千年
これはこの物語の最新エピソードです。皆さんに楽しんでいただければ幸いです。
カナトは決めていた。
サクラを取り戻す。
そのために必要なのは、ロマンだ。
「詩を書く」
そう宣言して、彼は森の中の小さな小屋にこもった。監督役はミカミである。
「一応言っとくけど、俺は詩人じゃないからな」
「構わない。構造とリズムをチェックしてくれればいい」
だが――
数時間が過ぎる。
さらに数時間。
そして翌日。
カナトは一行も満足に書けなかった。
「月が……えっと……君の……その……」
「語彙が死んでる」
「うるさい」
日が沈み、また昇る。
ミカミは椅子に座ったまま、ついに眠ってしまった。
目を覚ますと、外で火の匂いがする。
小屋の前で、カナトが焚き火をしていた。
紙が燃えている。
炎に照らされ、カナトの横顔が揺れる。
頬には涙。
だがそれが本物かどうか、ミカミには分からない。
「……書けたのか?」
「書けた」
震えた声。
「でも読んだら……痛すぎた」
紙は灰になる。
◇
一方その頃。
チエミはサクラに言葉を落としていた。
「彼、あなたをずいぶん傷つけたわよね」
「……」
「今はリコシェと一緒の方が、ずっと穏やかでしょ?」
チエミはあからさまにカナトを嫌っていた。
やがてその話はカナトの耳にも入る。
廊下で、カナトはチエミを呼び止めた。
「なあ。サクラに俺の悪口を言ってるって聞いた」
チエミは眉一つ動かさない。
「悪口? 私は事実を思い出させてあげただけよ。あなたが彼女をどう扱ったか」
「それは君の意見だ。彼女の意見だ。でも俺の意見じゃない」
カナトは一歩近づく。
「何か言いたいことがあるなら、チエミ先生。正面から言ってくれ」
チエミは静かに答えた。
「いいわ。……あなたは好きじゃない。ごめんなさい。でも、あなたは“いい人”じゃないと思う」
空気が重くなる。
カナトは笑った。
「きっと多くの人が、サクラとリコシェよりも私とサクラの方が良いカップルだと言うでしょう。」
チエコが即座に割り込む。
「カナト、冗談はやめて。リコシェの方がずっといいよ」
「サクラの彼氏としても?」
全員が声を揃えた。
「うん」「そうね」「当然」
カナトは一瞬、言葉を失う。
味方がいない。
それでも彼はサクラを見る。
「サクラ。ミカミの指導のもと、君のために最高の愛の詩を書いた」
ミカミが目を丸くする。
「しかし、読んだら……苦しすぎて燃やした」
サクラはミカミを見る。
「本当?」
ミカミは正直に答える。
「俺は寝てた。起きたら紙を燃やしてて、彼は泣いてた。本当に詩を書いたかどうかは知らない」
沈黙。
チエミが口角を上げる。
「じゃあ、今ここで書きなさい。みんなの前で」
「……無理だ。痛すぎるでしょう」
チエミは腕を組む。
「書いてみなさいよ。男でしょ?」
「この詩は……お前ら全員の心を砕く」
カナトは唇を噛む。
ヒナタが前に出た。
「カナト、もうやめて。サクラは今、ちゃんと大切にしてくれる人と一緒にいるの。放してあげて」
「……放さない」
低い声。
「千年かかっても待つ。サクラ、お前を」
ざわめき。
チエミが露骨にブーイングする。
「嘘つき、嘘つき、スケベの女ったらし!」
カナトは睨みつける。
「お前は毒だ。チエミ先生。毒の女だ」
カナトは踵を返し、去っていく。
廊下の向こうへ。
残されたサクラは、何も言わなかった。
燃えた紙の匂いだけが、まだどこかに残っているようだった。
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