妄想にとらわれた女と最悪の男
これはこの物語の最新エピソードです。皆さんに楽しんでいただければ幸いです。
チュビはその日、やけに誇らしげだった。
「見ろ。ついに完成した。」
彼の手のひらには、銀色の細い首輪があった。小さな透明結晶が中央にはめ込まれている。装飾品のように繊細だが、よく見ると微細な回路が内部に走っている。
「これは思考共有装置だ。装着者の思考を、指定範囲内の他者と同期させる。言葉を使わずに、心の中身が直接伝わる。」
「……危なくない?」と誰かが言う。
「設定次第だ。ちゃんと制御すればな。」
チュビは得意げにうなずいた。
その首輪は、机の上に置かれたままだった。
数時間後。
桜は偶然その部屋を通りかかる。
「……かわいい。」
彼女は首輪を手に取る。宝石のような結晶が淡く光っている。
「ちょっと借りるだけなら、怒られないよね。」
深い意味はなかった。ただ、今日の“デート”に少しだけ勇気が欲しかった。
首にかけた瞬間、結晶が静かに点灯する。
だが桜は、それが作動音だとは知らない。
公園のベンチ。
夕方の光が柔らかく差している。
桜は胸を押さえながら、カナトの隣に座った。
あの多元の騒動のあとでも、彼は約束通り来てくれた。
それだけで、少し希望が湧いていた。
「今日は……ありがとう。」
「別に。」
カナトはどこか落ち着かない様子だった。
桜は深呼吸する。
「わたし、焦らないよ。
カナトが自分の夢を追いたいなら、それでいいです。
でもね、わたしが考えてる“将来の計画”は、きっと二人にとって一番いい形なの。
だから……時間がかかってもいい。
いつか分かってくれればいいの。」
彼女の頭の中には、整然とした未来図がある。
彼女は史上最高の歌手になり、カナトは彼女の愛情深い専業主夫になるでしょう。
カナトの拳が震えた。
あの夜の出来事がよみがえる。
無数の桜。
笑顔のまま「来ないと殺す」と言う声。
逃げ場のない視線。
「……もういい。」
彼は立ち上がる。
「わかってないだろ?」
「え?」
「俺は、変わらない。
絶対に変わらない。」
その瞬間。
首輪の結晶が強く光る。
だが二人は気づかない。
「俺はな、金が欲しい。
有名になりたい。
たくさんの女に囲まれたいんだよ。」
その言葉が、電波ではなく“思考”として拡散する。
街のカフェで笑っていた女性が、突然顔を上げる。
オフィスでパソコンを打っていた女性が、手を止める。
遠くの海辺で貝殻を拾っていた少女が、空を見上げる。
世界中の女性たちの脳裏に、カナトの声が直接響く。
「女なんてな、いろんなデザートみたいなもんだ。
甘さも味も違う。
全部試してみたいだけだ。
お前も例外じゃない。」
ざわめきが、地球規模で広がる。
「……もう十分だ。
俺はお前の計画に合わせる気はない。
正直、そこまで好きじゃない。
終わりだ。
別れよう。」
完全な沈黙。
首輪の光が、ようやく消える。
桜は言葉を失う。
世界が少し、遠くなる。
「……そう。」
それだけ言って、立ち上がる。
涙は静かに落ちる。
彼女は振り返らない。
その頃、各地で。
「……は?」
「誰?」
「今の声、誰?」
女性たちが一斉に困惑する。
中には拳を握る者もいる。
中には静かにメモを取る者もいる。
中には、なぜか笑う者もいる。
公園の入口。
「桜。」
柔らかな声。
振り向くと、チエミ先生が立っていた。
事情は知らないはずなのに、状況を察したような目をしている。
桜は堪えていたものをこぼす。
「……わたし、そんなに間違ってたのかな。」
チエミは何も言わず、抱きしめる。
そして、静かに理解する。
――ああ。
あれは、駄目だ。
チエミの目の奥に、ゆっくりと火が灯る。
普段は穏やかな彼女が、内側で静かに決意する。
職場でどうしようもなく自己中心的な後輩を見つめるときのような、
あきれと軽蔑と、しかし理性的な怒りを混ぜた視線。
「……カナト。」
低く、はっきりと。
その日から。
チエミ先生の中で、カナトは“教育対象”から“矯正対象”へと格下げされた。
「必要なら、叩き直す。」
彼女は静かに拳を握る。
遠くで、カナトはなぜか背筋に寒気を覚えた。
「……なんだ今の。」
チュビの研究室では、端末が赤く点滅していた。
「全世界同時接続……?」
彼は青ざめる。
「誰だ、勝手に起動したの……」
そして、机の上から消えている首輪に気づく。
「……あ。」
世界は静かに怒り始めていた。
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