僕が言いたいのは永遠
某メジャーリーガーのツイートが元である構文であるが、実際のところ延々のことをインターネット誇張語法の一つとして永遠と書いてしまうのはありなのではないだろうか。世の中には誤りが定着してしまうことが良くある、山茶花や秋葉原はもうかつての正しい発音で読まれることはないだろう。また、矜持を「きょうじ」と読むのも時代を経て聲が変わってしまっており正しくない、尤も、矜が兢聲を持ったのは西晋から南北朝あたりのことに見えるので日本に来た時にはすでに兢聲だったのかもしれないが(唐韻では居陵切とされているが古音は居銀反と記されており、唐代ではすでに今聲は古いものだったようだ)。鷲鳥不群という四字熟語があるがあれも淮南子説林訓(或いは列子)の空覚えキメラ語録である、感じとしては孫子作戰と三國志魏書十四の記述が悪魔合体した「兵は拙速を貴ぶ」のようなものだろうか。君子危きに近寄らず、も空覚え語録だったりする。元は公羊傳襄公二十九年の「君子不近刑人、近刑人則輕死之道也」だろうがそれとなく覚えている状態で使われているものが定着してしまったのだろう。ただ悪い人間というのは人の誤りを論うのが好きだ、悪趣味ではあるが笑いものにするために敢えて誤った読み、用法、字を用いるのは例え難い楽しさがある。こういう人間がいるから言葉は変わっていくのだろう。




