魔法蒸気機関と初航海
ジーロは荒々しくいかだの帆を張り、岩礁地帯へと突き進んだ。彼の表情は真剣そのもので、先ほどの陽気さは完全に消えていた。背後からは、帝国海軍の巡洋艦「黒いカモメ」が重々しいエンジン音を響かせながら迫ってきている。
「急げ、ミン!奴らはもうすぐだ!」ジーロは叫び、岩礁の隙間を縫うように操縦した。
数分後、彼らは目的の場所へたどり着いた。そこには、珊瑚礁に巧妙に隠された小さな帆船が係留されていた。船体は古びているが、優雅な曲線を描き、船首には鋭いカラスの木彫りが飾られている。船の名は**「ブラッド・レイヴン(血鴉号)」**。
二人が船に飛び乗るや否や、ジーロは船底にある機関室のハッチを開けた。
「ここだ!この『魔法蒸気機関』が止まっている!さあ、技術屋、お前の出番だ!」
ミンは薄暗い機関室に滑り込んだ。熱気と油、そして奇妙な金属の臭いが充満している。彼の目の前に広がる光景は、工学の常識を完全に覆すものだった。
機関の中心にあるのは、通常のボイラーではなく、巨大なマナ結晶が埋め込まれた炉だった。この結晶が周囲の水を蒸気に変え、その蒸気が真鍮製の配管を複雑に巡り、船のプロペラを回している。しかし、蒸気の流れは途切れ、結晶は青白い光を放ちながら熱暴走を起こし、危険な高熱を発していた。
「これは…ただの蒸気機関じゃない。魔力と機械工学の融合だ!」ミンは興奮と焦燥が入り混じった声で呟いた。
「どうした?時間がないぞ!奴らは砲撃準備に入った!」甲板からジーロの怒鳴り声が響く。
ミンは即座に状況を分析した。蒸気はマナ結晶の熱を冷まし、同時に動力を生み出す役割を担っている。しかし、主要な排気バルブに奇妙な貝のようなものが詰まっており、蒸気が外部へ適切に排出されていない。その結果、内部圧力が異常に高まり、結晶の魔力放出が不安定になっているのだ。
「問題は動力源じゃなくて、冷却と圧力の制御です!詰まりを取り除かないと、この結晶は爆発します!」
「何をすればいい!?」
「配管の連結を一時的に緩めて、圧力を逃がす逃し弁を作ります!そこの短い鉄パイプと、この革ベルトをよこせ!」
ミンは持てる知識の全てを動員した。彼は船員が置き忘れた万能レンチを掴み、驚くほどの速さで配管の一部を分解し始めた。彼の指は精密かつ的確に動き、まるで普段からこの「魔法」の道具を扱っているかのようだった。
彼はすぐに、詰まったバルブの近くに迂回用のバイパスを作り、革ベルトで即席の固定具を施した。これは完璧な修理ではないが、一時的に圧力を安定させ、船を動かすには十分だ。
「よし、これで圧力が下がる!ジーロ、エンジンを再起動してくれ!」
甲板では、ついに海軍が砲撃を開始した。
ドォン!
水柱が船の数メートル横に立ち上り、船体が激しく揺れた。
「ちくしょう!ギリギリだな!」
ジーロは炉に手をかざし、マナ結晶に向かって呪文を唱えた。
「海魂よ、血鴉に力を!」
結晶の青白い光が、一瞬にして力強い黄金色に変わった。高圧蒸気が再び配管を巡り、船全体が力強い振動を始めた。
「動いたぞ!」 ジーロは叫んだ。
「まだだ!全速力は危険です!バイパスが持たない!」
「大丈夫だ!この岩礁から出るには全速力しかない!捕まるよりマシだ!」
ジーロは舵を握り、船をサンゴ礁の迷路へと突入させた。ブラッド・レイヴンは魔法の力によって驚異的な速さを出し、複雑な岩礁地帯を紙一重でかわしていく。
海軍艦は巨大すぎて追跡できない。岩礁に乗り上げ、怒りの汽笛を鳴らした。
ミンは機関室で汗だくになりながら、即席のバイパスを手で押さえつけていた。熱い蒸気が肌を焦がす。
「なんとか…逃げ切ったか…?」
船が岩礁を抜け、大海原へ躍り出た時、ジーロは満足そうに笑いながら甲板に戻ってきた。
「見事だ、技術屋!本当にやってのけたな!お前の技術は、このアゼオスの魔導士たちの魔法よりも確実だ!」
彼はミンの肩を叩き、満面の笑みを浮かべた。
「これで借りはチャラだ。改めて自己紹介しよう、ミン。私は『嵐を呼ぶジーロ』。そして、このブラッド・レイヴンは、今日からお前の海賊船だ!」
ミンは機関室の出口から眩しい太陽の光を浴びた。目の前に広がるのは、どこまでも続く青い海と、自由に航行する彼の船。
「海賊…」ミンはつぶやいた。この世界では、それは命がけの、そして最も自由な生き方だ。
ミンの心臓は高鳴り、彼の顔には、もう恐れはなかった。
「わかった…ジーロ。この船の機関士として、ついて行きます。代わりに、この世界の全てを見せてくれ!」
新たな物語の航海が、今、始まった。




