関西の人々
最近飲み屋で、神戸に旅行に行くという人がいてお土産などのおすすめを聞かれた。叔父があのあたりで子供の頃はよく神戸で遊んでいたので懐かしいなと思った。せっかくだから関西の話でもしよう。
叔父が明石の人で、酒煙草ギャンブルに加えて釣りが趣味だった。料理も好きな人で、叔父の振舞う鯛めしやたこめしは絶品だった。子供の頃、噛み切れないから蛸が嫌いだったが叔父の作る蛸料理は不思議と食べることができた。岡山にいた頃、叔父のところにいって蛸をもらってきて研究室でたこ焼きを作りながら酒を飲む会をやった。私の博士のときの指導教員は灘の人で、その父は海軍で鳥海に乗っていたが戦後は魚屋をしていたらしい。さて、私がいた講座にはもともと京大宇治の教授がいた。私のせんせえは彼の作るたこ焼きを見て下品やなと言っていた、大阪などで見られる形式のもので、焼けた部分を内に少しずつ送り込みながら丸くしていくものだ。さて私のせんせえのほうは卵焼きほど卵が多い訳では無いがそれによく似ているたこ焼きを作っていた。灘でもそれ食べるんやなと、そのときは思った、外の人はあれのことを明石焼きと呼ぶから明石特有のものだと思っていた。
関西人とよく言うが、住んでいるところによって使う言葉がかなり違う。そして、それぞれが彼処とうちは違うみたいな感情を持っているように感じる。私の父父以外は全て関西人なので親戚があのあたりに広く住んでいるが子供の頃にあった都島の人、三山木の人、生駒の人、明石の人、みんな微妙に言葉が違ったのを覚えている。兵庫もかなり言葉が違って、明石と神戸はよく似ているが、加古川から向こうは結構言葉が違う。ちょうど、今の職場に加古川の人と姫路の人がいるが出身地が分かる感じの言葉が漏れる。ちなみに母方の菩提寺が豊岡にあるのだが、そこの住職と母が話しているのを聞いて(同級生だったらしい)豊岡の方もかなりそのとき言葉違うなと思った。大学院生ぐらいのころFPSのクランでめちゃくちゃ語調がきつい人がいて、これ赤穂の方の人じゃないかなと感じた、そしてそれは正しかった。岡山に都落ちする際に家探しをするときにその人に会った、そのときは御着で飲んだのでやっぱり播州人じゃないか、たまげたなぁってなった。




