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餘桃之罪

墨子曰く、王公大人が寵愛する男を重用してしまうのは其の知を察さずただ寵愛にのみ依る、故に百人すら治められぬ者を千人の長とし、千人を治められぬものを萬人を司る官としてしまう(且夫王公大人有所愛其色而使、其心不察其知而與其愛。是故不能治百人者、使處乎千人之官、不能治千人者、使處乎萬人之官)。韓非も同じようなことを言っており、國語にある狐突の言を少し変え「國君が女色に耽れば嫡子の地位が危うくなり、男色に耽れば宰相の地位が脅かされる(國君好內則太子危好外則相室危)」と記している。これらを鑑みて太史公書佞幸列傳の序文には「女のみが色を以て媚びるのではない、士大夫や宦人も亦おなじくそうするのだ」とある。

さて、餘桃之罪は「國君、ひいては自身が事える者の愛は移ろう」ことを意味し、だからこそ媚びへつらうことだけするのを戒める際に用いられる成語だ、これは韓子の説難を出典としている。昔、衛霊公の寵愛を受ける彌子瑕という者がいた。衛國の法では断りなく君車に乗ったものは刖罪となる。しかしながらある時、母の病を聞いた彌子瑕はこれを破り君車を無断で用いてその下へと駆けつけた。霊公は「なんと親孝行なのだ。刖罪は忘れよう」とその孝を褒めた。また別の日、果園に二人で遊びに出た際に彌子瑕は手にして食べた桃が甘く、食べかけの半分を霊公に差し出した。「なんと寡人のことを愛してくれているのだろう。美味を欲するを耐えて差し出してくれるなんて」と霊公は喜んだ。しかし、年を経てその容姿が衰えると「この者はかつて吾が車に無断で乗り、更には余り物の桃を寡人に食べさせた」と罰した。かつて褒められた孝行が後に罪と変わるのは愛憎が変わってしまうからである、諌言をするにしても、愛されていれば許されるし、憎まれていれば罪となるから主の愛憎を良く察するべきだ。龍の喉下には逆鱗というものがある、若し之に嬰れる者があれば即ち必ずその者は殺されるだろう、人にも亦この逆鱗と呼ぶべきものがあるのだ。韓非は説難に大体このように記した。

さて、この彌子瑕という人物はこの一件のみのために創作された人物かというと、そうではない。戰國策趙策によると、衛霊公には雍疸および彌子瑕という佞臣がおり國事を専横していたという、ただあまりその事跡は明らかではない。左傳に少しだけ記述がある。定公六年、魯定公が鄭に侵攻し匡を奪取した。凱旋の際に魯軍は前もって許可を取らずに衛の都を通った。この事に霊公は激怒、彌子瑕に之を追わせた。魯の行為は看過できないものだが公叔文子の取り成しもあってこの件は両国の間の大きな問題にはならなかった。この一件もあってか、論語に於いて公叔文子は褒め称えられている。


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