き……脆弱
いつのころだったか正しい読みを知ってから無批判に「ぜいじゃく」と読んでいるが何がどうなると「脆」という字を「ぜい」と読むことになるのだろうか。さて、「脆」という字は説文の肉部、月部、そして危部にも存在しない、それもそのはずである。康熙字典には俗脃字とあり俗字なのだから、鮮のように聲符の省を含んでいるわけではなくそもそも字形に意味はない。説文によると脃は小耎易斷也とあり、脃弱、脃いと綴るそのままの意味である。从肉,从絕省とあり聲は絕である。いつから用いられているかはわからないが宋代の廣韻の去聲毳聲に脆は俗であると紹介されている、一方でそれ以前の韻書である唐韻に記述はない。先秦の書でもよく見られるが現存するものは概して後世の写本であり、書き写す際に俗字となってしまったのか或いは古くから俗字も用いられていたのかは分からない。
となると古いものを保存しているものに当たるしかない。山梨県の市川三郷町には碑林公園というものがある、ここでは長安の碑林の複製品がいくつかあり見てそして触れることができる。晋の王右軍将軍の碑は一度は見たほうがよいだろう、晋代の将軍の字が現代の私たちが用いている字とほぼ変わらないという事がきっと貴方の胸を打つだろう。前漢代のものは読みやすいものと読みづらいものがあり、「陳留の誰それが~(空覚え)」みたいな碑は字を判別するのに時間がかかるだろう。さて市川三郷にある石碑に脆という字はあっただろうかを覚えていない、数も限られているしそもそも脆という字あるいは脃という本字が含まれる碑文が存在していないかもしれない。詳しく知りたいというという人は長安に旅行に行くといいだろう、私は遠慮しておきます。




