(異世界基準で)ヤンデレな旦那様に溺愛されてます!!幸せ!!
どえれぇ世界に転生しちまった。
ハリエット・カラーは前世の記憶を取り戻してしまった十歳の誕生日にそんなことを思った。
「おはよう、ハニー。今日も綺麗だね」
「ありがとうダーリン。貴方も素敵よ」
ぶっちゅーと朝からアツアツなキスをかます美しい男女。私の両親だ。夫婦仲がいいのは大変よろしいのだけれど、正直、子供の前でやらないでほしい。気まずいから。
「じゃあ、僕は今日エリーの家に泊まっていくから今晩はルイズとでも過ごしていてくれ」
朝食を食べながら父は何気ないことのようにそう言う。ちなみにエリーとは母の友人であり、父の恋人でもある女性の名前だ。既婚者で二児の母とは思えないほど若々しくナイスなボディをしているグラマラスな人である。
「うーん。最近ビアンカと一緒に過ごせてなかったから久しぶりに彼女とデートしたい気分だわ。そのように手配してくれる、ルイズ?」
「かしこまりました。旦那様、奥様」
ルイズは両親の指示に顔色一つ変えることなく粛々と従う。彼は母の恋人兼この家の家令だ。そして、ビアンカとはルイズの妻。
ここまで語ればもう分かるだろう。この世界の異常さに。
そう、この世界。貞操観念がすっっっっっごく、ゆるいのだ!!ゆるっゆるなのだ!!
妻や夫の他に恋人がニ、三人いるのは当たり前。「友達の友達は友達」理論で、恋人の恋人あるいは配偶者とも恋人になることも珍しくない。浮気?不貞?そんな概念は存在しない。むしろ恋人が一人しかいないなんておかしいと言われる世界だ狂ってる。
この世界が何でこんなことになっているのか。一言で言えば宗教状況の理由である。
この世界では、愛の女神が絶対的に信仰されている。一応多神教ではあるのだが、愛の女神以外の神は影が薄くて殆ど存在感がない。
愛の女神はその名に相応しく、美しく、慈悲深く、奔放な神で知られている。数多の神々と交わり、数多の子神を生み出したことで、この世界を豊かにしたのだとか。
だからだろうか。愛の女神信仰では「多くの人に愛を与える」ことを美徳としている。
より多くの人が、より多くの人と触れ合い、愛し合うことで、世界は平和を保たれると信じられているのだ。
うん。まあ。文章だけ見れば間違いではないと思う。間違いではないと思うがどうしてこうなった。愛は愛でも博愛とか親愛とかあっただろ。どうして性愛なんだ。
おかげでこの世界は貧富や性別を問わず、恋人を複数持つ人で溢れている。ちなみに、愛に貴賤はないとされているので、身分違いの恋人も同性の恋人も普通に認められている。同性愛者に対する偏見や差別の無さとかはこっちの世界の方が進んでる。
そんな愛に対して寛容なこの世界では、明確に禁忌とされているのは近親相姦と小児性愛くらいだ。この禁忌を犯した者は破門(つまり人間社会からの追放=実質の死刑)である。
流石にそこのラインを超えるのはヤベェというのは異世界でも同じらしい。
あと性犯罪もちゃんとアウト。互いに愛し合うのではなく、相手の意思を無視した一方的な行為はむしろ最大の愛の女神に対する背信なのだとか。
これに関しては本当に安心した。「愛があれば全部許される」みたいな世界じゃなくて。
まあちょっとびっくりしたけど、このくらいなら文化の違いよね……………………………ってなるかあぁぁぁぁ!!!???無理だよ!!普通に!!私は現代日本人だぞ!!
別にそういう文化があって、そういう暮らし方をしている人たちをとやかく言うつもりはないんだ!!この世界の住人である以上、この世界の価値観を否定はしないさ!!(ちょっとえぇ……とは思うけど)
私は!!無理!!複数の人と恋愛なんてできません!!
何で前世の記憶なんて思い出しちまったんだ。思い出さなければこの世界で平穏に暮らせたのに。
「フローラもこの間十歳になったから、そろそろ恋人を探さないとな」
「うふふ。どんな人たちと結ばれるか楽しみな」
「あはは……」
無茶言うな。マジで。
ちなみに、この国の結婚適齢期は十五歳から二十歳くらいまで。
タイムリミットまで後五年かぁ。自分の夫が自分以外の人とイチャイチャしてるとか想像しただけでキッツイんだけど、どうにかなるかなぁ……。
この国の貴族は大体十歳から社交を始めていく。先日十歳になった私も、もう家門の名を背負った存在としてお茶会やそこまで堅苦しくない舞踏会に呼ばれるようになった。
貴族にとって社交とは、情報を交換し合い、己の権力や財力を見せつけ、政争を繰り広げたり、結婚相手を見つけたりするための大事な仕事である。
勿論、貞操観念ゆるゆるなこの世界においてもそれは例外ではない。ただ一つ付け加えるとするならば、この世界では、結婚相手の他に恋人たちを探すことも求められる。
そして、政争も婚活もまだ早い子供ができる社交とはつまり――恋人作りに他ならない。
「カラー嬢は可愛らしい方ですね。私の恋人になってくれませんか?」
――だから、初対面の男の子に私がこういう風に声をかけられるのも、当たり前と言えば当たり前。うん、分かってる。頭では分かってるけど、やっばり違和感が半端ないわ、コレ。
顔立ちが整っている人懐っこそうな笑顔を浮かべる貴族令息に求愛される。
嬉しいシチュエーションだっただろう。この子に婚約者がいなければ。
私は、にっこりと当たり障りのないように愛想笑いを浮かべた。
「……あらまあ。私たち、まだ会ったばかりだというのに」
「その人を愛しているかどうかなんて一目で分かります」
「そうなのですね。しかし、私はもう少し慎重に決めたくて……」
「あら、振られてしまったのねダーリン。カラー嬢は殿方が苦手ですか?では私と恋人になるのはどうでしょう?」
性別の問題じゃねえ。貞操観念の問題だ。
そう真顔で言えればどれ程いいか。しかし、貴族にとって社交は命綱。攻撃的な言動をして周りから爪弾きにされてしまってはいけない。
「お気持ちはとても嬉しく思いますが、もう少し人となりを知りたいので……」
「カラー嬢は本当に奥手でいらっしゃるのね。婚約者ではなく、恋人なのですから、もっと気軽にお付き合いなさればいいのに。恋人から婚約者になることもあるのですよ?」
「私たちも恋人から婚約者になった身ですし」
心配性な人を宥めるような口調で、目の前の令嬢と令息は私にそう言った。
この世界では本っ当に恋人を作るハードルがひっっっくい。結婚相手は流石に家柄や利権の問題が絡むから、慎重に話を進めなければいけないけど、ただの恋人は本当に誰でもいい。犯罪者か子供でなければ、どんな相手を恋人にしても、何人恋人を作ろうとも、周りからとやかくは言われない。むしろ恋人が沢山いるのは美徳とされているし、恋人がいることは充実した人間関係を築けていることを一発で周囲に示す重要なステータスだ。
だから恋人作りに積極的でない私は、前世でいうところの、家族以外と話そうとしない引きこもりか、教室の隅でぼっち飯を食べている人のように見えているのだろう。
それがこの世界の常識だから。
だけど私は友達感覚で恋人は作れん。
一対一のお付き合いがしたいのだ。
たとえ変わり者だと、偏屈な奴だと思われたとしても、そこだけは譲れない。
しかし、これまで何度かお茶会に参加しているが、私と同じような感覚の人は見当たらない。探せば一人くらいいるだろうと思ったけど、全然見つからない。
諦めてこの世界に順応するしか無いのか……。
「俺は、俺だけのものになってくれる女性がいい。俺が全てを捧げ、俺に全てを捧げてくれるような女性が」
……今、何と言った?俺だけのもの?つまり、一対一の恋愛がしたいと?
バッとその声が聞こえた方に顔を向ける。
見遣ると、そこには他の子たちとは頭ひとつ分抜き出ている背の高い黒髪の少年が、何人かのご令嬢に囲まれていた。どうやら、令嬢たちに恋人になってほしいと迫られていたようだ。
少年は言葉を続けた。
「俺と恋人になりたいというのなら、まず、今付き合っている恋人とは縁を切ってくれ。婚約者がいるなら婚約者も」
「はあ!?それはあまりにも横暴です!!」
「なんて無礼な!!」
「それでも、愛の女神の教徒ですか!?」
ご令嬢方は顔を真っ赤にして怒り、次々に非難の声を少年に浴びせる。しかし、そんな彼女らの様子に狼狽えることなく、彼は淡々と告げた。
「俺の心は一つなんだ。一人にしか捧げられない。それに――俺は愛の女神の子ではなく、竜神と死の女神の子だ」
その言葉に、会場はざわりと揺らぐ。
その言葉は、この世界の常識を真っ向から断ち切るものだったからだ。
そんな周囲の反応を見て、少年は少し疲れたような、がっかりしたような顔をして、「どうやらここにも俺の求める人はいないようだな」と呟いて、くるりと令嬢たちから背を向けた。彼がそのまま歩くと自然と周囲の人がさっと引いて自然と道ができる。
驚いた。この世界にこんなにも身持ちが固い人がいるとは……。しかもあの発言からしてフリー?これはもうゲットするしかない。私は彼の背を急いで追いかける。
「愛の女神の子ではないだと……」
「ヘイディーズの一族と言えど、罰当たりな」
「ヘイディーズと言えば、あれで有名ですが……」
後ろでヒソヒソと何やら話す声が聞こえるが、それにいちいちかまけている暇はない。
「待って!!……下さい!!」
私はスタスタと会場から背を向けて出て行こうとする彼に声をかけた。うっかり敬語が取れかけたがなんとか誤魔化した。
「……君は?」
「ハリエット、カラー、と、申します。えっと、伯爵令嬢です」
訝しげに私の顔を見る少年に、私は緊張と興奮でうまく回らない舌を必死に動かした。
「私!貴方と話がしたくて!」
「……話?」
「はい!!あの、貴方の恋愛観ないし結婚観についてお聞きしたく!!」
「は?」
少年はますます困惑した表情を浮かべたが、私が一歩も引き下がらずに「お願いします!!」と畳み掛けると、私から鬼気迫る何かを感じ取ったのか、無視することなく答えてくれた。
「俺のことだけを愛してくれる人が理想だ。俺もただ一人を愛していきたい」
「その、俺のことだけを愛するの定義は?具体的にどういうことを指すのでしょう?」
「俺以外の恋人を作らないでほしい」
「なるほど」
「友人は複数いても構わないが、節度ある関係であってほしい」
「節度ある関係とは?」
「いくら友人といえど、男女二人きりで頻繁に食事に行ったり、買い物をしたり、外泊はしないでほしい。どうしても行きたいのならまず俺に相談してほしい」
「ほうほう」
「過度なスキンシップも駄目だ。俺の恋人には俺以外の人とキス以上のことはしてほしくない。」
「ふむふむ」
「あと、俺は結婚を前提とした付き合いがしたい。うちは代々、婚約を正式に結ぶ前に恋人として付き合って、上手くいけば婚約者になり、そのまま結婚するという形を取っている。結婚を前提としない恋人関係は結べない。あと、結婚してからも俺以外の人と恋愛的な関係を持たないでほしい。恋人をつくってそいつの家に泊まりに行くなんて論外だ。やむを得ない場合を除いて、俺の結婚相手とは同じ家にずっと暮らしたい」
っすぅぅぅ〜〜〜(息を深く吸い込む音)、これだよ!!これ!!こういうのでいいんだよ!!!!
「……カラー嬢?」
「っは!失礼しました!!」
私は無意識にガッツポーズを決めてしまっていた。慌てて淑女らしいお辞儀の動作をした。
「失礼ですが、貴方様のお名前をお伺いしても……?」
「……ナサニエル・ヘイディーズ。一応、大公家だ」
マジか。結構大物だ。
この国の貴族の爵位は低い順に男爵、子爵、伯爵、侯爵、公爵、大公爵となっている。子爵位までが下級貴族で、伯爵位からが上位貴族。その中でも特に公爵、大公爵は数が少なく、王家の分家であるか、昔この国に併合された小国の君主家であるかである。
つまり伯爵令嬢である私にとっても雲の上の人と言っても差し支えがない人なのだが、だからといって尻込みする余裕はない。
「ナサニエル・ヘイディーズ様。どうか私の恋人になってくれませんか?婚約と結婚と一緒のお墓に埋葬されることを前提に」
「…………は?」
その後、ナサニエル様から「俺の話を聞いていなかったのか?」「本当に俺でいいのか?」「俺は束縛と独占欲が強いタチだぞ?」と何度も確認されたが、「はい!!それで構いません!!むしろそうであってください!!」と私がゴリ押したことで無事に恋人になれた。
ちなみに、恥ずかしがり屋で内気な娘に初めて恋人ができたと聞き、両親はパーティーを開く勢いで喜んでいたが、その相手がナサニエル・ヘイディーズ大公子だと聞くと、その態度を一転させた。
「ヘイディーズ大公家の令息と恋人になっただと!?悪いことは言わない、ハリエット。すぐに別れてきなさい」
「そうよハリエット!!今ならまだ間に合うわ、まだ貴女は子供だし、突然別れを切り出しても強く咎められることはないはずよ!!」
「何故そこまで反対なさるのです?伯爵令嬢ごときが大公子と恋人になれたのはむしろ名誉なことでは?」
「普通ならばそうだろう……だが、ヘイディーズ家は普通じゃない」
「ハリエット……きちんと教えていなかった私が悪かったわ……ヘイディーズ家は、確かに大公家ではあるけれど、愛の女神の教徒ではないの。ヘイディーズの一族は、厳格な一夫一妻制を求められるのよ!!」
「……………はあ」
「いい?厳格な一夫一妻制よ?配偶者以外と情を交わしてはいけないの!!ヘイディーズの相手になった者は、他に一人も恋人を作ってはいけないのよ!!」
むしろ望むところだ。厳格でない一夫一妻制の方が私にとっては異端で異常なのだから。それにしても、多神教とは名ばかりの愛の女神一強の世界で、他の神の信徒がいるとは驚きだ。彼とこのまま順調に結婚までいけたら自分も改宗しよう。
「私は彼がいいんです」
「そんな……ハリエット……なんてこと……貴女、このままではヘイディーズ大公子以外の方を知らずに生きていくことになるのよ……?それに、あの一族は酷く嫉妬深くて束縛が強いと聞くわ」
「そうだぞ、ハリエット!!あの一族はヤンデレで有名なんだ!!大公子と恋人になんてなろうものなら、他の男とキスはおろか、手繋ぎすらできなくなるぞ!!」
「全くの無問題です」
その言葉に、両親は絶句する。
まあ、この世界で一般的な価値観を持つ二人には私や彼の感覚は理解し難いのだろう。
結局、二人は「絶対に幸せになりますから安心してください」と言うまで、私の恋人を認めてくれなかった。
時が経つのは早いもので、気がつけば私は十五歳になっていた。ナサニエル様と関係は良好で、三年前に正式に婚約者になった。(両親は泣いたが私は歓喜した)
ナサニエル様は宣言した通りに、私以外の人と恋人関係にはならなかったし、私のことをものすごく大切にしてくれた。
デートでは毎回私を丁寧にエスコートしてくれるし、誕生日や記念日もしっかり覚えていてくれて欠かさず贈り物をしてくれる。
ちなみに、ヘイディーズ大公領はハリエットが住む王都からはかなり遠方にあるので、頻繁にナサニエル様と私がデートをするのは通常難しい。しかし、彼はヘイディーズ家が所有している飛竜に乗ることでそれを可能にしている。飛竜はヘイディーズ領にしか生息していない希少生物であり、手懐けられるのは強い魔力を持つ者だけだ。
ナサニエル様が飛竜に乗ってる姿は凛々しくてかっこいいし、いくら飛竜に乗ってるとはいえ、かなりの距離を私とのデートのために移動してくれるナサニエル様には愛おしさと感謝しかない。
ヘイディーズ大公子の婚約者という立場は社交界でもそれなりに話題になるらしく、ときどき「俺が貴女を救い出してみせる!!」とかのたまうナンパ貴族とか「そんな独占欲男やめときなさいよ」とか言ってくるお節介令嬢とかに絡まれることはあるけど、その度に颯爽と駆け寄って相手を追い払ってくれる。なんせナサニエル様は大公子。面と向かって彼を非難することは並の貴族にはできない。もしナサニエル様の身分が低かったら、私は他の高位貴族から迫られたときに断れなかったと思う。
本当に、私がナサニエル様に出会えたのは奇跡だ。
「ハリエット」
「ナサニエル様!」
「待たせたか?」
「いえ!!時間より早いくらいです!!わざわざお迎えありがとうございます!!」
「パートナーなんだから迎えにくるのは当たり前だ。むしろ、君のパートナーになる名誉を頂けたことを俺は君に感謝しなくてはいけない。さあ、行こうか」
私は、屋敷の前に迎えに来てくれたナサニエル様の手を取り、彼の家が用意してくれた馬車に乗り込む。
今日は私のデビュタントの日だ。この国では貴族令嬢が十五になった年に正式な社交デビューを果たす。要は、令嬢が結婚可能になったこと示すイベントだ。これまでの社交では多少の失敗や無礼は子供ということでお目溢しをもらえたが、これからはそれが通用しなくなる。
この国では親や兄弟といった親族の男性をパートナーとするのが基本だが、婚約者がいる場合、婚約者をパートナーにするのも認められている。
当然私はナサニエル様をパートナーに選んだ。父をまた泣かせてしまったことには申し訳なく思うが、ナサニエル様から「君の父君には申し訳なく思うが……俺は君の隣を誰にも譲りたくない」と言われてしまっては仕方がない。それに、私自身、夜会は基本的にナサニエル様のパートナーとしてしか参加したくないのだ。
「今日の君もとても綺麗だ。君の美しさの前では、愛の女神も嫉妬するだろう」
ナサニエル様はふっと微笑みながら私の手を取り口づけを落とす。
こんないかにもキザなセリフや仕草は、昔の私ならば冷めた目で見ていたはずなのに、ナサニエル様がしているというだけで、とてもかっこよく見えてしまうから不思議だ。
やっぱり、私だけを愛してくれている人、というのが大きいのだろう。
「ありがとうございます。ナサニエル様はいつも私を褒めてくださるから嬉しいです。ナサニエル様もとっても素敵な装いですよ!」
今日の私のドレスはナサニエル様が用意してくださったもので、鮮やかな青の布地に黒のレースが施されている大人っぽいものだ。ナサニエル様のシックな雰囲気に統一された黒の衣装によく似合っている。青はハリエットの瞳の色、黒はナサニエルの髪の色である。
この世界では、パートナーの髪や目の色を自分の装いに取り込むのは、婚約式や結婚式、結婚記念日のデートなどの特別な日以外は避ける風潮がある。(何せ複数の恋人を持つのが当たり前な世界だ。独占欲や特別感を仄めかすものはよく思われないのだろう)
しかし!!私たちはあえてそうする!!
今日は私のデビュタントという特別な日だし(こじつけに等しい建前だが)、何より、私とナサニエル様がラブラブであることを周りに示す良い機会だ。
自慢ではないが、今世の私はプラチナブランドにサファイアのような碧眼を持つ美少女だ。しかも伯爵令嬢。貴族社会の花嫁市場ではかなりの優良物件だと言える。単なる恋人としてもかなり魅力的だ。
今日のデビュタントで正式に貴族社会の仲間入りを果たしたら、私は同年代だけでなく、上の世代にも声をかけられる機会が増えることだろう。(デビュタント=成人式みたいなものだから)
今まではナサニエル様が対処してくれたけれど、爵位と領地を正式に持つ年上の方を相手にするのはナサニエル様にとっても厳しいかもしれない。
勿論私だってもし誰かに言い寄られても断固として拒否する構えだが、人の話を聞かない奴は一定数存在する。
ならばどうする?
視覚的に私とナサニエル様の仲の良さを見せつけてやれば良い。
百聞は一見にしかず。
私がこのドレスを着てナサニエル様とずっといちゃついてる姿を見せつけてやれば、いくら複数の恋人を持つのが当たり前な世界でも、私に声をかけようとする気は起きなくなるだろう。
そして今日は国中の令嬢とその付き添い人、恋人や結婚相手を探す貴族男性が王城のパーティホールに集まる。
このまま国中の貴族に私たちのバカップルぶりを見せつけてやる!!
目指せ、二人きりの健全な結婚生活!!
「ハリエット・カラー!!今この瞬間より、そなたとナサニエル・ヘイディーズとの婚約を破棄する!!」
………………………………………はぁ?
夜会も中盤に差し掛かった頃。まるで悪役令嬢に婚約破棄を叩きつける王子様のような台詞を吐くこの男。実際に王子様だからか妙に悪役令嬢ものの駄目王子ムーブが様になっている。いや感心してる場合じゃねえや。マジで何言ってんだコイツ。
突然のことでパニックになり、慌ただしくなる頭とは反対に、体は硬直し、口からは言葉が出てこない。
おかしい。どうしてこんなことになったんだ。
私たちはただ、普通に国王夫妻に挨拶し、ダンスを踊り、休憩がてら他の貴族と挨拶をしていただけだ。
そしたら、第二王子であるレオ殿下から声をかけられて、流れるように口説かれたからいつものように「私はナサニエル様の婚約者ですので。他の方と深い関係になることはできません」と断ったら、レオ殿下は「……やはり噂は本当だったのだな」と呟いて上記の台詞を高らかに叫んだ。
…………………そうはならんやろ。
「……婚約破棄、とはどういうことですか」
そう言いながらナサニエル様の手が、私の手に重ねられる。平然としているように見えるけど、彼の手は僅かに震えていた。
私ははっとした。レオ殿下は王族。ヘイディーズ大公子である彼が唯一敬意を払わなければならない存在なのだ。
「どうしたもこうしたもない!!ヘイディーズ大公子、貴殿の悪行を私が知らないとでも思ったか!!」
「悪行?」
「そうだ!!お前はカラー嬢を束縛し、カラー嬢の恋人を作る権利を侵害している!!」
私からすればとんでもない理屈だが、この世界ではまかり通る。実際、私たちを遠巻きに見る貴族の中にはレオ殿下の言葉に賛同するようにうんうんと頷く者もいた。
「ま、待ってください!!私が彼以外を愛さないのは、私の意思です!!彼に強要されている訳ではありません!!」
私は少しつっかえながらも、反論した。このまま婚約破棄なんて絶対に嫌だ。
「ああ、安心してくれ。カラー嬢。君はその男に長年洗脳されてそう思い込まされているんだ。今君の目を覚させてあげよう」
安心できねぇよ馬鹿。第一何の権利があってカラー伯爵家とヘイディーズ大公家の婚約に口を出せるというのか。
「……そもそも、何の権利があって殿下が我々の婚約に口を出すのですか。貴族の結婚は両家の問題。いくら王族といえど、勝手に我々の婚約を破棄することはできない」
ナサニエル様がまさに私が疑問に思っていたことを言う。
すると、「私が殿下に助力を頼んだのだ」と群衆の中から初老の男性が出てきた。彼は――
「お祖父様!?」
何と私の母方の祖父である。
「わしは可愛い可愛い孫娘が、恋の十や二十も知らぬまま、ただ一人に愛を捧げ続ける人生を送るのが、耐えられなかった。婚約者に過ぎない身である今ですら、異常な束縛を受けているのに、結婚してしまったらどうなることか……」
お祖父様……恋の一つ二つならともかく、十や二十は多過ぎますお祖父様……。
ナサニエル様との婚約を渋る両親はあらゆる言葉を弄して説き伏せたが、祖父母に関しては特に対策はしていなかった。それがこんなことになるなんて。……私の考えが甘かった。貴族の婚約に必要なのは当主の同意のみだ。しかし、便宜上必要なのが当主同士の同意のみとされていても、近い親族に強く反対されては婚約を押し進めることは困難である。
思い返せばお祖父様は何かにつけて私の婚約を嘆き、私に恋人を作ることを勧めてきた。私はナサニエル様を理由に適当にあしらっていたのだが、それがよくなかったのかもしれない。
「私はバロック伯と約束をした。本当にバロック伯の孫娘であるカラー伯爵令嬢が不幸せな婚約をしているならば、王族として、それを見逃すことなどできないと!!ナサニエル・ヘイディーズ!!貴殿が婚約者に対して異常な束縛をし、周囲の人々を苛烈なまでに牽制していたのは知っている!!今ここで貴殿の悪行を晒して見せよう!!」
レオ殿下が宣言すると、ぞろぞろと、いや、ぞろぞろぞろぞろと人が前に出てきた。多いな、おい。
顔見知りな令嬢、見知らぬ令息。総勢五十人くらいか?彼らは次々にナサニエル様の異常な言動を証言していく。
「証言いたします!!私は、カラー嬢に恋文と花束を送ったところ、『自分にはただ一人と決めた婚約者がいるのでお断りします』と書かれた手紙と共に、恋文も花束も送り返されました!!婚約者だからと言って、恋人を作ることを禁止するなんて余りにも狭量ではないですか!!」
ある貴族令息の証言にそういえばそんなこともあったな、と私は思い出す。
やはり、ナサニエル様の名前を使ってフるのは良くなかったかもしれない。私たちが一対一の恋愛をしてるのは互いに望んでのことなのに、ナサニエル様にばかりヘイトが向かってしまっている。
「それは――」
「私も証言します!!私は、かつてナサニエル様に恋人になって欲しいと言ったことがありますが、その際に、彼は、ハリエット嬢への異常な執着心を露わにし、私を侮蔑したのです!!」
ナサニエル様を一方的に責める流れを変えようとした私の言葉を遮って、別の貴族令嬢も声を上げた。何度か挨拶したことがある、顔見知り程度の女性だ。
「ヘイディーズ大公子は、『俺にはハリエットというお互いに唯一と決めた素晴らしい婚約者がいる。お前を愛することは絶対にあり得ない』と言ったのです!!」
こんなに安心できる「お前を愛することはない」はない。私にとっては、超美人な令嬢に迫られてもバッサリ切ってくれるナサニエル様は素晴らしい婚約者だが、この令嬢からしたら酷い冷血漢に思えるのだろう。
実際、多くの人に愛を与えることを美徳とするこの世界で、相手に落ち度がないのに手酷くフるのは前世以上に人の尊厳を貶める行為である。万人を愛する愛の女神が信仰されているこの世界で、「お前を愛することはない」と告げるのは「お前なんか何の価値もねぇ」と罵倒するのと同義である。
「私はお互いしか知らない不健全で歪な関係からお二人を救い出すべく、『ハリエット様にもナサニエル様以外の相手が必要だと思います』と懇切丁寧に、説明したにも関わらず、です!!」
いやお前何してんだ。
どうしてナサニエル様の、というかヘイディーズの一族の地雷を踏み抜いていったんだ。
厳格な一夫一妻制度を守るヘイディーズの一族は総じて(この世界基準では)束縛が強く、独占欲が強い。しかし、その分パートナーに対してすごく愛情深いのだ。いや、愛情深いからこそ、独占欲が強くなるのかもしれない。
ナサニエル様も例に漏れず、そんな典型的なヘイディーズ家の男なので、たとえ善意であろうと、自分の婚約者に違う男を当てがおうとする女なんて色んな意味で論外だろう。
というか、ナサニエル様は日頃から自身の恋愛観を明言しているのだから、その恋愛観に合わない奴が告白してんじゃねぇと私は思う。
まあ、たとえ私のように一対一の恋愛がしたい女性がいたとしても、ナサニエル様は渡さないが。
「あの――」
「私も証言します!!」
また遮られた。当事者である私の意見を一切聞かれないって何?
「私も、ハリエット嬢が不憫でならず、『私が勝ったらハリエット嬢は私が貰い受ける』とヘイディーズ大公子に決闘を挑みました!!結果、私は剣を折られ地面に膝を着かされ顔面を蹴飛ばされた挙句に肋骨にひびが入るまで踏みつけにされたのです!!剣が折れた時点で決着は付いていたのに!!これは決闘という貴族の神聖な儀式を穢す行いです!!」
何してんだお前は。というか誰だお前は。もはや顔見知りですらない。赤の他人だ。何の資格があって決闘をしかけたんだ。私の許可なく私の恋人になろうとしてんじゃないよ。この世界でもアウトだろ。
「私も――」
「僕も――」
「私も――」
その後もぞろぞろと続くナサニエル様への弾劾。正直最初の三人でもう呆れ果ててしまって他の人の発言は碌に聞きもしなかった。
「ねぇ、ナサニエル様」
私は隣にいるナサニエル様にこそっと囁く。
「何?」
険しい顔で断罪劇(私にとっては茶番だ)を見つめていた彼は少しだけ穏やかな顔になって私と視線を合わせる。
「ナサニエル様って、こんなにも沢山の人から私のことを守ってくれていたんですね」
「…………君は、そう思うのか」
「?」
「…………独占欲の強い、酷い男だとは思わない?」
「思いません。それを言うなら、私もですし。むしろ、私の方が酷い女です。気づきませんでしたか?」
「君以上に素晴らしい女性はいないよ」
「同じ言葉をそのまま返します。貴方以上に素晴らしい人はいない。私は貴方がいいし貴方以外いらない」
ナサニエル様の鮮やかなエメラルドグリーンの目が僅かに見開かれて、ふっと彼は私に愛おしげに微笑んだ。
そして、彼はそのまま私の頬を手を添えて顔を近づけてくる。
「っ!」
「ハリエット――」
「こらあ!!そこ!!何をしている!!」
唇が重なる寸前に、レオ殿下の叫び声が響き渡る。ナサニエル様は「チッ」とお行儀悪く舌打ちをした。
「何ですか」
「何ですか!?そなたこの状況が分からないのか!?」
「この状況?よく分かっていますよ。せっかくの婚約者との逢瀬なのに、彼女に選ばれなかった負け犬共がキャンキャン喚いて邪魔している」
「違う!!貴様の常軌を逸した言動を糾弾しているのだ!!貴様の言動は社交界の秩序を乱す!!」
「……はぁ」
やれやれ、と言いたげにナサニエル様は肩をすくめた。
「俺の名は、ナサニエル・ヘイディーズ。竜神と死の女神の末裔。ただ一人しか愛することのできない制約と竜を使役する祝福を受け継ぐ者。……そんなのは、分かりきっていることでしょう?それなのに、今更俺だけを弾劾するなんて、おかしいではありませんか。秩序を乱す?違うだろ。――お前たちはただ、ハリエットに身の程知らずに懸想し、みっともなく喚き散らしているだけ。彼女の愛を独占する俺に嫌がらせをしたいだけだ」
ナサニエル様が群衆を睨みつけながら一歩前に踏み出すと、彼らは怯えて少し後ろに体を傾ける。今のナサニエル様には魔王のような威圧感があった。
「ハリエットは最高の女だ。よく分かる、よく分かるよ。俺が選んだ女だからな。だから懸想するのも――殺してやりたいほど憎たらしいが――理解できる。だが――彼女は俺を選んだんだ」
いつのまにか敬語を外している。レオ殿下が叱責すれば不敬罪にあたるけれど、レオ殿下は完全に空気に呑まれてしまったのか、黙ってナサニエル様の話を聞いている。
「ハリエットは俺の恋人になってから、今まで一度も他の男に目を向けることはなかった。この五年間一度もだ。それは勿論俺が彼女にそうであってほしいと望んだからだし、そうであるように周囲に働きかけたからだ。だが――彼女が本気で心変わりをしたら、俺にはどうしようもなかった」
は、とナサニエル様は嘲笑を浮かべながら言葉を紡ぐ。
「この世界では、何人も、誰かの愛を強制することはできないのだから」
そう。それは愛の女神が定めた――この世界で絶対のルール。
だから――。
「だから――ハリエットは今、お前らではなく、俺の婚約者としてここに立っている。ハリエットが俺を選んだからだ。俺が彼女を望み、彼女も俺を望んだからだ」
ナサニエル様がそう言い切ると、しん、と会場の中は静まり返った。誰も何も喋らないし、踊りのための曲の演奏も止まってしまっている。
「し、しかし、納得できん!!」
食い下がったのは、お祖父様だ。
「ハリエットの意思だと言うが、お前が散々ハリエットを束縛し、周囲を牽制したのは事実だろう!!本当にハリエットがお前だけを愛しているというのなら、そんなことはしなくても良かったはずだ!!」
「お祖父様」
「!、ハリエット」
私は前に進み出て、ナサニエル様の隣に移動する。そして、彼の腕に自分の腕を絡めて、しなだれかかった。
「ハ、ハリエット?」
「お祖父様。私、今、猛省しておりますの」
ぎゅうっと腕に力を込める。ナサニエル様が思わず、という具合に、頭上で小さく笑ったのが聞こえた。
「私のナサニエル様への愛情表現が足りなかったから、このように皆様に誤解されてしまったのね」
「ハリエット……お前、本当にヘイディーズに嫁ぐのか?あんな辺境の他に……それも、恋人一人も作れないのに……」
「お祖父様」
私は、お祖父様の目を見つめて、はっきりと言い捨てる。
「私は、この人以外の誰も愛するつもりはありませんわ。だって、この人以上に魅力的な人なんていないんですもの」
思ったよりも低い声が出た。お祖父様はどうやら私が本気だとようやく気がついたらしい。
「し、しかし……一生だぞ?ヘイディーズ大公子と結婚してしまってから後悔しても遅いのだぞ?お前はまだ若い。もっと色んな人と交流を深めてから大公子との結婚を慎重に考えた方が……」
「お祖父様」
私はにっこり笑って言い放った。
「私、私のことだけを愛してくれる人が好みなのです。私ただ一人を愛してくれる人が」
「……は?」
お祖父様はぽかんと口を開けっぱなしにして呆然としている。
「ですから、私、ナサニエル様でないと無理なのです。だって、私を愛してくれる人は沢山いますが、私だけを愛してくれる人は彼しかいませんもの」
「う、嘘だろう!?」
「本当ですよ。ナサニエル様の束縛はむしろ私の望むところです。彼は私の希望に応えてくれているだけなので、彼を責めるのはお門違いです」
「そ、そんな……お前は、愛の女神の信徒のはずなのに……」
「結婚すればそうではなくなりますよ。それに、愛の女神だって、愛を振り撒くことを推奨こそしていますが、ただ一人を愛することを否定した訳ではありませんわ。私が私の望む愛を手にして何が悪いのです?」
そう言うと、お祖父様は膝から崩れ落ちてがっかりと項垂れた。
「そんな……そんなことが……。それでは私がしたことは一体何だったと……」
「余計なお世話ですね」
私はバッサリと言い切った。そして、ニッコリと微笑みながら、レオ殿下に向き合う。
「殿下」
「な、何だ?」
「この度は、私のせいで多くの方に誤解を与えてしまい、このような事態を招いてしまったこと、深くお詫び申し上げます。王家が主催する夜会で、このような騒ぎを起こしてしまったこと、申し開きもございません」
深々と頭を下げる。レオ殿下は慌てて顔を上げるように促した。
「あ、いや、気にするでない。これはこちらが……いや、何でもない。可愛い孫娘の幸せ案じた者をどうして責められようか。今回のことは不問とする」
そうですよね。そうするしかないですよね。
ここで貴方が非を認めたら、貴方たちはヘイディーズ大公家の婚約を勝手に取り下げるという無礼を働いた賠償をしなくてはならなくなりますものね?
私が本当に強迫されてナサニエル様と無理矢理婚約させられていたのならともかく、私が私の意思で行われた婚約なのだと明言しちゃいましたもんね?
被害者が加害者を責めずに穏便に済ますと言うのだから、それに乗るしかないですよね???
「寛大なお言葉、ありがとうございます。つきましては、もう二度とこのようなことがないように、今、ここで、私たちの愛の証人になっていただけませんか?」
「え、」
「それは良い。殿下、私からもお願いします」
ナサニエル様は私の意図を汲み取って、援護射撃をしてくれる。さっきまでの魔王のような雰囲気とは一転して、にこやかに笑っているが、よく見ると目の奥が冷ややかだ。
レオ殿下も馬鹿ではない。拒否権などないのだと分かっているだろう。
「……分かった」
レオ殿下は引き攣った笑顔を浮かべながら私たちの愛の証人となることを宣言してくれた。
ナサニエル様はそれを聞くなり、私の顎を掬い取ってキスをした。
「……愛してる。絶対に離さない」
「私もです。離さないで下さいね……」
横目に困った顔のレオ殿下が見えた。ごめんね、バカップルで。でも、この状況を利用しない手はないからさ。あ、ナサニエル様、いきなり深くされるのはびっくりします。……よそ見するなってことですね分かりました。
愛の証人とは、この世界における結婚式の神父様の役目を果たす人物のことである。
この国では、愛を誓った男女と、その証人がいれば結婚が成立する。
つまり、私はこの夜会でナサニエル様と結婚したのだ。
いや〜〜デビュタントの夜会で結婚する男女なんて後にも先にも私たちくらいだろうね。
本当は貴族の結婚はあんな風にパパッと終わらせていいものじゃない。
持参金の用意やら結婚式の準備やら相続の権利を破棄するか維持するかの確認とか色々しなきゃいけない。
でも、今回の件で私は思った。
もう結婚しちゃえば良くない??……と。
だって私がナサニエル様と結婚すれば私はヘイディーズの一族だ。
ヘイディーズの一族は厳格な一夫一妻制度以外を許容しない。自分を裏切る配偶者を、配偶者に粉をかける間男ないし間女を許さない。
ヘイディーズの一族は王都からは離れているが広大な領地有し、莫大な財産と権力、そして飛竜を持つ大貴族なのだ。
そんな一族にそうそうちょっかい出せる命知らずはいない。
今回ナサニエル様が糾弾されてしまったのは、私の身内が暴走したのと、私に「コイツ押せばイケんじゃね?」みたいな隙があったせいだ。
決してナサニエル様ないしヘイディーズ家の落ち度ではない。
ね?私がナサニエル様と結婚してヘイディーズ家の人間になれば解決でしょ?
だから結婚した。お祖父様は燃え尽きた灰のように真っ白になって、両親は泡を吹いてぶっ倒れたが後悔はない。(多少申し訳ないとは思う)
「君のご両親には申し訳ないけど、俺は今幸せだよ」
ナサニエル様は寝台の上に座り、後ろから私の身体を抱きしめながらそう言った。
あの夜会の後、両親に結婚報告をしたナサニエル様と私は飛竜に乗ってさっさとヘイディーズ領に行った。絶対うるさくて面倒なことになると思ったので。野次馬やらお節介野郎やらの対処はお祖父様に押し付けよう。そのくらいはいいよね?
そして今、私はナサニエル様の寝室にいる。
そりゃあまあ、夫婦になったので?
「本当はずっと不安だった。俺の愛を受け入れてくれるのか。俺だけを愛してくれるのかって。君は本当に魅力的で……どんなに牽制しても次から次へと恋敵は現れるし……君が攫われてしまうじゃないかと気が気じゃなかった」
ナサニエル様は頭を私の首に置きながら優しく私の金髪を手ですく。私は何となくその手に自分の手を重ねた。
「私は貴方がいいんです」
「君は、ずっと、そう言ってくれるよな」
「はい。何度でも言います。一生」
「ははっ」
「かなわないな」とナサニエル様が小さく呟いたのが聞こえた。瞬間、ぐるりと視界が回って気がつくと私は寝台の上に仰向けに寝転がされてた。
「ヘイディーズの一族の祖は、愛の女神の一番目の夫であった竜神だと伝えられている。竜神は奔放な愛の女神に怒り、彼女が愛した全ての神を殺そうと世界を破壊したらしい。だが、竜神は結局愛の女神に敗れ、地下へと追いやられた。そこで死の女神と出会い、番った」
「……有名な話ですね」
「あまり知られていないが、この話には続きがある」
「続き?」
私の顔の横に両手をついた状態で、ナサニエル様は語り出した。私は、これから自分の身に起こることの気恥ずかしさを誤魔化すように、相槌を打つ。
「死の女神と番ったことで、竜神はようやくその身を焦がす執着と怒りから解放された。そして、奔放な愛の女神の側では得られなかった忠実な愛と安息を手に入れたことで、死の女神を深く愛するようになり、また、死の女神も竜神だけを愛した。その後、愛の女神が竜神を赦し、竜神を呼び戻そうとしたが、竜神は拒否して死の女神と共に居続けたそうだ」
「……へぇ」
竜神が愛の女神の最初の夫であり、ヤンデレった(私からしたら普通の感覚だと思うが)結果離縁され、その後死の女神と番ったのは知っていたが、再婚要請を断っていたのは知らなかった。
私からしたら浮気性の元嫁よりも一途な今嫁を選んだ竜神の感性に共感するが、この世界の価値観ではやはり異質過ぎる存在だ。
もしかすると、それこそが竜神の存在意義なのかもしれない。
愛の女神では救われなかった神。
愛の女神の愛では救えない存在を救う神。
それが竜神なのかも。
ナサニエル様は竜神の子孫であり、その性質を強く継いでしまっている。
「私がこの世界に生まれてきたのは、貴方を救うためかもしれませんね」
狂おしいほどに唯一の愛を求める性質。
この世界でそれを理解し共感できるのは私くらいなものだろうから。
「……君は、何度俺を惚れ直させる気だ?」
ナサニエル様は少し照れたように、そして愛おしくてたまらないと言わんばかりの熱のこもった目で私を見つめる。
「俺にとっての死の女神は君だ。俺の唯一。俺の女王。死でさえも分かてない、永遠の愛を誓おう」
ナサニエル様の手が私の肌を撫でる。私は流されるまま身を委ねた。
……ああ。この世界でのヤンデレな旦那様に愛されて私は幸せです!!
ハリエット・カラー
貴族的社会不適合の烙印を押されたくないため、表立って一人だけとの交際を強く主張することはなかったが、婚約破棄騒動で完全に吹っ切れた。
今後社交界にも出ず一生旦那様とイチャコラしようと思っている。
ナサニエル・ヘイディーズ
竜神と死の女神の子孫。(この世界基準だと)ヤンデレ。と、見せかけて普通にヤンデレである。だがハリエットは気が付かないし気が付いても気にしないのでハッピーエンドが確定している。ナサニエル側はどんなに手を尽くしてもハリエットが拒絶してしまえばどうすることもできないので、夜会でハリエットが言い返してくれたときめちゃくちゃ嬉しかった。
婚約破棄騒動を起こした方々。
ハリエットの恋人or婚約者になりたい人。
ヘイディーズ家の権力を牽制したい人。
愛の女神の教えを背くような恋愛なんてけしからんと思う人。etc.の集合体。ハリエットがこの世界基準の一般貴族令嬢だったら丸めこめたかもしれないが、そうじゃなかったのでそうはならなかった。
愛の女神
女版ゼウス。愛と美と豊穣を司る。めちゃ強。この世界の神はだいたいこの女神の夫か子ども。
竜神
男版ヘラ兼ハデス。破壊と怒りと嫉妬を掌る。愛の女神の最初の夫。死の女神と番った後は、冥界の王として冥府を治めている。
死の女神
ペルセポネ兼女版ハデス。死と安息を司る女神。その性質故に孤独だったが、竜神が地下に追いやられたことで孤独ではなくなり、竜神と深く愛し合うようになった。冥界の女王として竜神と冥府を共同統治している。




