオオオ!!!
船底から、黄金色に輝く魔力蒸気が海中へ向かって猛烈な勢いで噴き出した。まるで海中から二本の光の尾を引いたかのように、ブラッド・レイヴンは今まで経験したことのない推進力を得て、前方に跳ね上がった。
「な、何だこの速さは!?」レンは驚愕し、風圧で髪を乱しながら叫んだ。
この加速は一瞬のチャンスだった。レンは迷うことなく、最も接近していた海軍艇に向かって甲板から飛び出した。彼女は加速で生じた慣性力を利用し、蛇剣を足場のようにして、空中で二回転した。
「邪魔だ!」
着地した彼女は、海軍艇のプロペラシャフトを狙い、蛇剣の先端で完璧に切り裂いた。彼女は海軍の誰にも触れることなく、その船の動力を完全に停止させた。
そして、ブラッド・レイヴンが通り過ぎる寸前、彼女は再び船へと跳躍し、甲板に見事着地した。
後方では、三隻の巡視艇のうち一隻が航行不能となり、残りの二隻も岩礁に衝突するのを恐れ、追跡を諦めた。
ブラッド・レイヴンは追っ手を振り切り、広大な青い海へと出た。
ミンは機関室で脱力し、蒸気に濡れた顔で深呼吸をした。機関は軋んでいたが、彼の即席の対策は成功した。
甲板に戻ると、レンは静かに蛇剣の血を拭っていた。彼女はミンを一瞥し、そしてジーロに向かって言った。
「あの馬鹿げた加速と白い煙。あれがあなたたちの海賊の力か。認める。しばらくは、この船で厄介になる。ただし、私の正義を邪魔するなら、容赦しない」
ジーロはレンの肩に豪快な腕を回した。
「ハハハ!もちろんさ!技術と剣と海魂が揃った!これで俺たちの海賊団は、アゼオスで最も厄介な存在になるぞ!」
新たな仲間を乗せ、ブラッド・レイヴンは、水平線に広がる巨大な積乱雲、**『雷雲の島』**へと針路を取った。
[終わり]




