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手で解く量子化学

手で解く量子化学(丸善出版、中井秀巳著)を買って読んだ。コーディングをする前にアルゴリズムを実際に自分の手で解いてみることは重要だと思う。例えば数値計算の授業であればConte & de BoorのElementary Numerical Analysis (McGraw-Hill Book Company)を学ぶとして非線形方程式の数値解法や数値積分を実際に自分の手で解いてみるのはコードを組み立てるうえで非常に役に立つだろう、実際に自分の手で計算したことがある逆行列のことを想起すれば何となく感覚がわかるのではなかろうか。

世の中の凝縮系の物理に関する数値計算コード、例えば電子状態や分子動力学の計算について、その中身を理解している人は非常に少ないだろ(分子動力学自体は難しくないがEwald SummationやScalingでない温度圧力制御、つまりThermo/Varostatについて全て説明できる人は少ないだろう)。さて、基底関数周りで少し耳に挟んだことがある人もいるであろう藤永茂博士の書いた入門分子軌道法(講談社サイエンティフィク)という本があった。一中心一電子系のSchrödinger方程式を手で解き、一中心二電子系のSchrödinger方程式を解くことが解析的に難しいことを示した後に、一電子波動関数積近似、基底関数による展開、そして変分原理を導入し実際に手で解く。その後Lithium原子の基底状態を求める際にPauli Exclusionによる問題を提起し、Slater行列式を導入する。稀にみる教育的な和書であるものの古いものでありこうした自分の手で解き考える形の量子化学の教科書はその後続かなかった。

だが、2022年に中井浩巳博士の手によってその続きが出始めた。ちょうど最近当該の人に会う機会があった際に著書の宣伝をしていたのを聞いた、最後の巻が出たという内容だった思う。私はそれを聞いてすぐにこの本が欲しくなった。第一巻の四章に於いて閉殻系のHartree-Fock方程式を手で解く演習が始まる、詳細は省くがHeH+イオンについてRoothaan-Hallの方程式を解き、予め定めた条件下で自己無撞着となるまで繰り返したのちに軌道エネルギー、分子軌道、そしてMulliken電荷の計算を行う。

二巻以降はより現実的な手法である配置間相互作用、Møller–Plessetの摂動法、結合クラスター法、そして密度汎関数理論の紹介とそれらに基づいて波動方程式を実際に手で解く演習が掲載されている。

現代の物質科学研究には数値計算からの貢献も多分にある、そのため実際には数値計算に触れることがない学生および研究者の方であってもこの書に触れる価値はある。ちなみに結合クラスター法の開発者であるJiří Čížek博士は難発音でしられるチェコ語或いはスロヴァキア語圏の人で私は名前の発音が分からない(例えばチェコの作曲家であるDvořákのカタカナ転写はドヴォルザークを中心にかなり人によってブレる)。手で解く量子化学Ⅱの中ではチゼックと記されていた。


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